第3話 千紗と大木

 冷蔵庫や和室を探したが、体の大きさを変えた時のケーキやジュースはどこにもなかった。

「大木、これはマズい状況だぞ」

「うん。実は今日、親にちょっとした買い物頼まれてる。それ済ませたらまた戻って来る予定だったんだけど……」

「わたしも明日お母さんとお父さん帰って来る。今の姿見られたら、ちょっと驚かれるくらいじゃ済まないと思う」

「うん。あと、明後日学校」

「それが一番マズいっ!」


 家族であれば、祖母が戻ってからなんとか元の生活に戻れるとは思うけど、学校の友達となるとそうもいかない。急に別人みたいなわたしたちが登校してきたら、仮に後で元に戻れてもおかしな目で見られてしまう。


「大木、レシピを探そう」

「もしかして、作るの?」

「もうそれしかないと思う。おばあちゃんの部屋行ってみよう」

「うん。わかった」


 和室に戻ってレシピらしいものを探す。

 するとすぐに文机ふづくえの上に置いてある一枚の紙が目に入った。どう見ても日本語や英語ではない言語で文字が書かれているが、二種類の何かを作るためのレシピであることは挿絵からわかる。


「とりあえず絵に描いてある材料を見つけてみよう」

「あの引き出しとか開けていいの?」

「今は緊急事態だから気にしてられないよ」


 大木が言っているのは、どう見ても引き出しが百個以上ある薬棚やくだなで、そこから絵だけで目当ての材料を見つけるのは無理に思えた。

 が、とにかくやるしかないので、二人で息を切らして畳の上にそれらしい材料を揃えることができた。


「千紗、次どうする」

「たぶん、この大鍋で煮るんだと思う」

「わかった」


 とりあえず煮た。

 大鍋の中が謎の蛍光グリーンで光出すまで煮た。

 匂い的にはあの日に嗅いだものにかなり近い。


「これであとは待つだけ……かな」

「…………」

「?……どうしたの大木」

「これ」


 大木が指さしているのはレシピの一番下だ。

 そこには日本語でこう書いてあった。

『※満月の夜に作ること』


「大木、おばあちゃんが完成させたの昨日だよね」

「うん」

「次の満月はいつだろう」

「……大体一か月後」

「終わった」


 わたしはこれからのことを考えた。

 まず親に驚かれる。最悪の場合、本人であると認められない。次に学校。こちらも友達や先生に驚かれる。そして同じく最悪の場合本人だと認められない。

 おばあちゃんが戻ってくれば、元に戻ることができる。

 しかしそれまでが長い。

 全身の感覚がすっと抜けていくような気がした――


「千紗」


 その声で、ハッとした。

 両手が、何か温かいものに触れている。

 大木の手だ。

 やってしまった。わたしは一度学んだはずだったじゃないか。


「ごめん。大木」

 膝をついて大木と向き合う。

「うんん、大丈夫」

「わたしが考えなしに誘っちゃったばっかりに」

「千紗は悪くない。けど、わたしも謝らなくちゃいけないことがある」

「今日は疲れたよ?」

「それもだけど。嘘をついてた」

「嘘……?」

「身長エネルギー、いつも送信する気なかったんだ」

「えー、それはかなり今更だよ……」

「わたしは、そのままの千紗が好きだったから。変わらなくていいと思ってた。変わらなければ、この手にずっと触れていられたから」

「じゃあ、ちゃんとやるよ。今」

「うん。わかった」

 大木と額を合わせる。

「よしこい!」目を閉じる。

「送信開始」


 *


 あれから目を開けると、二人とも元の大きさに戻っていた。

 身長エネルギー理論が正しかったのか、大鍋の中の蛍光スープの匂いがよかったのかはわからない。

 だけどまあ、戻れたのでいいのである。

 一つ不要な話を思い出してみる。あの後、二人の大きさが戻ったので、わたしはブカブカな制服を着ていて、大木の服は破れた。祖母のいうところのカメラがどうとかいう理由で、そういうことがあったということだけ思い出している。


 今は大木のお使いも二人で終えて、コタツで休憩中。

 やっぱり大木の脚の間は、とても心地がいい。背中のほうもあったかいし、大木は身長の割に痩せているから服と体の間に隙間があって、そこに体を預けるとフカッて空気が抜けるのが好き。

 ここで牛乳をグイっと飲む。

「モー」

「モー、モー」

 しばらく二人でモーモー言って揺れていた。


 その時、リビングのドアが開く。

「完成じゃっ!!」

 唐突に祖母が現れた。

「え!? どしたのおばあちゃん。早くない!?」

「何だか知らないけど、アリサ戻ったら幻の秘薬できてたよ!?」

「あ。あの失敗――いやなんだろうね。不思議ー」

「昔一回だけ偶然完成したことがある。二人で飲めばエネルギーをどちらか一方に偏らせ、念じることでそれを調整可能とするエキスじゃ!」

「ん?……それでそのエキスどうなったの」

「まだ千紗が小学生くらいの頃、空の牛乳パックに入れておいたらなくなっていてショックだったねえ。ちゃんと裏に注意書きしておいたのに。――そういえばあの頃、もう大木が遊びに来ていたんだっけ? 懐かしいねえ」

「おばあちゃんがすごいのはわかるけど、注意書きはわかりやすいとこに書いてよ」


 上を向いて大木に視線を送る。

「ねっ?」

 大木はわたしの両手を握って返事をした。

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千紗、大きくなる 向日葵椎 @hima_see

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