第48話 【44444_新命山_異端定義書[0.49版]】

 ――『新たな命は、かの緑深き霊峰より創られ、人の身として宿る』

 

 これを合言葉に、日本人の自然観や日本文化に大きな影響を与えてきた新命山は、ユネスコ世界遺産委員会によって「新命山―信仰の対象と芸術の源泉」として2013年に世界文化遺産に登録されました!

 

 (新命山世界遺産プロジェクトHPより抜粋) 





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 ――ファイル名:44444_新命山_異端定義書[0.49版]を開きます。

 


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 【44444_新命山_異端定義書[0.49版]】より抜粋

 

 

 ・概要

 Martis異端番号#44444“新命山”について、現時点での調査内容を記載する。

 

 新命山は20■■年4月4日発生当時、標高4,444m、半径38kmの山である。

 ただしこの半径については後述する異端によりの為、参考のみとする事。

 本執筆時点では、幅は推定半径60kmとされる。

 

 新命残の山頂から半径38km以内(4月4日当時)には後述の『異端性4.』により立ち入る事が出来ない。

 だが外部からの観察の結果、表面は夥しい樹によって構成されている事が分かっている。

 しかし木が育たなくなる限界高度を超えているにも関わらず十分に成長している為、この点に考察の予知あり。

 

 新命山には下記4つの異端性が備わっているものと思われる。

 

 ・異端性1.人類への認識操作

 20■■年4月4日まで“新命山”の認識を有していなかったにも関わらず、20■■年4月4日から一般人には新命残を常識と考えている。しかしオムニバスに関わっている人間の一部には非発生の為、“異端の存在を知る人間”は対象から除外されるものと思われる。

 

 ・異端性2.水平方向への拡大

 原因不明の手段により、1日に2~3km拡大している。

 この拡大は、後述する『異常性3.』を備えている。

 この拡大は、太平洋、日本海を超えて浸食する可能性がある。

 またこの拡大した範囲にも、『異端性4.』により立ち入りは不可能となっている。


 ・異端性3.現実改変(対無機物、概念)

 新命山の出現、もしくは前述の拡大に伴う地理的な矛盾が発生した場合、現実改変が発生している。

 例えば東京~長野~名古屋をルートとする“中央自動車道”上に、新命山は発生した。

 後の調査で、“中央自動車道”の道路並びに人類からの認識が消滅している事が分かった。

 

 また、20■■年4月12日長野県が消滅した。

 まだ推定だが、全人類の認識から長野県が消滅している。



              ■        ■



「えっ、今さらっと長野県が……消えてね?」

 

 テーブルに座っていた童子は、説明を中断させ絶句していた。

 セキュリティレベルブラックに相応しい事実が、理解を地平線の彼方へ置き去りにしていた。

 粗筋のように説明するには、あまりに重すぎる事実だった。

 

「ああ。今日本の常識は、46都道府県」

「いや、47都道府県だろ」

「その現実トレンドはもう古いんだぜ。童子ちゃん」

 

 童子の与り知らぬところで――長野県が消滅していた。

 しかも、最初から長野県が無かったかのように世界は回っている。


「そ、それに、俺長野県の事、覚えてるし……」

「“メタ認知”状態」


 座ると眠ってしまうからと、壁に背を預け佇む天成は補足する。

 

「異端の存在を理解している事を指す。ただ知るだけで、世界レベルの認識改変、現実改変に対し耐性を持つ原理がある」

「裏を返せば一人だけ常識から置いていかれてるって事もあるけどねー。周りが新命山なんて突然言い始めた時、一人だけ理解が出来なかっただろ」

「あ、ああ……確か最初に新命山の存在に『ん?』ってなったのは、メアさんと初めて会った直後の事だった」


 メアとのファーストコンタクトの際、全焼アパートに逃げ込んだ後の事だった。

 “おやっさん”達に新命山の事を話され、酷く違和感を抱いた時があった。

 詩桜里も日本一高い山が富士山ではなく、新命山に認識が成り代わっていたあの時だ。

 

「あの時、私も安倍童子にオムニバスの存在を語りましたからね。条件としては合致したのでしょう」

『童子君の場合は、タイムスリップだったり霊的存在に干渉してきたが故に、“メタ認知”の土壌は出来ていたのかもしれないな』

「……とにかく、確かにやばすぎるのは分かった」


 スケールが違い過ぎる事実を、一旦首肯して受け入れる。


「この異端……放置しておくと、どんどん広がっては緑の山に書き換えて、やがては日本列島を……下手すれば海を渡って世界中が新命山になっちまうって事か」

「ご名答!」


 指を鳴らすべき内容じゃない。

 もう、十分手遅れじゃないか。

 

 何せ、長野県というとてつもない範囲が、消失しているのだから。

 長野県があったという歴史ごと、消滅したのだから。

 

 

 

 

 全てが、新命山に埋もれる。

 一切の人工的な文明なんて無かったと。

 この地球には、最初から新命山だいしぜんしか無かったと。

 歴史ごと、自然に回帰している。

 

「ん? 歴史を改変している……」


 連想の呟きに、メアが童子を振り返る。


「君も気づきましたか……“安倍晴明”です」


 ある国を、歴史ごと“モアイ像”にしてしまった魔王。

 ある世界を、物語ごと“石”に変えてしまった魔王。

 童子がこのオムニバスに閉じ込められる事となった、全ての発端にして――童子という正体の候補。

 

 だから、メアがじっと童子を見つめるのも不思議ではないのかもしれない。

 

「……いや、俺は安倍晴明じゃねえ」

「生憎この新命山が生まれた4月4日は、まだ君とコンタクトを取っていない時ですから」


 しかし最初にコンタクトを取った時、メアはこんな表情をしていなかった。

 最初に会った時は、憎むべき魔王と相対した時の、勇者の顔だった。

 今は、童子が童子である事を確認するための、精悍な顔つきだった。


「だがこの件については、安倍晴明の仕業ではない」


 部屋のスクリーン知覚に居た林が、二人の視線を集める。


「奴はこんなまどろっこしいやり方をしない。それはメアが一番よーく、分かってる事だろう」

「……確かに。私達の世界を滅ぼすのに要した時間も、半日もかかりませんでしたからね」

「とはいえ、無関係とも思わない。その線も捨てるにはまだ早計だな」


 林が童子への牽制とも取れる発言をしながら、スクリーンに移っていた『44444_新命山_異端定義書[0.49版]』の操作端末ポインタを操る。

 

「しかし、新命山の拡大先にいた人間はどうなるんだ? あ、立ち入った事になって判定されて消えるのか」

「ただそれだけなら、まだ希望があったのかもしれないけれどねー」

「どういう事だ」

「話す前に、ちょっと目次に戻ろうか」

「目次?」


 スクリーンに映し出されたファイルは、下に行くのではなく――上に行くのだった。

 上に、上に、上に――目次まで逆走する。

 

 

       ■         ■

 ・目次

  ‐概要

  ‐異端性.1

 

 [~中略~]

 

 ・関連異端

  ‐【Martis異端番号#44444-1】※不明

  ‐【Martis異端番号#44444-2】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-3】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-4】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-5】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-6】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-7】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-8】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-9】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-10】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-11】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-12】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-13】※暫定

  

 [~中略~(省略異端1,217件)]


  ‐【Martis異端番号#44444-1231】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-1232】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-1233】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-1234】※暫定

  

 [~中略~(省略異端223,759件)]

 

  ‐【Martis異端番号#44444-224993】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-224994】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-224995】※暫定


 [~中略~(省略異端1,104,228件)]


  ‐【Martis異端番号#44444-1329223】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-1329224】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-1329225】※暫定

  ‐【Martis異端番号#44444-1329226】※暫定


 以上(20■■年4月14日時点)



       ■         ■


「……異端、多すぎるだろ」


 再び、童子は絶句した。

 

「“暫定”付与は、単純に異端であるという確証が無いだけだ。ある条件にあてはまる人物を列挙しているだけだからな」

「ある人物? ってMartis異端番号#44444-1の隣だけ“不明”になってるな」

「順番に説明させてくれ。列挙した人物の“条件”から話す」


 林は、両肩を竦めて“条件”を告げる。

 

 



10




 

 スクリーンにあらゆるぶら下がった最期が映し出されている。

 首を視点に、脱力をした姿が。

 命の、なれの果てが。

 皆、死んでいて。

 サブリミナルのように。

 数多の番号と首吊り死体が次々と。

 次々と――。

 

 Martis異端番号#44444-555“赤田沙里子(24歳・会社員)”。

 自宅で首を吊っている所を発見。現場で死亡確認。

 

 Martis異端番号#44444-8868“黒井太一(47歳・自営業)”。

 自宅で首を吊っている所を発見。現場で死亡確認。

 

 Martis異端番号#44444-22222“紫野らら(3歳)”。

 自宅で首を吊っている所を発見。搬送先の病院で死亡確認。

 

 Martis異端番号#44444-99999“桃瀬始(16歳・高校生)”。

 部室で首を吊っている所を発見。現場で死亡確認。

 

 Martis異端番号#44444-333333“白樹源三(67歳)”。

 2年前に定年退職した職場で首を吊っている所を発見。搬送先の病院で死亡確認。

 

 Martis《異端番号》#44444-1111111“藍川愛(30歳・主婦)”。

 Martis《異端番号》#44444-1111112“藍川亮斗(29歳・会社員)”。

 Martis《異端番号》#44444-1111113“藍川未来(4ヶ月)”。

 自宅で首を吊っている所を発見。現場で全員死亡確認。

 


「……もういい」


 ランダムで出される関連異端から、遂に目を背ける童子。

 平安時代で生まれようとも、死が隣り合わせとなっていたとしても。

 鬱血して晴れ上がり、血が下に溜まる事で変色する手足を見ていられるほど、童子の心は日常離れしていない。

 勿論、戦場を知っているメアも、冷たく目を細める。

 林もこの紹介をし始めた頃から、顔が笑っていない。


「…………つまり、この10日間で首つりで死んだ人間の数が」

「ああ。このファイルで確認できる限りは、1,329,226人。この10日間で、しかもこの日本だけに限り、だ」

「これも、“メタ認知”で俺だけ置いてかれてる感じか」

「ああ。“日本は年間1000万人の死者数が出て当たり前の自殺大国”になっている」


 だが要点はそこじゃねえ、と林が自分の発言を断ち切る。

 

「そろそろ、気づいたんじゃねえか? 童子っち……この“新命山”の、本当の恐ろしさを」

「ああ……」


 童子は、ようやく顔を上げて、新命山の恐ろしさを言い当てる。

 スクリーンには、『異端性4.』の記載があった。

 

 



 メアも、天成も、その回答にコメントはしなかった。

 しばらく沈黙が流れた後、林は頷きながら静寂を切り裂く。

 

「満天回答ではない。それじゃ10日間で100万人以上首吊り死体が当たり前に出てくる説明にはなっていない。だが、間違ってはいない」

「……みたいだな」


 上から下へと流れていく『異端性4.』。

 そこに記載された、『』よりも更に悍ましい戦慄の事実を、淡々と眺めていく。

 覚悟が決まったかのように。



「これは研究者としての勘だが……始まりは“Martis異端番号#44444-1”だ。こいつの正体は分かっていない。だから“不明”の、仮説の存在だが――物事には起源がある。どんな無限にも、必ず始まりがある」 

「無限……」

「無限の自殺の連鎖、その始まりにいるであろう首吊り死体が」

「……」

「だがその推測を語る前に、4つ目の異端性をちゃんと説明しなきゃな……これは独立して、異端名がついちまった」


 林は、『異端性4.』の説明を始める。

 

「異端名は“連鎖自殺”。捻りがない、絶望が過ぎる異端だよ」

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現代怪異と異世界魔術の曇天帰し~陰陽道知らずの高校生安倍晴明と、異世界の元Sランク冒険ギルド所属の聖剣少女。応答せよ~ かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中 @nonumbernoname0

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