第4話 世界の終わり

 人々から優しさが溢れ、街の風景が変わった。


 1人で歩く人が減った。

 感染者は、誰かに付きまとっていた。

 荷物持ちをしたり、傘をさしてあげたり、「もう、ついてくんな!」と怒鳴られているような光景も、よく見かけるようになった。


 ホームレスに札束を積む人が続出し、ホームレスのフリをする人が増えた。


 嘘の募金活動も流行った。


 痴漢を許してしまう優しさウイルスを持つ女性に対して、痴漢グループによる車内強姦パーティーが多発した。

 女性を守ろうと自主的ボディーガードをする男達が立ち上がり、痴漢グループとの武闘対決も勃発した。


 優しさウイルスに感染した医者が、慰謝料をもらわなくなり、診察がボランティア化してしまい波紋を呼んだ。


 〇

 お酒を飲んだ帰り道。

 ビルの光がぼんやりと滲んで、ユナの目には街がいつもより綺麗に映った。


「ユナ? ユナだよね?」

「え、、」

 懐かしい声がして、ユナが振り返ると、カズマが立っていた。


「久しぶり、会いたかったよ」


 ユナは、今自分は夢を見ているんじゃないかと思った。

 もしかしたら、酔いすぎてしまったのかもしれない。


「ほんとにカズマ? どうして?」

「ずっと会いたくて、探してたんだよ」

「私だって、ずっと会いたかったよ」


 カズマに会うのは、2年ぶりだ。

 彼に振られてからずっと、彼を忘れられずにいた。

 ユナは、思わずカズマの腕の中に飛び込んだ。カズマは、少し困ったような顔で微笑んだ。


「ユナ、実はお願いがあるんだ」

「カズマのお願いなら、なんでも聞くよ」


 ユナは火照った顔を、カズマの胸に押し当てた。

 彼の体温を貪るように、きつく抱きしめた。


「そう言ってくれると思った」

 カズマは、ユナの頭をゆっくりと撫でた。


「ユナ。僕を助けて欲しいんだ」

「どうしたの?何か困ってるの?」

「ちょっとトラブってね、どうしてもお金が必要なんだ。それで・・・・・・ユナに仕事を頼みたいんだ」

「私に出来る事ならなんでもするよ」

「ありがとう。あのね、単刀直入に言うと、君に身体を売って欲しい」


 ユナは、言葉を失った。

 すかさずカズマは続けた。


「僕はユナが色んな男に犯される度に、君に感謝する。どうしても今の君が必要なんだ」


「でも、どうしてそんな仕事なの?」


「どんな女の人にもある魅力って、男の身体に無いものを持ってる事だよね。

 そしてユナは今、人一倍優しいだろ?

 今のユナは、特別なんだ。

 世の中には、そんなユナの優しさに癒されたい男がいっぱいいる。

 ユナの最高の優しさを、全身全霊のサービスを、丸ごと欲しがってる人がいっぱいいるんだよ」


「そうなの・・・・・・」


「僕の事、もう好きじゃない?」


「好きだよ、ずっと」


 ーーカズマの為ならそれでもいっか。

 ユナは、そう思えた。

 カズマの為に、この体を使える。

 それは幸せな事だった。


 ユナは、カズマと彼の仲間の性奴隷になった。

 家にも会社にも、行かなくなった。


 他にもユナと同じような女が集められ、無償で奉仕させられた。

 彼女達は、女に飢えた男達に、優しさを与えられる事に満足していた。


「この時代、風俗業界儲からねーと思ってたけど、んな事なかったな!!

 タダで女を働かせられるなんて、優しさウイルス最高ーッッッ!!!」


 感染者を雇うカズマ達の商売は、他の風俗とは比べ物にならないほど儲かった。


 〇

 感染者の中には、親切の為に破産し、それでも親切が辞められず、金融会社に借金する人が続出した。

 金融会社側も、感染者の社員が対応した場合、優しさで未返済を見逃してしまう事も多々あった。


 スーパーでは感染者の店員が、客が欲しがればどんな商品でも無料で与えた。


 政治家も感染者が増え続け、金の概念が歪んできた。


 〇

「お前、こんなとこいて正気なの?」

「ちあわせでう」


 誰だか分からない男の一物を咥えながら、ユナは答えた。


「まぁ・・・・・・お前、感染者だもんな。

 優しさウイルスが蔓延する前はさ、世界が愛と優しさに包まれたら、平和になるのに。なんて言ってた奴もいたけどさ、あれ嘘だよな。

 優しさだって人を傷つけるよ。人を殺すよ」


「んなことないでちゅ」


 唾液塗れの一物を、ユナは丁寧に舐め上げた。


「ま、優しさで腐りかかったお前に言っても意味ねえか」


 喉の奥まで亀頭を押し込み、嗚咽するユナの潤んだ瞳を見ながら、男はそっと呟いた。


「呪うなら神様を呪えよ。人類にイタズラすんなってな」



 宗教戦争が、あちこちで起こり始めた。

 ユナが最後に見たニュースはそれだった。


 その後、ネットやテレビの情報は、いつしか途絶えた。


 情報の拡散は、知らず知らずのうちに誰かを傷つける。

 その誰かを傷つけられた大量の感染者が、暴動を起こした。電波塔が壊され、世の中がどんな状況か、誰も分からなくなった。


 〇

 大きな爆発音がして、ユナが無償で働いていた風俗店のビルが崩れた。


 ユナは、一命を取り留めた。

 身体中が重く、口の中がジャリジャリして砂の味がした。

 奇跡的に、落下した瓦礫の隙間にユナはいた。


 なんとか這いずり出て、当たりを見渡すと、街は灰色だった。

 いつのまにか廃墟と化していたようだった。


 横たわる死体の中で、息をしている人間を探した。


 誰も居なかった。


 自分がセックスを繰り返しているうちに、こんなにも世界は大きく変わっていたのか。


 ユナは唖然とした。

 そして、とてつもない恐怖が足元からふつふつと湧き上がってきた。


「誰かぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 気がつくと、ユナは叫んでいた。


「誰かぁぁ、私に、私に優しくさせてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 こんなにも優しくしたいのに。

 それを出来る相手がいない。

 私を求めてるのは誰?


 ユナは歩いて歩いて歩き続けた。


 ○

 目が覚めた時、ユナの手足は拘束されていた。

 複数の人間が行ったり来たりしていた。

 見張り役らしき人間が近づいてきた。


 黒い覆面マスクから、細長い目がユナを見つめていた。


「あ、れ、、、?」

「ごめんね、ユナ」

「か、カリン?」


 カリンは、ユナを見下ろしたまま言った。

「こんなところでまた会うなんてね」

「どうなってるの?」

 ユナの声は掠れていた。


「私の弟がね、海外から乗り込んできた非感染者の軍隊にやられて死にかかってんだ。

 それで五体満足の人間を集めて、臓器を集めてるの。ここにいる部隊の人達は皆、大切な人が怪我や病気で死にかかってる。

 だからユナ、悪いけどあんたも誰かの体の一部になって」


 ユナの目から涙が零れ落ち、乾いた皮膚に染み渡っていった。


「よかったぁ、私なんて幸せなんだろ」

「え?」

「誰かの役にたったまま、死ねる」


 カリンは細長い目をぱっくりと見開き、顔をそむけた。


「症状、やっぱり悪化してたんだね」

「そう?」

「優しすぎて、気持ち悪いよあんた」

 冷たい声だった。


 私がいなくなった後も、優しさで包まれた世界でありますように。


 ユナは天使のように微笑んだまま、最期を迎えた。

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優しさで終わる世界 満月mitsuki @miley0528

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