第7話 繁殖場
その扉に手をかけ、一気に開ける。
そこには患者はおらず、当直医だけが力なく椅子に腰かけていた。
その背中は居眠りをしているようであり、昨夜の大変さがしのばれた。しかし、それでも起きているのが医師だろう。
「先生。いったい何があったんですか?」
嫌悪感や焦燥感が私の体を突き動かす。普段なら絶対しない行為を、私はなぜか躊躇わなかった。
当直医の肩をつかみ、一気に顔を向けさせていた。
「ああ、せん……せい……。たいへ……」
言い終わる前に、当直医の口から何かが這い出していた。何か得体のしれない感じがして、近くにあった膿盆を手に取っていた。
まさにその瞬間。私を狙った何かが、私めがけて飛びだしてきた。
反射的に膿盆で打ち払う。
奇跡的にそれに当たり、それは床に転がり落ちていた。
それは確かに黒い塊。
体長二センチメートルほどの黒い塊が、床のうえで、痙攣していた。
思わず足で踏みつける。何かがつぶれる感覚。だが、それが何かを確かめる気にはならなかった。
ただ、それは終わりではなかった。
安堵の息を吐き切らぬ間に、背中を悪寒が走り抜けていく。
みたくはなかったが、見てしまった。たった今、話した当直医の顔を。
口から、耳から、鼻から。
およそ穴という中から、その黒い塊は這い出してくる。
ついには眼球をおとし、そいつらは目からも這い出してきた。
一斉に飛び出すその塊を、膿盆で必死に叩き落とす。
しかし、次々と湧き出るその塊に、私が対応できるはずもなかった。
これが、私に起きた出来事です。
自分で自分の死亡を診断できません。そして、時間も書けません。
今も、こいつらは私の体の中で育っている。
こいつらが出る時が、その時間になるでしょう。
時間にして、十二時間以内という驚異的な繁殖と成長。
おそらくは、ここ以外でも起きている可能性があります。
腹部に異常を訴えた人がなくなった場合、すぐに塊を探してください。
それがあった場合は、一刻も早く、その遺体を焼却してください。
奴らは、人を繁殖場所と認識したに違いない。
一刻も早く、お願いします。
そう手紙をしたためて、見えるように貼り付けた。
あとは、異常死を届けるために、警察への電話のみ。
誰にも頼めないので、初めて自分でかけてみた。
しかし、もうそろそろ限界がちかい。
薄れゆく意識の中で聞こえる呼び出し音は、いつまでもなり続けていた。
〈了〉
繁殖場 あきのななぐさ @akinonanagusa
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