歓禁少女

虫野律(むしのりつ)

第1話

 鏡に映る自分を見る。

 ブツブツと黒ずみだらけの潰れた鼻、左右が離れた一重の目、乱れた歯並び、ニキビの痕でぼこぼこの肌。何度見ても生理的嫌悪感が湧いてくる。


「はぁ」


 今日も疲れた。仕事行きたくねぇなぁ。

 職場の人間が俺を見る目は2種類ある。顔がキモイと嫌悪するか、顔が気の毒と哀れむかだ。


「……クソ」


 あいつらの目を思い出すとムカムカしてくる。


 馬鹿にしやがって……!


 特に女子社員どものあからさまに俺を見下した態度。


「……はぁ」


 ヤメヤメ。あんな奴らのことを考えてもいいことなんてない。


 こんな俺にも気になる子は居る。いつも帰りに見かける、近くのお嬢様学校の子だ。そこの制服を着ているから間違いない。

 俺の年齢は今年で27だから話し掛けるだけでも事案になってしまうかもしれない。勿論、話したこともないし、向こうは俺を認識すらしていないと思う。

 でも好きなんだ。


 小さな顔にくりくりとした大きな目。細い身体つきとは裏腹に、大きな胸とけつ


 ヤりたい。名前も分からないけど、とにかくあの子に突っ込みたくて仕方がない。


 考えたらってきた。なんとはなしにペニスを弄る。


 だが俺みたいな不細工童貞は相手にされないだろう。普通なら……。
















 日曜日の夜。


「ん!? ぅうう!?」


 少女の髪の匂いが脳を痺れさせる。口を塞ぎ、頸動脈を締める。

 数秒後、少女の意識が途切れる。


「はぁはぁはぁ……」


 直ぐ様、手首を縛り、後部座席へと放り込む。

 車を発進させる。アパートはそう遠くない。大丈夫だ。きっと誰も気づいていない。


 アパートに到着した。人気が無いことを確認し、彼女を運ぶ。


 ドアを閉める。鍵も忘れられない。少女を安いベッドに寝かせる。


「ふぅー」


 やっと人心地つく。少しして「やってしまった」という思いが湧き上がる。


 意識の無い少女を見る。透明感のある綺麗な肌だ。若さの証だろう。

 この美しい少女が俺のモノになったと思うと後悔はすぐに霧散する。

 少女が身動ぎする。

 

「ん……」


 !? 


 ヤバい。早く口を塞がないと!


 この時の為に買ったハードSM用のボールギャグを取り出す。

 しかしブツを手にして少女に向き直ると、ばっちり目が合ってしまった。


 叫ばれる!


 そう思い、少女の口を塞ごうと手を伸ばした俺の耳は、不可解な文章をキャッチした。どうやら少女の声帯から発生した空気の振動らしい。


「あ、ヤりますか?」


 妙に軽い口調にピタリと硬直してしまう。


「アソコの具合には自信がありますので、きっと気持ち良いですよ。どうぞ」


 スカートなのに股を開き、ピンクの下着を見せつけてきた。


「……」


 深窓の令嬢のような見た目から繰り出されるクソビッチ感。

 ボールギャグが俺の手から自然とこぼれ落ちる。床にぶつかり虚しい音を響かせる。

 少女がしたり顔で頷く。


「SもMもイケますので安心してください」


 何に安心すればいいのだろうか。


「……恐くないのか」


「恐くないですよ。お兄さん、優しそうですから」

 

 なんだこの子? 誘拐犯に優しそう? いったいどうなってんだ……。


「シないのですか? でも私は帰れないのですよね?」


 クーリングオフしたい気持ちは若干出てきたが、ここまで来て何もしないで帰すのは馬鹿馬鹿しい。警察に言われても困る。

 中身は想像と少し……いやかなりもの凄く違ったけど、見た目は俺の理想だ。考えようによっては抵抗されずに済むからむしろお得。

 

 改めて少女を見る。

 

 やはり綺麗だ。顔のパーツバランスも完璧。胸もデカイし、腰だってエロい。そんな子がブサメン童貞の俺に股を開いている……。


 股関に熱が集まっていく。


「やる気になってくれたのですね。ピルは飲んでるのでゴムはいらないですよ」


 止まることなんてできそうにない。名前も知らない少女に触れ──。




 

 





「お兄さん、初めてだったのですね」


「あ、ああ。こんな顔だし、金もそんなに無いしな」


 2発ほど少女の中にぶちまけてから、なぜか穏やかに会話している。


 最近の子は皆こうなのか? いやいやそんなわけないよな。エロゲでも「拉致監禁レイプばっち来いや」なキャラはなかなか居ない。つーか見たことない。


「でも私のことをたくさん気遣ってくれてましたよね。初めてとは思えないくらい優しかったですよ」

 

「……どういたしまして」


 すごい百戦錬磨感……。経験値に致命的な差がありそうだ。

 

 少女が上品に笑う。

 

朝比奈あさひなかえでと言います。お兄さんのお名前を教えてください」  


 楓に見つめるられると心臓がうるさくなる。

 

 この少女はどんな芸術よりも美しい。

 だから、初めて見た瞬間から俺の中でとある欲望が暴れているのも自然なことだ。


「……山上やまがみなぎさだ」


「渚さんですね! これからよろしくお願いします」


 この少女を独占したい、誰にも渡したくない……と。


 










 遅めの夕食を二人で取り、今後について説明した。

 楓はふんふんと頷きつつ聞いていた。そしておみもむろに口を開く。


「このお部屋から出ないでエッチを頑張ればいいのですね! 任せてください!」


「お、おう」


 楓が屈託の無い笑顔を見せる。発言内容とのギャップが凄すぎて脳ミソが首を傾げている。


「今日はどうします? またシますか? もう寝ますか?」


「お、おう」


「シャワー浴びていいですか?」


「お、おう」


「では一緒に入りましょう!」


「お、おう?」


 あれよあれよという間に脱がされ、狭い浴室に連行されていた。

 楓の意味不明な態度に思考力が死んでいたみたいだ。しかし楓の裸を見て冴えてきた。ついでにってきた。

 楓がそれに気づき、微笑む。浴室に膝を着き、小さめの口をペニスに近づける。息がぶつかる。


「お口でシていいですか?」


「……ああ」


 温かい……。


 







 





 シャワーを終えると楓がピルを飲まないといけないと言ってきた。


「私のバンドバッグはありませんか? そこに1ヶ月分入っているんですが……」


 そういえば車にあったかも。


「車にあるかもしれない。見てくる」


 いやちょっと待てよ。あまりにも普通に接してるから忘れてたけど、これって拉致監禁なんだよな。俺が居ない隙に逃げられたら困る。

 念のため縛っておくか。


「なるほど」


 俺がロープを取り出したのを見て得心とくしんがいったと頷く。


「逃げないように拘束しておくのですね。よろしくお願いします」


 そう言って手を差し出してきた。

 ……納得はできないが不都合は無いので問題も無い。サクサク縛って車へ向かう。

 後部座席を見ると淡いピンク色のバンドバッグが落ちている。

 そこそこ値の張りそうな質感だ。高校生が持つには少し分不相応じゃなかろうか。

 

 中を確かめる。

 スマホ、化粧品、ポケットティッシュ、ウェットティッシュ(メイク落としか?)、スケジュール帖、生理用品、ミネラルウォーター、替えの下着、市販の頭痛薬、ピンクのケースに入った錠剤。


 これかな。


 ケースとついでにミネラルウォーターも持っていく。


 部屋に戻ると楓が笑顔で出迎えた。


「お帰りなさい」


 花の咲いたようなと言うのだろうな。かわいいな。


 縛っているロープをほどいてやる。手首が赤くなっている。


「痛かったか」


「大丈夫ですよ。ありがとうございます」


 そうか。


 ケースと水を渡す。


「これだよな?」


「そうです。よかった。これでまた気持ち良く中出ししてもらえますね」


「……」


 恐怖。

 











 翌朝。

 楓の手を縛り、ベッドに繋ぐ。


「何時頃に帰ってくるのですか?」


「19時くらいかな」


「分かりました。お仕事頑張ってくださいね」


「……」


 大人用オムツ取り出す。俺が居ない間に漏らされても困るからな。

 だからといって縛らないのはあり得ない。全部演技で、帰って来たら警察がかつ丼を作って待ってました……なんてことになったら笑えない。

 楓のパンツに手を掛ける。脱がしやすいようにと楓が腰を浮かせてくれる。


「……」


「? どうしました?」


「どうしました?」じゃねぇよ! 俺がおかしいのか!? 普通、こんなことされたらもっと抵抗するんじゃねぇのか!?


「……なんでもない」


 楓のパンツを脱がして、オムツを履かせる……前に一発ヤっとくか。楓の性器を見て我慢できるわけがない。


「……あ、シたかったのですね。我慢しないでいつでも使ってください」


 楓が大きく股を開き、男を受け入れる体勢になる。


 都合が良すぎて薄ら寒いものを感じるが構わない。楓の穴が寄越す快楽には抗えない。

 でもその前にしたいことがある。


「なぁ。キスしていいか?」


 鳩が豆鉄砲を喰らったように呆けている。しかしすぐに再起動して破顔する。


「もちろん!」


 ほんとかわいいなぁ。




  










 楓にボールギャグを噛ませ、アパートを後にする。


 職場に着きエレベーターを待っていると、上司のクソ女──石原いしはらさんに出会でくわしてしまった。

 最悪だ。

 だが仕方ない。挨拶をする。


「おはようございます」


「おはよう」


 この女もそれなりに美人のようだが、楓に比べたらゴミだ。そう思うと俺を見下してきたことも許せるような気がしないでもない。


「……気持ち悪い目を向けないでくれない?」


 うっぜぇぇ。


「……すみません」


「次やったらセクハラで人事に報告するわよ」


 楓が居るのになんでお前みたいな奴にセクハラするんだよ!

  

 しかしここでぶん殴ったら全てが終わる。


「……すみません」

 

「ふん!」


 なんかいつもよりイライラしてないか。なんだってんだ。

 

 エレベーターが来た。扉が開く。俺たち以外乗る奴は居ないようだ。

 乗り込むと扉が閉まる。


 石原さんを見る。態度もデカイし背も高いけど今は小さく見える。よく見るとどこか疲れている……のか?


「……なに?」


「何かありました?」


「……」


 なんだよ。


 エレベーターが6階に到着した。この女、動かないな。


「降りないんですか?」


「……ひく……ぅく」


 は? なんか急に泣き出したんだけど。なんなんだ。


 エレベーターの扉が閉まる。箱は動かない。


「……」 


 8階のボタンを押す。


「場所を変えた方がいいですよ。上に使ってない部屋があるんでそこに行きましょう」


 行きましょう(送り届けたら放置)。


「……ぅ……」


 いや、なんか言えよ!


 8階に着いてしまった。扉が開く。しかし石原さんは動かない。


「……他の人に迷惑ですよ。行きましょう」


 石原さんの手を握り、エレベーターから引っ張り出す。

 俺に触られてるのに抵抗しないな。本当におかしい。


 8階は何かあるとき以外は使われない。だから朝っぱらからアラサー女がソファで泣いていても問題は無い。


「ひっく……ぅ……」


 ……これ、放置したら駄目なヤツな気がする。でもどうすればいいんだ? 何を隠そう、彼女どころか女友だちも居ない男だぞ。分かるわけがない。


「よかったら(なんだかよく分からないけど)お話してくれませんか?」


「……」


 イラっ。


 時計を見ると8時30分を過ぎている。これって遅刻扱いになるんかな? 嫌だな。


 暫くクソ女が泣いてるのを眺める無意味な時間が流れる。

 しかし「もういいや、帰ろう」と思った時にボソッと呟きやがった。


「……殺された」


「……え?」


 殺された? なんだそれ? 失恋とかじゃないのか?


大輔だいすけが殺されたの!」


 誰? 


 石原さんが語り出した。

 昨日、婚約者が殺されたらしい。眼球に棒状の物を突き入れられ、脳を壊されていた。それで悲しい、と。どうやって生きていけばいいか分からない、と。


 えぇ……。重! グロ! 言葉が出ないわ。


「それは……苦しいですね」


 中身の無いセリフを吐きながら背中をさすってやる。

 時計の針は9時を回っている。うわぁ。

 遅刻記録を更新しているとやっと石原さんが落ち着いてきた。


「意外と優しいんだね……」


「そうでもないですよ」


 だって誘拐犯だし。


「今までごめんなさい」


 クソ女がしおらしい。気持ち悪いな。


「……気にしなくていいですよ。こんな顔なんで慣れてます」


「……」


 石原さんが俺の肩に頭を寄せてきた。香水か整髪剤か知らないが、そんな匂いだ。


「……」


 く、空気が重い。どうすりゃいいんだよ。早くオフィスに行かないといけないんだけどなぁ。


「ねぇ。渚く──」


 スマホの呼び出し音が石原さんの発言を遮る。どうやら課の人からのようだ。そりゃそうなるわな。


「戻りましょうか。無断欠勤はマズイですよ」


 不満そうな顔だ。でも頷いてくれた。


「そうね。続きは後にしましょう」

 

 続きってなんだよ。俺には楓がいるんだよ。続きなんて無い。















 仕事を終え、石原さんから逃げるように会社を出る。

 スーパーに寄って惣菜を買う。俺は料理なんてやらないからいつもこんな感じだ。

 

 楓は何か食べられない物とかあるのかな。


 訊いておかなかったことを少し後悔する。でも今更遅い。今日は我慢してもらおう。 


 生活用品と一緒に会計を済ませ、アパートへ向かう。そんなに遠くはないからすぐに到着する。


「ただいま」


「ん! んんぅんんぅん」


 猿轡さるぐつわをしているせいで何言ってるか分からん。

 外してやる。


「おかへひなはい」


 長時間、顎を固定してた弊害だな。すぐには上手く話せないみたいだ。

 楓が顎を動かし、ほぐしてから再度口を開く。


「おかえりなさい! 寂しかったです」


 拘束を取り除くと抱きついてきた。


「ぎゅうってしてください」


 言われなくてもするさ。


「ん……」


 可愛いなぁ。……ところでトイレはどうだったのだろうか。


「なぁトイレはどうした?」


「え゛」


 エロい雰囲気を出していた楓が固まる。どっからその声出したんだ。


「オムツも捨てないといけないし、汚れたならシャワーもしたいだろ」


 すぅーっと離れられる。じっとりとした目を向けてきた。


「羞恥プレイですか」


「なんでだよ。違うから」


「じゃあなんでってるんですか」


「楓が可愛くてムラムラしたからだよ。当たり前だろ」


「……ふーん。そうですか」


 なんか変な空気だな。とりあえず買って来た物を仕舞うか。


「オムツは家庭ごみでいいからテキトーに台所にあるごみ袋に捨てといて」


 冷蔵庫に飲み物と食べ物を入れていく。


「分かりました。シャワーしてもいいですか?」


「いいぞ。着替えは俺のやつをテキトーに置いておくよ。上がったら一緒にご飯食べよう」


「はい。ありがとうございます」


 楓が貸してやった服をポイっと脱ぎ、オムツを下ろす。いそいそとごみ袋に入れて浴室に行ってしまった。


 楓に頼まれて買ってきたシャンプーとかを渡すの忘れた。ま、次からでいいか。片付けを終え、脱衣所に下着とジャージを持っていく。


 部屋に戻り、テレビをける。ニュースがやっているようだ。暫く眺めているとなんだか聞いたような話が流れ出した。


──昨日、夢見ゆめみ女子高等学校で教師をしている木下きのしたまもるさんが殺害されました。警察によると棒状の物が凶器と見込まれるとのことです。また──。


 これは石原さんが言っていたやつか。次いで被害者の写真が放送される。


「え……」


 驚愕に声が漏れてしまう。俺はこの男を知っている。


 昨日見た楓のスマホだ。スマホ自体にはロックが掛かっていたが、手帳型スマホケースの内ポケットに写真が入っていた。そこには楓と年上の男が親しげに写っていた。

 俺にはその男と木下が同一人物に見える。

 

 木下は楓と付き合っていた……? 石原さんと付き合いつつ?


 そういうこともあるのか。あるのかもな。それはまぁいい。そんなことよりも気になることがある。楓の持ち物だ。


 楓のバッグの中には無いと不自然な物が無かった。


 それはペンだ。中に予定が書き込まれたスケジュール帖はあるのにペンが無かった。昨日は偶然かなと思ったけど、もしかしたら違うのかもしれない。


 つまり、楓が元々持っていたペンで木下を殺し、凶器を処分したところを俺にさらわれた可能性があるってことだ。


 そんな馬鹿なと思うところもあるが、納得する部分もある。

 だってなぁ。いきなり俺みたいな奴に拐われてるのに抵抗もしない、逃げ出そうともしない。更にすんなりセックスに応じる。普通にあり得ないだろ。

 でも楓が殺人犯だとすると不自然さは薄れる。つまり俺に拐われたのは警察から逃れる為に都合が良かったんだ。だから気に入られようと気持ち悪い男を受け入れてきた。俺に長く隠れ家を提供してもらわないと困るからだろう。


 ガラガラと浴室の扉が開けられる。シャワーが終わったようだ。ドライヤーの音が聞こえてきた。

 数分後、楓が戻る。肌が赤く上気している。


「お待たせしました。お腹ペコペコです」


 ダボダボのジャージを着た楓の色気が、俺の芯を熱くする。


「なんかエッチなこと考えてます?」


 分かってるクセにかわいい奴だな。


 楓を抱き寄せる。


「すまん。我慢できそうにない。先にヤらせてくれ」


 また優しい微笑を見せてくれた。愛しさが溢れてくる。


「よろこんで!」


 堪らず口付けをする。


 楓が殺人犯だろうとどうでもいい。俺にとっては理想の可愛い女だ。それで十分。


 だから警察に言うつもりも楓を問い詰めるつまりもない。


 俺だけのモノでいてくれるだけでいい。愛してる……。













 それからの日々は今までの人生で最も充実していた。

 職場では、石原さんの態度が軟化したお蔭で女子社員からの風当たりも弱くなったし、家に帰れば可愛い楓が待っててくれる。

 俺がヤりたいと言えば嫌がることはないし(生理(?)の時だけは「お口で我慢してください」って言われたけど)、最近では家事もしてくれる。拘束する必要性が全く感じられないから「外に出ないように」とだけ言って自由にさせたら、家事をやってくれるようになった。

 実際、外に出たりはしていないようだし、楓の料理も食べられるし、いいことしかない。


 頼まれていた卵とトイレットペーパーを買って帰宅する。

 早く楓の顔を見たい。逸る気持ちのまま鍵を差し込むと回らない。


「あれ?」


 もしかして鍵を掛け忘れたかな。


 ドアノブを回すと案の定、扉が開いた。


「ただいま」


 返事が無い。嫌な予感がして玄関に楓の靴を探すも見つからない。


「そんなまさか……」


 部屋の中にも当然居ない。トイレにも風呂にも居ない。


 楓が居なくなった……。


 絶望が俺にのし掛かる。


 普段の様子からは想像できない。昨日だって今朝だって本当に嬉しそうに愛してるって言ってくれてたのに……。


 女々しいことを考えても現実は変わらない。しかし何かをやる気にもなれずに、誰も居ない部屋で呆然として過ごす。


 そうして時間を無駄にしているとふいに玄関から音がした。


「ただいま」


 ! 


 俺の心臓が跳ね上がる。楓の声だ。玄関の方を見ると楓が居た。駆け寄り抱き締める。


「楓……楓……!」


 楓の柔かさと熱が俺に安心を与えてくれる。


「ごめんなさい。大切な用事があってお出掛けしていました」


 大切な用事……?


「玄関で話すようなことでもないのでお部屋でお教えします」


 居間に戻り、俺が落ち着くのを確認した楓が口を開く。





 


 


 




 

「また1人殺してきました。渚さんもお気づきでしたよね。私が人殺しだって」


 !?


「……」 


「私には殺したい人がたくさん居るのです。まだまだ殺さなければいけません」


「……」 


 驚きと共に納得もある。

 ここでの生活はキモいブサメンの性奴隷みたいなものだ。ムショ暮しと比較してそこまで旨みがあるようには思えなかった。

 それなのに逃げ出さないのは俺を受け入れたからだと思っていたが、こういうことだったのか。まだ捕まるわけにはいかない。だからまだまだ俺を利用したい。こんなところか。


 自然と口角が上がってしまう。


「? どうされました?」


 楓に不審がられてしまった。


 でも仕方ない。楓が俺を必要とする理由が明確にあるのは理想的だ。

 それに殺人を重ねれば死刑になりやすいはず。そこまでいってくれれば、死ぬよりはここでの生活の方がマシと思ってくれるかもしれない。

 そうすれば永遠に楓を閉じ込めて独占できる。

 獣欲が暴れ出す。


 ヤりたい。今すぐ中に注いでやりたい。


 俺が欲情していることに気づいたのだろう。楓がいつもの微笑みを浮かべる。 


「……渚さんのそういうところ大好きです。エッチしましょうか」


 俺も楓のそういうところが大好きだよ。


 血がこびりついた楓の唇を貪る。愛を抑えることができない。


 ああ……キスだけなのにもう出そうだ……。




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歓禁少女 虫野律(むしのりつ) @picosukemaru

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