神君、伊賀越えられず。

徳川家康。
晩年まで忍従と慎重を重ね、虎視眈々と天下を睨み続けた英雄。
だが盤石を敷いたその人生において、窮地というべき瞬間が幾度となくあった。
本能寺の変直後の伊賀越えがそのうちの一つであったが、もし家康が三河に戻れず死んでいたら、光秀がその存在を重要視し、総力を挙げて追撃していたら……?

これはそんなIFを描いた中編歴史ドラマです。
もっとも焦点が当てられているのは、家康自身ではないような気がします。
「もし光秀が本能寺後に計画的に立ち回れていたら?」
と言った方が合っているのかもしれません。
史実よりも周到に策を練り盤石の体制で迎え撃つ光秀と、それがために後手に回りつつ織田の遺児旧臣たちと協力して討たんとする秀吉。この二人が主人公格です。

従来の定説を踏襲して武将を描きつつもダイナミックな展開に持っていく作風は、それこそ古き良き架空戦記と言ったところ。
一方で常であれば日の目の当たらないような武将たちも取り上げているのも楽しい作品です。

ちょうどいい文章量でまとまっているのも相まって、ふとした拍子に繰り返し読みたくなるような、スルメ味のある良作です。