ミイラになる。

Lie街

ミイラになる。

「ん、ここはどこだ。」


目を開けると薄暗い部屋の中にいた。

固い床から身を起こすと、部屋の真ん中に白いライトで照らされた机があった。


「おはようございます。」


狭いおでこに細い眉毛、ゆるりと垂れた目元には僅かに光が宿っている。

普段から鍛えているのが服の上からでも分かった。


「ここはどこだ。」


思い出そう。俺はある殺人事件の犯人を追っていて捜査を続けていたはずだ。ようやく何か手がかりを掴めと思った時に目の前が暗くなって…。


「混乱しているようですね、ここは取り調べ室ですよ。」


男は右手を突き出し、俺を椅子に座るように促した。

俺は指示された通りに椅子に腰かけ男の目を見た。


「これはどういうことだ。俺はこんなところで燻っている暇はないんだが。」


男は動じる様子もなくむしろ顔を少し緩めて大袈裟な手振りで話し始めた。


「まぁ、そう怖い顔しないでくださいよ。あなたが追っている連続殺人事件、実は意外な事が分かってきたんですよ。」


男はもったいぶった口調で話す。


「実はね、ここ最近AIが人を襲う事故が増えていてね。ちょうど連続殺人事件が起き始めた少し後頃ぐらいだから2,3ヶ月前から。」


「それがどうした。」


「まるで、どこからか信号を受けてるみたいで妙でね。僕は犯人はAIなのではないかと踏んだんですよ。信号も複雑なルートで送られていて追えませんでしたし。」


男は顎をさすりながら何かを匂わせるような口ぶりに嫌な感じがした。


「それが俺に、なんの関係がある!」


この男のふざけた調子に苛立ちがつのり、机を激しく叩いた。

この男は何が言いたいのだ?

そういえば、ここは何やら妙だ確かに取り調べ室のような外見をしているが、どこからか異様な感じがする。


「そんなに声を荒げないでくださいよ。」


思わず立ちあがた俺を見上げるようにギロりと眼光が光る。

俺は仕方なくもう一度椅子に座り男の話を聞くことにした。何やら怪しいこの部屋に秘められた秘密も探らねばならない。


「続きを話しましょう。犯人はAIである、ということまでは分かりました。しかし、次はどのAIが犯人なのかを突き止めねばなりません。そこで僕らは罠をはることにしました。」


「罠…?」


「はい、囮作戦です。犯行が集中的に行われている場所に出向き作戦を実行しました。」


俺は唾を飲み込んだ。


「それで、結果は。」


「捕まりましたよ。人間がね。」


俺は落胆した。それではやはりAI事故の件とは関わり無いじゃないか。

背もたれに思いきり背中を預けた。


「しかし」


男はここぞとばかりに大きな声を出した。


「男は幾つかの犯行を認めなかったんですよ。」


どういうことだ。犯人が罪を軽くしようとホラを吹いているだけではないのか。

この男は一体何を言おうとしている。


「認めなかった犯行は実に10件あった内の半分…。僕もね初めは犯人が刑を軽くしようとしてるだけだとそう思いましたよ。」


男は目線を下げ手を組んだり離したりしている。


「けどね、おかしいんですよ。」


「おかしい?何が。」


「僕、もう一度現場に行ったり証拠品や刺された痕を洗い直したんですよ。そしたらね、見事に犯人の犯行手口と一致したんですよ。」


「それのなにがおかしいんだ。犯行手口が一致するなんて当たり前のことではないか。」


男は不敵に笑う。


「いや、違うんですよ。全く同じだったんです。犯行時刻も刺された傷も場所も、体格の関係で多少の誤差はあったものの刺された傷に関しては人間では再現できないほど数ミリの狂いもなかった。

こんなことが出来るのはやっぱりAIしかいない。しかも、事件の概要をよく知るAI。心当たりがありませんか、刑事さん。」


「なんのことだ。」


いくつかの管轄には配属されているようだが、俺の管轄には配属されていないはずだ。連続殺人事件を追っていた俺の管轄には。


「とんだ推理だ。確かに理屈は通っているが、決定的な誤算がある。俺の管轄にはAIはいない。」


「いいえ、いますよ。」


「は?冗談はよしてくれ。」


この男、自分の推理が外れたからと言ってめちゃくちゃを言っている。

男が突然動いたかと思うと鞄をあさり始めた。そこから1枚の手鏡を出してきて俺にみせた。


「なんのマネだ。」


「いいから見てください。」


「…!」


俺は絶句した。そこに映っていたのは金属の塊だったのだ。瞳のようなレンズといくつもの配線が血管のように巡っていた。


「やはり、気づいてなかったんですね。あなたは殺人事件に関わるのはこれが初めてだった。実際の遺体や殺人現場や凶器の写真をメモリにバックアップしていくうちにあなたは呑まれてしまったんですよ、殺人衝動に。そして、あなたのその衝動はいつしかさらに暴走を始め、遂に他のAIを操るまでに至った。あなたの記録の中に殺人の記録がないのは、そのデータが外に漏れないように自分で消していたんですよ。さすがAIらしい、合理的だ。」


俺は感情がぐちゃぐちゃになった。俺が…AI…人を殺した…。まるで現実味がない、ドラマを見ているみたいだ。


「そして、一連の犯行を別の殺人犯に擦り付けようとしたのも実に頭がいい。しかし、今回はそれが仇になったな。」


「どうして…」


それでも、俺には引っかかる点がひとつある。


「ん?」


「どうしてそれを俺につたえたんだ。何も言わずに処分することも出来ただろうしむしろそうするべきだっただろう。」


男は立ち上がり、取り調べ室の窓から外を見た。


「実はね、まだ署には連絡していないんです。ここは取り調べ室でもないですし、そうでも言わないと、話を聞いてくれそうになかったので。それに、」


男はその後をまたもったいぶった。俺は何を言うのか非常に気になったが、あえて黙って待つことにした。


「あなたも、この事件をとても熱心に捜査していたので、伝えておきたくて。」


男は笑った。実にさわやかに。俺はその笑顔にもう腹が立たなくなっていた。


「なにがおかしい。俺は自分のやるべきことを精一杯こなしたまでだ。まぁ、そんな俺の仕事も人間のお前には叶わなかったがな。」


「ふふ。」


「いいから、もう俺を楽にしてくれ。電源ボタンは

首だ押して、今の推理を全部署に報告しろ。分かったな。」


「はい!」


「お前はきっといい刑事になるよ。」


「ありがとうございます。」


男が俺の首に手をかけてスイッチを押した。ゆっくりと世界が暗くなっていく。

俺はずっと事件の犯人を追っているつもりで、俺自身が犯人になっていたのか。

ミイラ取りが…、ミイラになったんだな…。

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