8.エンディング
【カラト=フェイケン】
モールの頭が、がくり、と地面についた。昏睡したようだ。
……決着、というところだろうか。何とか死なずに済むことができた。
俺は一つ息をつくと、右の茂みに向かって声をかけた。
「ワウ。もう出てきていいぞ」
俺の声を聞いたワウが茂みから飛び出して、俺のもとに駆け寄って来た。
「さすがです。ごしゅじん!」
「おうよ」
俺とワウは笑みをかわす。
ほっとするのもつかの間だ。俺はやらなくてはならないことがある。
「ワウ。ちょっと最後に一仕事だ。セナが今どこにいるかわかるか?」
「こっちに走ってきてます。あと一〇〇メートル」
「わかった。ワウ、セナを出迎えて足止めしてくれ」
「は、はい」
ワウは俺の指示に従って、ぱっとその場から離れる。
セナが来るまでに、俺は地面に書いた魔方陣を消しにかかった。モールがどこから飛び出してきてもいいように、方々に書いておいたのだ。ワウにも手伝ってもらいたかったが、ワウだって魔力を持っている。触らせたり、踏ませたりするわけにはいかない。
ちょうど全部消し終わった時、ワウがセナを連れて到着した。
「お疲れっす、カラトさん。モールはどうでしたか?」
「まぁまぁ強かったよ……そこで眠らせてる」
「眠らせる余裕があったんっすか。圧勝じゃないっすかそれ?」
セナはモールの様子を確認して、一つ、息をついた。
「ありがとうっす。騎士団を代表して礼を言うっす」
そう言うと、セナはひょいと魔法を使ってモールを担ぎ上げた。
「これから私、モールとヴューレット引っ担いで、騎士団のところに行ってくるっす。カラトさんはもう帰っていいっすよ」
「え? おい、お前、俺の護衛は?」
俺がそう言うと、セナはきょとんとして言った。
「え、こんだけ強いんっすから、護衛なんていらないっすよ。モールは倒したし。馬鹿なこと言ってないで、ワウちゃんと一緒にチャチャっと帰ってくださいっす」
それじゃ、と言って、セナはモールを担いで、空へと飛んでいってしまった。
……冗談じゃない。
防護服はすでに魔石の魔力を使い果たし、機能しなくなっている。陽が沈みかけて、反対側の空には、夜のとばりと共に星々が光り始めている。この暗い山の中に、どれだけの野獣がいる? 山から町までの道のりに、いったい何人の夜盗が待ち伏せている?
「ごしゅじん」
その時、ワウが、そう言えば、というように、俺に話しかけた。
「このステッキのぶき、いちおうお返ししますね? あと矢が五本、のこってます」
「でかした!」
俺はワウからひったくるように、ステッキ型発射機を受け取る。そして、シルクハットとサングラスを取ると、
「ワウ、これつけてくれ」
と言って、ワウにはサイズの大きいのシルクハットと、サングラスをかけさせた。
「すごい! ぶかぶかだけど、いつもより音がよくきこえる! いつもより明るい!」
とワウが歓声を上げる。俺はワウに、念入りに指示を出した。
「いいか、ワウ。これをつけて、常に周囲を警戒するんだ。怪しい奴がいたら、隠れて、やり過ごす。別ルートを使う。いいね?」
「りょうかい!」
ワウは元気よく返事をした。
ワウに手を引いてもらいながら、町へと戻る、夜の道の途中、何度も何度も、モールが俺に言ったセリフがよみがえる。
「お前は貴族として失格だ」「人間の歴史の癌だ」「誰もお前を受け入れない」
いいさ、いいさ。俺は根源の魔方陣を切り札に、これからもこの社会にうそをつきながら生きていく。ワウと一緒に。
いつか俺のことを全て丸裸にする奴が現れるだろう。いつかすべてを糾弾する奴が現れるだろう。
だが、それまでは。
俺は、魔力を持たない体で、魔法を愛しながら、魔法で回る社会を駆け抜けてやる。
【モール】
それから数日後、メテライト王国騎士団の取調室で、茫然とした表情のモールは、騎士団の団員に尋問を受けていた。
尋問係の団員が、ふと、モールの手を見やると、気になったのか、こう問いかけた。
「……モール、一つ聞きたいんだが、お前の左手の平、わっかみたいな傷がついているな? どういう意味があるんだ……」
モールはぼんやりとした表情のままで答えた。
「……これは輪っかじゃない。『〇(ゼロ)』だ」
そう言った後、彼はゆるゆると首を振った。
「わからん。どうして自分がこんな傷をつけたのか。ただ、この数字を見ていると、自分がとんでもないものを覗いていたかのような気がする……なんてな」
「はぐらかすな。尋問の続き、行くぞ」
「へいへい」
モールは肩をすくめた。
一か月もしないうちに、モールの手のひらから、この傷は跡形もなく消えてしまっていた。
魔力がなくてもカリスマ家庭教師をする俺は冷や汗が止まらない…… @norikawaken
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