その2

「シルヴィア様、実は相談があるのですが」


 久しぶりの再会のあいさつをして、一緒のベンチで食事を摂ろうとした私に、エリザベス様が深刻な顔で話しかけてきました。


「どうかなさったのですか?」


「ええ、実は」


 と言って、エリザベス様が困ったようにうつむいてしまいました。――話すのに、勇気がいるような内容だったらしいです。少ししてから、思い切ったようにエリザベス様が口を開きました。


「実は、シルヴィア様のいない間に、私は、ある男性から告白をされまして」


「あ、そうだったのですか? それはおめでとうございます」


 すると、決まった相手がいないのは私だけですか。まあ、私は立場上、諦めるしかないのかもしれませんが。考えながら笑いかける私に、エリザベス様が深刻な顔で言葉をつづけました。


「ただ、私は、その、まだ告白の返事をしていないのです。イエスかノーか、どうするべきか、迷っていまして」


「ははあ。それが相談の内容なのですね」


 返事をせず、赤い顔で、またもやエリザベス様がうつむいてしまいました。


「まず、一応の確認をしますが、その男性は、何かエリザベス様にとって、不都合のある方だったのでしょうか?」


「あ、いえ、それはありません。紳士的で、家柄も申し分なくて、整った顔立ちの、とても素敵な方です」


「はあ。――話を聞いた分には、何も問題がないようですね。では、どうして告白を受け入れないのでしょうか?」


「それなんですけれども」


 エリザベス様が私から視線を逸らせました。べつのところを見ています。私がそちらをむくと、メアリー様とエイブラハム様が楽しそうに談笑をしながら食事をされていました。


「私の前世は、エイブラハム様の前世と恋仲だったのでしょう?」


 エリザベス様が小声で言ってきました。あー、まだ勘違いしてましたか。あなたに縁のあったのはメアリー様の前世ですよ。しかも恋仲って。完全に片思いだったでしょうに。


「以前、私はシルヴィア様に言いました。実らぬ恋なら、それはそれで構わないと」


 まあ、知らないほうが幸せな真実もあります。黙って聞いている私に、エリザベス様が話をつづけてきました。


「それで私は、エイブラハム様とメアリー様のお付き合いを心から祝福しました。ただ、だからといって、すぐに気をとりなおして、ほかの男性と仲良くするというのは、どうもおかしいような気がして」


「あ、そういうことですか」


 いつものように、私は笑顔をエリザベス様へむけることにしました。


「前にも言ったではありませんか。前世のことなど、気にする必要はない。いまの人生を大事にするべきです。それに、すぐに気をとりなおすも何も、あなたは生まれ変わってから十五年間、かつての想い人と、ずっと恋を語り合ってこなかったわけですよね? それだけ時間が経ったのなら、新しい恋に生きても問題ないと思いますが?」


「――あ」


 私の言葉に、エリザベス様が、はっとした顔をされました。


「言われてみれば、そうですね。私は十五年間も」


 エリザベス様が、あらためてうつむかれました。さっきのような迷いの表情とは違い、今度は、何か決心しようとしているようなお顔をされています。


「わかりました」


 少しして、エリザベス様がこちらをむきました。


「ありがとうございますシルヴィア様。シルヴィア様のご助言で、私も勇気がでました。今後、どうするかは、まだ私も考えてませんが、イエスにしろノーにしろ、前世のことは抜きにして返事をしようと思います」


「それは素晴らしいことだと思います」


 私もエリザベス様を見ながら、笑顔で両手を合わせました。自分の担当している魂が、過去を忘れて前へ進もうとしている。こんなに喜ばしいことはありません。


「それで、あの」


 私は、がんばろうというお顔をされているエリザベス様に、つづけて声をかけました。


「その、エリザベス様に告白されたという男性はどなたなのか、私も興味があるのですが」


 私の質問に、エリザベス様が赤い顔のままうなずかれました。


「わかりました。あとで一緒にきていただけますか?」


 その後、昼食を終えた私がエリザベス様に案内されて行ったのは、高等部の講堂でした。


「あちらの方です。メガネをかけた、金髪の。わかりますか?」


 講堂の入口から少しだけ顔をだし、エリザベス様が、ある男性を指さしました。


「お名前は、ウィルバー・イーガン様といいます。公爵家の家柄だそうで」


「へえ、それはすごいですね」


 と言いながら、私も金髪の男性を目で探しました。あ、なるほど。なかなかの美形の男性が、何かの書物を読んでいらっしゃいます。エリザベス様にお似合いなのでは――と思いかけ、私は驚きました。


「あらららら」


 思わずでた声に、エリザベス様が不思議そうな顔をされました。


「ウィルバー様がどうかされたのですか?」


「あ、いえ、べつに」


 慌てて私は手を左右に振りました。


「ウィルバー様ご本人は何もされてません。それは大丈夫です」


 問題は、ウィルバー様の前世でした。あの人、メアリー様の前世である男性をトラックでひいた運転手の生まれ変わりですよ。するとエリザベス様は、かつての想い人を殺した相手に告白されたわけですか。


「まさかこっちにきてるとは。――あー、なるほど」


 少し見て、私も事情を知りました。経済的な問題で進学できず、中学を卒業後、就職。『高校生活を経験したかった』これが彼の願いだったわけですね。それでいま、ここでそれを満喫していると。そういうことですか。


「シルヴィア様の目から見て、どう思われますか?」


 何も知らないエリザベス様が私に訊いてきました。


「あ、あの、私は、いいも悪いも、何も言えません。エリザベス様が後悔のないような生き方をしていただければ、それが私の幸せでもありますので」


 今回は、私も曖昧な返事をするしかありませんでした。


 その日の夜、仕方がないと思った私は、ウィルバー様の家に、いつものように時空転移の法でお邪魔しました。


「あの、どちら様でしょうか?」


「私はエリザベス・バーネット様の知り合いで、シルヴィア・チャーチといいます」


 驚いて問いかけるウィルバー様に、私は普段と同じ笑顔をむけました。


「本当は、あなたの担当は私じゃなかったんです。ただ、同じ時代にいらっしゃるので、上に申請して、特別に、私に担当を変えていただいたんですよ」


「は?」


「安心してください。いまからきちんと説明します。実は、あなたの前世のことなんですけどね――」

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実は、あなたの前世のことなんですけどね 渡邊裕多郎 @yutarowatanabe

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