第290話 決闘の立ち会い


「ふわぁ~。本当に不毛の大地なんですね」


 思わず出た独り言が、聖竜の中に響く。

 ルーリアは現在、ザラームの上空にて一人待機中だ。

 眼下は見渡す限り、草木の一本もなく、寒々とした薄灰色の岩肌が広がっている。

 冬なのに不思議と雪はないが、それが余計に厳寒さを感じさせ、氷上にあるような印象を与える。


「あっ、魔物の群れが……!」


 上空からだと、よく分かる。

 本気で魔物だらけだ。しかも大型が目立つ。

 獰猛な獣のような魔物、地響きを上げる岩塊のような魔物、巨大植物のような魔物……いろんな種類の魔物がわんさかいる。


 そしてフェルドラルから聞いていた通り、どの魔物もかなり強そうだ。

 魔物同士が現在進行形で争っている、そんな中にリューズベルト、フェルドラル、ウォルクス、マリアーデの四人が降り立っている。

 四人がいるのは、比較的魔物が少ない開けた場所だ。


 最初は決闘時、ルーリアも地上へ降りる予定であったが、わざわざ外に出る必要はないというフェルドラルのひと言で、一人寂しく留守番となっている。


 ……わたしも降りたかったのに!



 現地に着き、聖竜から降りる直前。

 フェルドラルは不意に声を出す。


「あぁ、そういえば。先ほど思い出したのですが、姫様には聖竜の中から魔法を使用していただきましょうか」

「聖竜の中から?」


 ルーリアより先に反応したのは、驚いた顔をしたリューズベルトだった。


「そんなことが出来るのか?」

「ええ。主である勇者が命じれば、聖竜の中にいながら他者でも魔法を使用できます」

「……そう、なのか」


 半信半疑のリューズベルトは、もっと早く知りたかった、と言いたげな顔をする。


 聖竜の中から魔法を使う方法は簡単だった。

 外の様子が見える大窓の横に水晶玉のような物があり、そこに手を置いて呪文を唱えれば、聖竜を通して外に魔法を掛けられるらしい。


 ……使える魔法は詠唱魔法だけってことでしょうか?


 さて、ザラームまで来た理由の大本命。

 ウォルクスとマリアーデの決闘は、予定通りの魔物の乱入により、すでに混戦へと流れは変わっている。


 リューズベルトとフェルドラルは、いざという時は二人を手助けするつもりだが、苦戦していてそちらまで手が回らない、という雰囲気を匂わせつつ、様子を見ながら二人から距離を取っている。もちろん、これは演技だ。


 強い魔物に囲まれ、ピンチを迎えるウォルクスとマリアーデ。

 ウォルクスが傷つけば、マリアーデが治癒魔法で癒し、魔物がマリアーデに襲いかかれば、ウォルクスは必死に奮闘する。

 いつしか二人はピッタリと息を合わせ、信頼が見て取れる顔で共闘していた。


 一応、ルーリアも戦闘に参加はしている。

 安全な上空にいるため、臨場感は全くといっていいほどないが。


 ……んー、どうしましょう?


 覚えただけで使ったことのない攻撃魔法はたくさんある。せっかくの機会なので、普段使うことのない攻撃魔法を試したいと思う。

 上空から地上を眺め、四人のいる方へ向かう魔物の群れを発見する。


紅き烈火よ 灰に帰せフォルギール・ド・フィア!』


 使ったのは、狙った範囲全体を焼き払う火魔法だ。高火力で広範囲を攻撃できるが、範囲を広げ過ぎると威力が落ちる短所がある。

 3、4メートル四方を焼くつもりで詠唱した……のだが、そこでとんでもないことが起こった。


「──え」


 聖竜の口に集約された炎塊は、撃ち放たれると一瞬で地上に到達し、魔物の群れそのものが危険な燃料だったかのように、高さ10メートルは超す、巨大な炎壁を打ち立てたのだ。

 その被害範囲は横に20メートル、奥に10メートルはあるだろうか。あえて効果音をつけるなら、『カッ! チュドーン!!』である。


「っふ、ふあぁぁあーッ!?」


 水晶玉に手を置いたまま、一気に血の気が引く。

 地上にいるリューズベルトたちも、敵対していた魔物たちも、ピタッと動きを止めていた。

 轟音と共にいきなり現れた炎壁を、ただ呆然と見つめている。


 不毛の大地に、赤々と燃え上がる炎の壁。


 恐る恐るリューズベルトたちに目を向けると、魔物たちまで一緒に聖竜こっちを見上げていた。聖竜ではなく、まるで中にいるルーリアを睨むように。


 ──ひ、ひいぃぃッ!!


 フェルドラルだけが『あ、そういえば』みたいな顔をしている。たぶん、聖竜を通して魔法を使えば、通常より威力を増幅させる、とか、大事なことを伝え忘れていたのだろう。

 だって、これは明らかにおかしい。


 ……い、いきなり極大魔法とか試さなくて良かった!


 その後、自重したルーリアは小さな攻撃魔法だけを使い、四人に近付こうとする細かい魔物の群れを追い払う役に徹した。



 そして、1時間ほどが過ぎた頃。


 周囲から目立った魔物がいなくなり、フェルドラルが許可を出したことで、ルーリアはようやく地上に降りる。


「姫様、大変お待たせいたしました」

「……フェル、これは?」

「調合用の素材ですわ」

「……素材?」


 なぜかフェルドラルの前には、回収済みの素材がずらりと並ぶ。


「最近、姫様が進めていらっしゃる内容ですと、物置にある素材では品質が足りなくなるかと思いまして」


 そこでやっと、どうしてフェルドラルがウォルクスたちの決闘に協力的だったのか納得した。

 薬学学科の研究室で行っているレシピの解読のことを言っているのだろう。研究室で調合に成功した物は、確かに実際に作ってみようと考えている。

 それに強い魔物から獲れる素材は、それだけで高品質の物が多い。それは知っているけど、人の人生を懸けた決闘を、ついでのように素材採取に利用するなんて。


「……ルリ、お前……」

「わ、わたしが頼んだ訳ではないですよ!?」


 リューズベルトに冷めた目で見られ、慌てて自己弁護する。ひどい、濡れ衣だ。

 フェルドラルは得意顔をしているけど、家に帰ったら、いろいろ話し合う必要がありそうだ。


 ……と、そんなことより。


「ウォルクス、マリアーデ。討伐、お疲れ様でした。これ、良かったらどうぞ」


 ウォルクスとマリアーデは互いに背中を預けて座り込み、疲れ果てた顔でぐったりとしている。

 今回のルーリアの役目は回復役だ。

 二人に魔虫の蜂蜜で作った回復薬を渡した。


「ありがとう、ルリ」

「……ありがとうございます。回復薬は自分でも用意するべきでしたわね。……目先の戦いばかりでなく、こういったことにも気を回せないようでは、私もまだまだですわ」


 マリアーデは肩を落とし、少し切なげに笑う。

 その表情には悔しさが混ざり、マリアーデにとっては初めてとも言える魔物との戦闘で、日頃の勇者パーティの大変さを身を持って知った、といった様子だった。


「いや、あれだけ戦えれば十分だろう。上級貴族の令嬢が、どれほど戦いに付いて来れるか見ていたが、そこらの騎士より動けていたぞ」


 リューズベルトがフォローするようにマリアーデに声をかける。大型の魔物のほとんどはリューズベルトが一人で倒したようなものだけど、そこは黙っておく。


「はい、リューズベルトもお疲れ様でした」

「あ、あぁ、ありがとう。……それで、ウォルクス。決闘はどうする? やり直すのか?」


 みんなの視線を正面から受け、ウォルクスは決まりの悪い顔となった。


「……いや、俺は……」


 視線を彷徨わせ、少し考えた後、ウォルクスは苦り切った顔で口を開く。


「決闘は、もう必要ない。正直言って俺は、マリアーデがここまで戦えるとは知らなかった。……いや、知ろうとしてこなかった。俺は、随分と視野が狭くなっていたようだ」


 はぁっと白い息を吐き、ウォルクスは空を見上げた。胸の中に溜まっていた悩みが溶けるように、吐き出された白い息が澄んだ冬空に消えていく。

 独り言を呟くように言葉がこぼれた。


「……俺、は、マリアーデを悲しませたくなかったんだ。リューズベルトの前で言うのは申し訳ないが、勇者パーティに同行すれば、いつ、どこで、何が起こるか分からないからな。そんな俺の人生に、マリアーデを巻き込みたくなかった」


 ウォルクスは落ち着いた声で、ひと言ひと言を噛みしめるように紡いでいく。


「俺の伯父は、先代の勇者パーティに参加して、戦いの中で邪竜の呪いを受け、それが元となって亡くなった。戦死ではなく、じわじわと身体をむしばまれて生命を落としたんだ。そして、その呪いは伯父だけじゃなく、その子供にも及んで生命を奪った。伯母は……その現実を受け入れられなくて、死んだ伯父を恨みながら余生を送った。子供まで道連れにされるとは思わなかった、と」


 マリアーデはウォルクスから目を逸らさず、しっかりと顔を上げ耳を傾けている。

 先を促すように小さく頷くと、ウォルクスは少しだけ表情を歪めた。


「……俺は、マリアーデにあんな顔をさせたくないと思ったんだ。あんな思いをさせるくらいなら、俺から離れようと……」


 自分をためを思って婚約破棄したのだと分かるウォルクスの心情の吐露に、マリアーデは一瞬息を呑む。


「……ウォルクス……」

「今から言うのは、俺自身の本心だ。勇者パーティにいる俺じゃなく、一個人としての、俺のマリアーデに対する気持ちだ」


 ウォルクスは呼吸を整えるように、吸って吐いてを何度か繰り返し、息を止めた。

 まっすぐにマリアーデを見つめる。


「俺は、マリアーデが好きだ。その気持ちは小さい頃に婚約者として親に紹介された時から変わっていない。一目惚れ、だったんだ。だから、大切にしたいし、傷ついて欲しくない。……今でも、そう、思っている」

「っ!!」


 瞬時に頬を染めたマリアーデの瞳に、感情と共に湧き上がった涙が膜を張る。素直に喜びを顔に表すマリアーデだったが、対照的にウォルクスは目を伏せ、沈んだ声を絞り出した。


「……だから、自分が選んだ道のせいで、マリアーデを傷つけたくはない。結局は、離れるしかないと思っている。俺は自分の気持ちより、マリアーデを大切にしたいんだ」


 それがウォルクスの願いなのだと、痛いほど言葉から伝わってくる。マリアーデは胸に置いた手を強く握り、涙をひと粒落とした。


「それと、これは俺の騎士としての心構えの話だが、俺の中にある騎士とは、優先順位の最上位が主となる。俺の役目は、主の盾であり、剣であることだ。騎士とは、主と共にあり、常にその傍にあって支える存在だと思っている。もし俺が城で王に仕える護衛騎士であったなら、血筋や家族も守るべき範囲となっただろう。……だが俺は、そうじゃない。ずっと家族の傍にいることは、きっと出来ない。俺では、マリアーデを幸せに出来ない」


 苦渋に満ちた顔のウォルクスは、胸の中にある息を全て吐き切るように声を絞り出す。


「俺は、あくまで騎士として生きることを選んだ。そこにマリアーデの幸せがあるとは思えない。俺はマリアーデよりも、騎士であることを選んだんだ」


 ひと言も聞き漏らさぬよう、静かに話を聞いていたマリアーデは涙に濡れた目元を拭い、ウォルクスに真剣な瞳を向けた。


「ウォルクスの気持ちはよく分かりました。……では、次は私の番ですわ」


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ルーリアと竜呪と蜂蜜 珀尾 @Kaminekonoel

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