第2話 エンジョイ

 祖母にせかされて、わたしと大木は風呂と着替えを済ませた。理由はよくわからないけど、またカメラがなんとかと言っていた。服についてはわたしが大木の持っていたジャージを借りて、大木はわたしのパジャマを着ている。特に大木はツッコんでこないが、元の大木サイズの下着は制服のシャツと一緒に洗濯して干してあるので、制服を入れ替えた時からわたしはスース―している。

 今はリビングのコタツで夕食中。

 ご飯を炊いて、チンジャオロースと冷凍餃子をおかずにする。祖母はまだ和室にこもっていて、呼んでも忙しいからと出てこない。


「大木、おいしいかな」

「うん。おいしい」

 小さな大木が、ややファンシーなパジャマ姿でご飯をつついている。

 可愛い。

「そういえばさ、体の大きさが変わると食べられる量も変わるのかな」

「うーん。わからない。でもいっぱい食べられそう」

 可愛い。

「いっぱい食べてねー」

「うん。食べる」

 なんだろうこの可愛さは。

 ずっと見ていられる。おでこの絆創膏は風呂上りに傷が残ってた一か所だけ貼り直したけど、それも可愛い。大木が切れるかもと言っていた箇所は赤みもサッパリなくなっていた。

 それから「ごちそうさまをする大木」と「コップで水を飲む大木」と「歯磨きをする大木」と「寝る前にお手洗いに行く大木」と「一緒にわたしの部屋へ戻る時にジャージのすそをキュッと掴む大木」を楽しんでから、同じベッドに入って寝る。

 向かい合わせの状態。ホントは抱えて眠りたいけど、押しつぶしてしまうかもしれないので、密着し過ぎないようにして寝る。

 目を閉じて、「微かに寝息を立てる大木」と眠った。


 *


 目が覚めるとわたしは仰向けで、上に少しだけかぶさるように、うつぶせの大木が載って眠っていた。

 可愛い。


「おはよう。大木」


 それから朝食をとるまでに、部屋の入り口に何度か頭をぶつけそうになったが、思ったよりもすぐに慣れてしまった。頻繁に頭をぶつけていた大木はぶつけること自体をあまり気にしていなかったのかもしれない。

 ダイニングテーブルで朝食をとりながら、今日の予定について話す。


「大木、今日何して遊ぶ? 今ならなんでも楽しめそうな気がするんだけど、大木がやってみたいことあったらそれにしよう」

「うーん。公園がいい」

「近場だね」

「遠くに行くのは、少しだけ不安かもしれない」

「そうだね。まだ慣れない体だし。……わたしちょっと浮かれてたかも」

「そんなことないよ。楽しいから、いろいろしてみたいことはある」

「そだね。今日もまた制服借りて平気?」

「うん。そういえば……おばあちゃんは?」

「朝は創作スイーツの食材探しに行ってるからいないよ」

「まだ何か作りたいものがあるんだね」

「目標が絶えないのはいいこと、だよね……ハハ」


 それからわたしは制服に、大木はわたしのスポーツウェアに着替えて一緒に公園へ向かった。

 住宅街を歩いていると、前よりも目立つためか人の視線を感じる気がする。背が高いのに加えて、髪が金色なのも目立つのだと思う。

 それと、下に意識を向けていないと隣の大木がなかなか視界に入らない。元の大きさの頃であれば、目線は大木の腰くらいだったので気にする必要はなかった。


「大木、手つなごうか」

「いいの?」

「いいのって、どうしたの?」

「うんん、なんでも。つなごう」

 大木の小さな手をそっと握った。


 ふと思ったことがある。

 大木は昔から、自分から近づくためのキッカケを作ってこない。たまに妙にくっついてくる時は、大体わたしが何かしらのキッカケを作っていた。昨日大きさが変わってからは、何度か高い高いを求めたり、すそを掴んできたりというのがあったけれど今まではそうではなかった。


「もしかして大木って、意外と気を遣うタイプだった?」

「うーん……。どうだろう」


 わたしは手を握る強さにまで気を遣っている。たとえば、大木との十年近い付き合いの中で、こんな小さなことよりももっと気を遣われていたとしたら、わたしは大木のことが全然見えていなかったのかもしれない。

 ほんの少しだけ、強く手を握る。

 大木の手が向きを変えて、自然と指を組む形になる。


「実はちょっとだけ、戻るのがもったいないかなって思ってたんだけど、やっぱりいつもの目線がいいかな」

「うん。わたしも。でも、今日はちゃんと遊ぶ」

「そうだね、ちゃんと遊ぼう」


 公園に着いてしばらくは、そのつもりだった。

 しかし問題があった――体力である。わたしには体が大きくなった分の筋力がついていたようだが、持久力は上がっていなかった。大木が乗ったブランコを押したり、ちょっと大振りの高い高いを何度かしただけで息が切れ、今はもうベンチに腰を下ろしている。

 だけど大木は元気だった。鉄棒やウンテイや時々滑り台を回っている。どの遊具も元の大木の身長では遊びづらいので、久しぶりで楽しんでいるのかもしれない。もちろんわたしだって、昨日まで遊びやすい身長だったけど久しぶりだ。


 体はしんどいけど、時折こっちを見て手を振る大木は可愛い。

 元の体に戻ることは決まってるけど、ちょっと惜しい気もする。こっそりスマホで写真を撮ることも考えたが、妙な背徳感からそれはやめた。合意の上で撮ることも考えたが、わたしが自分の今の姿を残しておきたいかと聞かれれば微妙なのでそれもやめておく。背が高い自分も気に入ってはいるけど、本当の自分ではないように思う。


 それからしばらくして、大木が戻ってきたので帰ることにする。

 わたしはほとんど動かなかったので、手は冷たかったと思うけど、大木はやっぱり何も言わず、指の間で温めてくれた。

 それだけでそこに大木がいるのはわかるのに、わたしにはいつの間にか下を見る癖がついてしまったみたいで、帰宅してからリビングの入り口で頭をぶつけた。

 大木が泣きそうな顔で心配してくれたのが新鮮だった。

 いつもわたしはこういう風に見えてるのかもしれない。


 手を洗ってコタツに入ろうとしたところで、上に置いてあるメモが目に入る。

『アリスばあさんが昔お世話になった、

 ネコやウサギやムシへのレシピ自慢をかねて

 しばらくのあいだ挨拶してきます

 今の体を楽しんでおくれ

 アリサ』


「大木、ケーキとジュースって作り置きあったっけ」

「いや。聞いてない」

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