奇病により人類の八割が心を無くしてしまった未来、ゆっくり滅亡へと向かっていく世界で、年越しを迎える闇医者とアンドロイドのお話。
いわゆるポストアポカリプスSFであると同時に、ゴリゴリのサイバーパンク小説でもあります。いや本当にパンク感がすごい。サイバネティクス技術の発達した未来、自分の肉体をわりと気軽に機械化してしまう人々。序盤に登場する住職なんかは腕をガトリングガンに換装していたりして(それもそうせざるを得ない差し迫った事情があるわけでもないのに!)、はっきり人心の荒廃が見て取れる、のですけれど。
でも、そのわりには妙に明るいというか、まったくと言っていいほど閉塞感がないのが好きです。どうにも投げやりな感じはありながら、しかし相応に人生の苦楽を享受する人々。達観というには長閑にすぎて、でも楽天と呼ぶほど考えなしでもない。確約された滅亡を先に見据えながら、でもそば打ちに失敗したり除夜の鐘を撞き過ぎたり、この絶妙な生活感の滲ませ方が本当に卑怯でした。ずるいやつ。こんなの胸に刺さらないわけがない……。
いろいろ魅力的なところはあるのですけれど、中でも一番好きなのはテーマ性に関わる部分です。語られ方というか語り具合というか、主張の部分を正しくてらいなく、思い切りまっすぐぶつけてくれるところ。仔細に語るとネタバレになる(というか、このレビューなんかで先入観を持つのはあまりにもったいない!)ので伏せますけれど、要は「テセウスの船」にまつわる部分。
厳しい〝問い〟の答えを追い続ける姿と、それが説得力のある情緒に裏打ちされているところ。本当にたまらんものがありました。登場人物の個性が好きです。自分(このレビューを書いている私)は心というものがなんなのか、きっと聞かれてもちゃんと答えられないけれど、でもそれらしきものの手触りならなんとなく感じ取れたような気がする。特に過去の彼と彼女なんかを見ているとそう思えて、だからこそお話の主軸が実感としてわかる、というような(伝われ)。
やられました。個人的に「小説というものに期待している物語らしさ」を、ゴリッと力強く提供してくれるお話。きっとお話の構造そのものはしっかり王道の悲劇で、それをお話の持って行き方や演出の見事さ、そしてテーマへの食い込ませ方でとことん完成度の高い物語へと仕上げてみせた、ただただ真っ直ぐで強い作品でした。面白かったです!