7.根源に至った男
マフィアの事務所から、ステッキ型発射機を二本、強奪した俺たちは、町を離れて、さびれた道を歩いていた。
歩きながら、セナが何やら発射機をいじっている。持ち手の皮の部分をセナはおもむろにはぎ取って、感心したような声を上げた。
「なるほど、よくできているっすね。気に入りましたっす」
俺も彼女の真似をして、皮をはぎ取る。皮の下から、発射機の引き金のようなものが露出した。
「これ、普通に矢をセットして、このトリガーを引けば発射できるのか?」
「はい。そうっす。お手軽でしょう? もうちょっと複雑な操作をすれば、連射もできそうですね。うちの国の最新式の発射機でも、ここまで簡単にいきませんよ」
「なんだそれ……」
俺が呆れたような声を出すと、セナは、それよりも、と言って、俺に、ステッキに巧妙に付属されていた矢を一本取り出して、俺に見せた。
「この矢なんっすけど、魔石と魔方陣が組み込まれてるっす。どういう奴かわかりますか?」
俺は歩きながら、魔石と魔方陣を調べ始めた。かなり純度の高い魔石が、粉末状に加工されて、詰め込まれている。魔方陣は二つ。推進と爆炎の魔方陣……。
「この矢はただの矢じゃない。ロケットって言われる推進力を持った矢だ。放たれればもはや矢を目視することすらできないだろう。着弾と同時に炎を上げて炸裂する。爆炎の大きさは大体直径三メートルくらいかな?」
「おお……」
セナは目を丸くした。
「流石っすね。カラトさん。こりゃユンデレフトの連中がカラトさんが根源の魔方陣を知っていると勘違いしても仕方がないかもっす」
「勘弁してくれよ」
俺は肩をすくめると、セナに聞いた。
「ところで、俺たちは今どこに向かってるんだ?」
「この先にコテージがあるっす。もし今日、何事もなかったら、そこに潜伏するっす」
その時、ワウから通信が入った。
『ごしゅじん、さっきのおしっこくさい二人も、ごしゅじんのうしろで、同じみちをあるいているみたいです』
俺とセナは顔を見合わせた。
【モール、ヴューレット】
モールとヴューレットは速足で山へと向かう道を歩いていた。あたりは開けているが、まだカラト=フェイケンを目視出来てはいない。
「モール。このまま追いかけるのですか?」
「ああ」
モールが頷いた。
「おそらく、フェイケンは俺たちが命を狙っていることに気が付いている」
「それなのに……なぜ……」
モールはしばらく黙った後、ヴューレットに聞いた。
「お前、奴のこと、どう思ってる。どのくらいの実力があると思う?」
ヴューレットは少し思案した後、答えた。
「まったくわからない。というのが私の考えです。彼の近くにいる人間……ヘヴィースミスという男に近づいて、彼の本当の魔力量を調べさせたのですが、ゼロ、という答えでした。旧式の魔力測定器だったからかもしれませんが。
そしてフェイケンは彼に違法な魔動機械を作らせているようでした。
まるで、まったく魔法を使えないかのような……」
モールも頷いた。
「ああ。馬鹿でかい魔力量という呼び声に反して、本人は魔法が不得手な人間の様な振る舞いをしている。
私はこう睨んでいる。彼は魔法は使えても、操作は不得手なのだと」
「! 力の加減ができない、ということですか」
ヴューレットは納得がいったように頷いた。
「なるほど。威力が強すぎて、町なんかで行使したら、周りを巻き込んで大きな被害が出てしまう……と」
「ああ、そうだ。だから、奴は、街中で自衛するために、魔術ではなくて魔動機械を使いたがる。マフィアの事務所から武器を持っていったのも、俺たちの街中での奇襲を警戒してのことだ。
そして、奴は今、人気のいない山の方へと進んで行っている……」
「そうすれば自身の魔法を自由に扱えるから、ですか……」
ヴューレットの言葉に、モールは頷いた後、ニヤリ笑みを浮かべた。
「だがねぇ。山での戦闘というのは、経験がものを言う。木、茂み、地形……すべてを観察する思考力、動き続ける体力、そして何よりも忍耐が必要だ。町で働く騎士団の連中や、家庭教師の彼にできる芸当じゃない」
モールは、前方に見えてきた、山に向かって厳しいまなざしを投げかけた。
「この山で決着をつける」
「……了解です」
ヴューレットが重々しく返事をした。
【カラト=フェイケン】
俺とセナは、とうとう山道に入っていった。だんだん日が暮れてきて、あたりはかなり暗くなる。
「このサングラスがなかったら、危ないところっすね」
セナが眉をひそめながら、サングラスを指でたたいた。
「やけに性能がいい」
「それよりも頼りになる援軍が、俺にはいるさ」
俺はマイクに向かって、声をかけた。
『ワウ。俺たちのところに来てくれ』
後ろの茂みが、がさがさと音をたてたかと思うと、ワウが飛び出した。
「はい。ごしゅじん」
「ワウ。奴らと今どのくらい距離があるかわかるか?」
ワウは、鼻をひくひくさせて、すぐに答えた。
「まっすぐで五〇〇メートルくらいです。あっちの方から」
「直線距離で五〇〇っすか……」
セナは少し考えてから言った。
「山道じゃないですね。不審者の二人、山の中を隠れつつじりじりと進んでます。黒っすね。ユンデレフトのスパイっす。片方がモールでしょう」
「……わかった」
俺はセナに聞いた。
「ここで迎え撃っていいか?」
「いいっすよ。存分に本気を出してくださいっす」
セナがニッと笑って答えた。
【モール、ヴューレット】
モールとヴューレットは山の中を、じりじりと進んで行った。道なき道だ。だが、フェイケン達よりも早くたどり着く。
暗くなってきた。モールは後ろからついてきているヴューレットに暗視ゴーグルと集音帽子、そしてマフラーをつけるようハンドサインを出した。ヴューレットが頷く。二人はマフラーを巻き、青とピンクの色眼鏡をかけ、褌を被った。
(……くそ、故障か?)
モールは心の中で毒づいた。メガネをかけた途端、ピンクと青色の世界が広がり、見づらいこと見づらいこと。おまけに周りがよく聞こえるはずの集音帽子は、むしろ聞こえづらくなったうえに、小便のにおいがした。
ヴューレットのほうを見ると、彼女も鼻をつまんで、首を振っている。
と、その時。凛とした声が、二人の頭上に響いた。
「なんなんすか……プッ……その姿……フフ……少しはかっこつけて登場させてくださいっすよ」
木立の影から、ボーイッシュな顔立ちの少女が、右手に火花を散らして現れた。
「セナ=オシリア、騎士団員っす。ちょっと職質させてもらってもいいっすか?」
「くそっ!」
モールは慌てて退避をしながら、防御魔法を張る。
「『鋏直雷!』」
セナが魔法を発動した。かろうじてモールは防御できたが、ヴューレットは完全に受けきれない。
(この野郎、魔法の起動スピードが速すぎる!)
モールは歯噛みをする。
ヴューレットがうずくまった。足に電撃を食らったのか。焦るモールに、ヴューレットがハンドサインを出した――先に行け。
(すまん!)
モールは後ろ髪を引かれる思いで、素早く撤退をする。
「逃げるなっす!」
セナは追撃の雷撃を出すが、モールはとっさに爆発系の魔法を繰り出し、自分を吹っ飛ばすようにして木立の影にかき消えて行った。
「うわ、うっま……あっちがモールみたいっすね」
セナは忌々しげにつぶやく。突然、ぶつぶつと小声のようなものが聞こえた。はっとして振り向くと、ヴューレットが呪文を唱えていた。
「……見えぬくさびを解き放ち万物よ踊れ……『野襖』」
瞬間、地面からまるで水煙のように砂の粒子が立ち上って、カーテンのようにヴューレットの姿を隠した。
「逃げるつもりっすね」
セナは顔をしかめた後、ふと、ひらめいたように手を打った。手にマフィアから押収した発射機に、付属の魔法矢をセットして構える。そして、なぜか音をよく拾えるシルクハットに耳を傾けて、ニヤリと笑った。
「逃げるなら足音も消すべきっすね。発射ぁ!」
セナはぐいとトリガーを引いた。
シュパァ、シュパァ、シュパァ、シュパァ……。
発射機から、魔法矢が次々と放たれた。
数秒の静寂ののち、
ぼぼぼぼぼぼ……。
木立の向こうで爆炎が次々と上がった。炎の音と共に、ぎゃぁぁぁ、という声がかすかに聞こえた。
全弾打ち切ったセナが、ゆっくりと悲鳴の聞こえたほうに歩いて行くと、ヴューレットの姿が見えた。
彼女は怯え切った様子で、煙のくすぶる森の中、両手を上げて、降参をしている。
セナは、その姿を見て、ため息をついた。
「今からあなたを逮捕しますが……その顔、『タコのヴューレット』っすね。やっと捕まえた。変な格好のせいで全然わからなかったっすよ……フフ、笑ってしまうんでとってくれません? それ」
セナはそう言いながら、手錠を取り出して、ヴューレットを拘束した。
ふと、背後の茂みががさがさと音をたてた。振り向くと、ひょっこりと草むらからワウが顔を出した。
「ありがとう、おかげで先手を打てたっす」
「いいえ、セナさんが……」
ワウはそこまで言うと、ハッとしたようになっていった。
「いけない、ごしゅじんのお手伝いしなきゃ。もう行っていいですか?」
「いいっすよ。がんばってくださいっす!」
セナの言葉に、ワウはぺこりと礼をすると、森の奥へ消えて行った。
ヴューレットが悔しそうな声を上げる。
「……まさか、獣人を使っていたなんてね……」
「っす。あの子のサポートがあれば、山の中では基本的に無敵っすからね。鼻が利くし、隘路もものともしないっす」
「クソっ、クソっ、クソっ」
山道をかけながら、モールは小声で悪態をついた。山の中の戦闘で、待ち伏せを食らうとは。おまけに集音帽子も、暗視ゴーグルも使い物にならない。というかこれ、違くないか? モールは色眼鏡と褌を捨てた。マフラーは捨てない。上等な布の肌触り、静かな存在感……確かにこれは、ターマイツの作品だと確信が持てる。
とにかくフェイケンだ。ここまで来たら、刺し違えてでも奴を処理しなければ、なんとしてでも、奴と接触しなければ。奴の攻撃を食らったら、この身は死ぬかもしれないが、後に続くものが現れる。奴との戦闘が行われた後の現場で、俺の後に現れたスパイは、フェイケンの力がどれほどのものかを国に伝えてくれるだろう。
その時だった。彼の目の前の地面に、足跡が現れた。男物の靴。ある程度は消そうとしているみたいだが、消しきれていない。
モールはじっくりと追跡を開始した。
【カラト=フェイケン】
セナとワウと別れて、森の中を走り続けて、どれくらいの時間がたっただろうか。
山道を歩き続け、山の中腹にある、開けた場所にたどり着いた。
「セナの言った通りだ……ここなら『根源』に触れても大丈夫だ」
その場所は、五〇メートル四方ほど地面がむき出しになっている平坦な荒れ地だった。俺は一つ息をついて、途中で拾った、杖の様な木の棒を使って、自分の立つ四方の地面を埋め尽くすぐらいの数の、魔方陣を描き始めた。
二〇個個ほど書いたころ、突然、ワウの声がスピーカーから聞こえた。
『ごしゅじん、ごめんなさい。てきを見失いました!』
俺はぎょっとしたが、声を荒げずにワウに聞く。
「なにがあったんだ?」
『おしっこのにおいをたよりにしてたら、おしっこのにおいのする布が、じめんにすてられてました』
なるほど。それはもう仕方がない。どうやら敵もある程度やるようだ。だが、この無線機の通信可能範囲はせいぜい三〇メートルほど。ということは、ワウはどうやら俺の近くの茂みにいるらしい。
「わかった。それはしょうがない。今俺の近くの茂みにいるんだろう?」
『はい。ご主人の右の茂みに隠れてます』
「いい判断だ。作戦は変わらない。ここで迎え撃とう。ワウは敵の本来のにおいがしたら、すぐに俺に教えてくれ。とにかく、敵の正確な居場所が分かるまで待機だ」
『はい』
ワウの返事が聞こえた。
【モール】
「いた……」
森の中を這うようにして、カラトを追跡していたモールは、とうとう目的の敵を見つけた。
夕暮れの日を浴びるように、そいつは山の中で、突如現れた開けた場所で、悠然と立っていた。ステッキをついて、サングラスとシルクハットを着こなし、その下からでもわかるほどの端正な顔立ちに、緊張の表情を張り付けて、根源に触れた男は一人で立っていた。まさしく、カラト=フェイケン。モールは草むらの下で、その異様な光景に、あっけにとられていた。
「山の中が自分に不利と気付いて、ここに……? いや、だが」
モールは一つ息をついて、つぶやいた。
「浅はかだ」
そして彼の中での、必殺の魔法の詠唱を始めた。
「……地に潜む核の鉄、わが手に集い踊れ、やがて汝は水となり……」
モールの差し出す右手に、地面に含まれる砂鉄が吸い寄せられた。ほんのりと赤い光を放ちながら、それらは溶け合うようにして、一塊となっていく。
モールの手によって、即席の、鉄の弾丸が生成された。
【カラト=フェイケン】
『います! 近くに!』
ワウの声が無線から聞こえた。その声は少し悲痛な声だった。俺は落ち着き払ってマイクに話す。
「落ち着け、まだどこにいるかわからないんだろう?」
俺は防護魔方陣付きの服の襟で顔を覆うように隠しながら、指示を出した。
「一発くらいなら大丈夫だ。先に攻撃をさせろ。そこから敵の位置を割り出せ」
『……はい』
ワウの静かな声。
俺は敵の攻撃がいきなり頭に入らないよう、ぐいと上着を引きあげ、顔を服の中に引っ込めた。
【モール】
モールはまだ熱を持つ鉄の弾丸を右手に握った。そして、すべての魔力を右手に回し、指先に集める。
そして次の瞬間、
「『動』」
その詠唱と共に、弾丸に指先のすべてのエネルギーを乗せる。一部のエネルギーは熱としてロスし、鉄の弾丸が赤くなる。だが、それ以外のエネルギーは、弾丸の運動エネルギーとなる。
重量二五〇グラムほどのその弾丸は、音速に近い速度で、発射された。
【カラト=フェイケン】
攻撃は一瞬だった。
俺の防御魔方陣を仕込んだ服が一斉に防御魔法を発動したかと思うと、腹に蹴られたかのような衝撃が走った。
数瞬後、なにが起きたかを察して、俺はぎょっとする。俺の腹に食い込んだ鉄の塊が、ぼとりと地面に落ちた。それは火にあぶられたかのように紅く光を放っていた。どれほどのエネルギーを乗せて、どれほどの速度で飛んできたのだ、この鉄塊は。おそらくだが、服に仕込んだ大量の防御魔法の魔力源の魔石は、すべて魔力を使い切ってただの石になっただろう。
『敵の位置、わかりました!』
ワウの声が聞こえた。
「作戦開始だ!」
俺は勇気を絞り出すようにワウに指示を出して右腕を振り上げた。
服の防御魔法は、もう発動しない。もう一度魔法を食らったら、俺は、死ぬ。
【モール】
モールは信じられないという様子で、荒れ地に平然と立つカラトの姿に息を飲んでいた。
自身の魔力を最大限に使った一発だ。それは一国の国王が着込む防護服すら貫通し、防御魔法を張る隙すら与えないほどの速度で人体を貫通する。
それを、カラトは瞬時に防御魔法を張り、受けきって見せた。彼の足元にぼとりと、モールの放った鉄の弾丸が落ちた。
おもむろに、カラトが右手を振り上げた。
その刹那だった。モールの足元から、衝撃と共に火炎が立ち上がった。
「なっ!」
慌てて防御魔法を張る。何とか体幹に火が回るのは防げたが、足にやけどを負った。間髪入れずに、二発目の爆発がまた足元から炸裂する。
(くそっ、あの野郎、俺たちの発射機を……)
だが、カラトの左手が、ステッキのようなものを地面についているのを見て、モールの顔に驚愕の表情が浮かんだ。
(野郎、発射機を使ってない! 全部自分の魔力で、俺たちの魔矢と同じ攻撃を……当てつけか畜生!)
だが、容赦なく攻撃は続く。モールは防御魔法を張り続けながら逃げ回ることしかできない。
とうとう彼は、カラトの立つ、開けた大地まで引きずり出された。茂みから飛び出してきたモールを、カラトは平然と眺める。
(クソ野郎……!)
モールがそう、内心で吐き捨てた次の瞬間。
モールの足元が光を放った。彼がぎょっとする間もなく、防御魔法が強制的に削が
れ、彼は地面にたたきつけられた。否、地面が彼を吸い込んだのだ。
地面に這わされたモールは、自分の張り付いている地面が、見たこともない文様で光ってるのに気付いた。立ち上がることができない。強い力で地面に押さえつけられているのだ。
地面にモールが這ったのを見て、カラトが、振り上げた右腕を下げた。とたんに、火球の攻撃が止む。
そして、カラトはモールを見下ろして、こう、言葉をかけた。
「君が、そう、ユンデレフトのスパイのモールでいいんだね」
モールは地面に這いつくばりながら、カラトを睨みつけて、答えた。
「ああ、そうだ。お前は、カラト=フェイケンだろ」
カラトはこくりと頷いた。
「すさまじい魔術じゃねぇか」
モールはカラトを睨みつけながら言った。
「この魔方陣。初めて見た。これがお前の、根源の魔方陣ってやつか?」
カラトはこくりと頷いた。
「たぶんな。お前らの言う、根源の魔方陣ってのは、今お前の下で光ってるやつだよ」
モールは不敵に笑って見せた。だが、ふと、自分の頭がなんだかぼんやりしていることに気付いた。
「おいおい……精神干渉系の魔法も使っているのか」
「ああ、使ってるな」
カラトがこともなげに答えて見せた。モールはゆるゆると首を振った。
「ありえない、ありえねぇ!」
そして、食らいつくように、カラトに向かって叫ぶ。
「対精神干渉系魔法のマフラーを、俺は装備してるんだぞ! 外部からの干渉は受けないはずだ!」
カラトは目を丸くした。
「すごい技術だな。そんなものが開発されてるのか。だが、関係ない。君が今受けているのは、内部からの干渉だからね」
「……は?」
あっけにとられるモール。カラトは落ち着き払って、モールに言った。
「じゃあ、せっかくだから、君たちの言う根源の魔方陣について説明してあげようか」
「……」
だんだんとぼんやりとしていく頭を必死に回転させながら、モールはカラトの話を待った。
カラトは静かに、モールに向かって説明を始める。
「根源の魔方陣の探求は一〇〇年以上前から始まって、すべて失敗に終わっている。その危険性から、やがてどこの国でも、この研究を禁止にした……というのが、いま語られている歴史だ。
だが、実際は違う。多くの研究所はすでにこの魔方陣を完成させていた……それが俺の見解だ」
モールの表情がピクリと動いた。カラトは構わずに、丁寧に話をつづける。
「俺は学園時代、この根源とやらに興味を持って、何か月かフィールドワークをした。かつて根源の研究が行われていたとされる地をめぐってね。
そこで違和感に気付いたんだ。多くの研究所跡は、ほぼ同じように、中から燃えたように破壊されていた。まったく同じ原因なのではないかというほどに。俺はさらに調べて、調べ続けて……ついに当時の研究資料の一部を見つけて、事情を知った」
カラトはそこでひと息ついて、熱心に聞き入るモールに真実を告げた。
「根源の魔方陣は、確かに、組み合わせることや、変化を加えることができる、革新的な魔方陣だったが、一方で、それは、とても原始的なものだった。
根源の魔方陣は、魔力を持つものに触れると、その触れたものの魔力を使用して、その触れたものに効果を発動する代物だったんだ。
わかりづらい?
簡単に言うと、『燃焼』の効果を持った魔方陣に、魔石を置くと、魔方陣は魔石の魔力を使って、その魔石を燃やすんだ。ちなみに、人が触れると、その人の魔力を使用して人が燃える……わかったかな?」
「そんな……!」
モールの声が震える。
「そんな馬鹿なことがあるか……!」
「いや、事実だ。それはお前が今身をもって体感している。今お前を地面に縛り付けているのはお前自身の魔力を使って、お前の体に地面方向のベクトルをかけている。お前のその特殊なマフラーで精神干渉を防げないのも当然。自分の魔力で自分に催眠をかけているんだから、どうやら内部干渉は防げないらしいな。ついでにお前の防御魔法が剝がれたのも、精神干渉とお前自身を縛り付ける魔法に、自身の魔力を割いているからだ」
驚きのあまり言葉の出ないモールをよそに、カラトは説明をつづける。
「ここまでくれば、この一〇〇年の間、根源の魔方陣の研究で何が行われていたかわかるだろう。多くの研究者たちは研究するにあたって、まず、一番単純な、熱……原子を適当に振動させるだけ……の根源魔法を作ろうと考えた。
だが彼らは、魔法研究者の精鋭、当然魔力量もばかにならない。彼らが熱の魔方陣を完成させた途端、魔方陣は近くの彼らの魔力を吸い取り、彼ら自身に熱の魔法をかけた。彼らの体組織の原子は、彼らの膨大な魔力によって、激しく振動し、一瞬だけでも、火、そのものといった状態になっただろう。効率の良い魔力の暴走と言ったほうが良いだろうか。
こうして彼らの研究所は、彼らの魔力によって一瞬で爆発し、炎に包まれた……これがたぶん、真相だ」
「嘘だ!」
モールが絞り出すような声で言った。
「そんなわけがない! 根源がそんな粗末なものの訳がない!」
そうだ。なら、お前はどうしてこの魔方陣を扱えるんだ」
「それは……あれ、まだ気づかない。てっきりある程度俺の情報が流れていると思ったんだが……」
その瞬間、モールが雷に打たれたような顔になった。カラトがそれを見て、悲しく笑う。
「ああ、気づいたね。そう、そうなんだよ。
おれには魔力がない。まったくのゼロなんだよ」
世界が回る。グルグルと。きっとこの頭の混乱は、精神干渉系魔法だけのせいじゃない。
モールはつぶやくように、カラトに問いかける。
「……嘘だろう? お前、俺の攻撃を防御魔法張ってって防いでいたじゃないか……」
「見てみろ、これ、俺の特性の防護服だ」
カラトは上に羽織っている上着を脱いで、モールに見せた。服一面に張り巡らされた、防御魔法の魔方陣、特殊な装置、そして、今やただの石ころになった、たくさんの魔石。
「王家が使うものの六倍の防御力を誇る。お前の一撃で全部だめになったがな」
「……お前は俺に向かって、火球を放っていたじゃないか……俺は見ていたぞ、お前が発射機を使わずに、発射機を杖みたいに地面についた状態で火球を放ってたのを……」
「へぇ、意外と簡単に騙せるもんだな」
カラトは左手に持った、『杖』をモールに見せた。
「こいつは木の枝だ。山道で拾った。お前に向かって火球を撃っていたのは、俺の助手(ワウ)だ。茂みから発射機と魔矢を使ってお前に撃っていた」
「……クッソ……クッソ……」
モールは歯ぎしりしながら呻いた。そして、カラトを睨みつける。
「カラト=フェイケン……お前、俺を殺すのか?」
「どうしてそう思う?」
モールはひきつるような笑みを浮かべながら、カラトに言い放った。
「カラト=フェイケン……お前は悪魔だ。この、魔法で回る世界の破壊者だ……」
モールは血走った眼でカラトを睨みつけながら、罵り続ける。
「誰もお前を受け入れない……人が触れただけで人を壊す魔方陣を操る人は人じゃない。人間の歴史に生まれた、癌だよ」
モールはそう言って、せせら笑った。
「俺を生かすと、俺はきっと、メテライトの騎士団に、お前と、根源のことを話す。
メテライトの連中はどう思うだろうなぁ。魔力がない奴なんて、国を守る貴族の資格すらない。そんなお前が、すました顔で、社交界で花を咲かせ、そして裏では普通の人を壊す技術を持ってるんだ……なぁ」
「心配すんなよ、お前を殺しはしないさ」
カラトはモールの言葉を遮るようにして、静かに言った。
「お前にかけた精神干渉系の魔法……これは記憶を消す魔法でね……」
「なんだと……」
モールはカラトを睨みつけた。
「貴様、根源の研究をとうとう脳の領域まで……」
「いや、そんなところまではいってないさ。特定の記憶を消すとか、そういうことはできない。でも、例えば目隠しをしてやるように、脳が情報を受け取る時点から魔法をかければ、その間の記憶を失わせることができる……薬学系統の博士が言うには、健忘、という効果らしいけどね? 実際薬としても研究が進められてるよ」
「あーそうかい、畜生め」
モールが目を静かにつぶりながら、そう、吐き捨てた。もう、脳みそが限界だ。精神干渉系の魔法を受け続けたせいで、ぼんやりとし始めている……。
「ちなみにこの、健忘の魔方陣をいじると、睡眠の魔方陣に変えられる」
そう言って、カラトは、今もなお光を放つ魔方陣に、いくつか模様を加えた。そして、モールにささやいた。
「しばらく眠ってくれ」
カラトはそう言うと、どこかへ立ち去った。
薄れゆく意識の中で、モールは指を必死に動かしていた。
ちょうど、右手の人差し指が、左手の平に当たっている。
彼はあとで目覚める自分のために、メッセージを残した。もうほとんど霞がかかってしまった意識の中で、人差し指の爪は、手のひらに一文字のメッセージを刻んだ。
『〇』
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