第289話 不毛の大地へ


 自分が役に立てるのなら、リューズベルトの力になりたい気持ちはある。隠し森から出ないようにしている理由を知っていて、その上での頼み事なのだから、よほどのことなのだろう。


「それは姫様でなければならない話ですか?」


 ルーリアの迷っている様子を見たフェルドラルが口を挟む。

 フェルドラルがガインからルーリアのことを任されていると知っているからか、リューズベルトはフェルドラルにも協力を頼む顔となった。


「ああ、他に当てがない。オレにとっても大事な話で、出来ればルリに協力を頼みたい」

「そこまで言うのでしたら、詳しく話を聞かせてもらえますか? 姫様の同行が本当に必要かどうか、わたくしが判断いたします」

「……分かった」


 なぜかフェルドラルがその場を取り仕切り、闘技場の外で音断の魔法を掛け、詳しい話を聞くことになった。



「実は、ある決闘にオレが立ち会うことになったんだが……」

「け、決闘!?」


 決闘というものが命懸けの果たし合いであることくらい、ルーリアも知っている。

 リューズベルトの話をまとめると、とある二人が己の信念を懸けて決闘を行うことになったそうだ。その決闘で生命を奪い合うことはさせないが、何かあった時のために回復役が一人欲しい、ということだった。


「今はここまでしか話せないが、それぞれの人生を懸けた決闘だ。済まないが手伝って欲しい」

「……あの、それ以外に方法はなかったんですか?」

「あぁ、残念ながらな」


 リューズベルトが決闘の立ち会いを頼まれた時点で、その二人の決意は固かったという。

 どちらかと言えば、リューズベルトは無駄な争いを嫌う。それでも話し合いではなく、決闘という形で決着をつけることを認めたのには、何か深い理由がありそうだった。


「場所はどこでですか?」

「人目につかない場所なら、どこでもいいと思っている。聖竜で移動も出来るからな」


 聖竜、と聞いて、リューズベルトがそこまでする相手が誰なのか、何となく頭に浮かぶ。


 ……もしかして、あの二人かな?


「フェル、わたしはリューズベルトの力になりたいと思っています。たぶん、その二人はわたしの知っている人たちだと思いますから。……ダメですか?」


 決闘する二人が誰なのか。気付いた素振りを見せても、リューズベルトは何も言わない。恐らく予想は当たっているのだろう。

 じっと見つめていると、フェルドラルは少し考えた後、リューズベルトが一つの条件を呑むのなら参加しても良いと認めてくれた。


「では、決闘場所をナーリアンのザラームにしてください。そこでしたら姫様の同行を許可いたしましょう」

「なっ、ザラーム!? 今の時期にか?」


 地名を聞いた途端、リューズベルトは信じられないといった顔をフェルドラルに向けた。


「ええ。今だから、ですわ」


 その場所に決めた意味を読み取れ、と言わんばかりの笑みをフェルドラルは浮かべる。

 ナーリアンは火の国とも呼ばれていて、火山地帯がいくつもある極東の国だ。確か前に、刀が特産品だとクレイドルから聞いたような……。


「ナーリアンの名は姫様もご存知かと思います。ザラームは切り立った崖の上にある不毛の大地の呼び名ですわ。天然の闘技場とでも言いますか、草木の一本も生えていないような何もない所です。決闘の場としては最適かと思いますわ」


 何もない所と聞いて、つい砂漠のような景色を想像したけど、硬い岩盤の岩場が多く、そこに住む者はいないという。


「そこを選んだ理由は、他の人を巻き込むことがないから、ってことですね?」

「それもございますが……」


 そう言いながら、焦った顔をしているリューズベルトにフェルドラルは鋭い視線を向ける。


「そこでしたら比較的安全にことが進みます」

「ザラームが安全だと!?」

「ええ。人目につかない、という点においてだけの話ですが」

「そっちの最優先はルーリアを人目から隠すことか」


 当然です、とフェルドラルは無表情で返す。


「もちろん姫様はわたくしがお守りいたしますので、そちらの心配は必要ありませんわ。まぁ、連れて行く二人に関しては、本当に危険だと思った時は貴方が責任を持って対処すれば良いのです。わたくしはそちらには関知いたしません」


 あくまで自分が守るのはルーリアだけだと言い、フェルドラルは一方的に話を打ち切った。

 交渉というよりは、リューズベルトがその条件を呑むか呑まないかの二択となる。

 しばらく考え込んだ後、意を決した顔で「分かった。それで頼む」と、返答があった。



 ◇◇◇◇



 そして、次の時の日。


 集合場所として指定された勇者パーティの寄宿舎前にルーリアとフェルドラルが転移すると、そこにはすでに三人の姿があった。


 リューズベルトとウォルクス。

 そして、もう一人。


 白銀に輝く騎士の鎧に身を包み、腰には繊細な装飾の施された美しい剣。

 しっかりと巻いた金色の髪を肩越しに後ろへ払い、赤ワイン色の瞳に強い決意を映した、その人──マリアーデの姿がそこにあった。


「やっぱり、ウォルクスとマリアーデだったんですね」

「ルリ、今日はよろしくお願いいたしますわ」

「休みの日なのに、わざわざ済まないな」


 ウォルクスとマリアーデ、それぞれから声をかけられたけど、二人は目も合わせずにいて、よそよそしい。これから決闘をするのだから、当然と言えば当然かも知れないけど。


「ウォルクス、マリアーデ。さっそくだが移動する。場所はナーリアンのザラームだ。聖竜に乗るから時間はかからないと思うが、二人はその間に気持ちを整えてくれ」

「分かった」

「かしこまりました」


 ウォルクスとマリアーデが頷き返すのを見て、リューズベルトは聖竜を呼び出す。

 移動中、決闘する二人は離れた場所に座り、互いに背を向け、一言も発することなく静かに目を閉じていた。


 青銀の騎士の鎧に白い外套と、ウォルクスはラウドローン討伐の時と同じ装備だ。傍らに剣を置き、静かに腕を組んでいる。

 マリアーデは両手を膝上でそろえ、背筋を伸ばして凛と座っていた。決意を秘めたその横顔は、とても美しい。


 予想は当たっていたけど、本当に決闘以外の方法はなかったのだろうか。今さらどうにも出来ないと分かっていても、あれこれと考えては、そっと息を吐いてしまう。

 そんな時、リューズベルトから小声で呼ばれた。


「ルリ、ちょっといいか?」

「あ、はい」


 貴族の決闘について、ウォルクスから聞いたという話を掻い摘まんで教えてもらう。

 ダイアランの貴族で騎士の家系にある者たちの間には、互いに主張する意見が相容れなかった場合、決闘で決着をつける習わしがあるという。


「オレは騎士ではないから詳しくは知らないが、敗者は勝者の言い分に従うことになるらしい」

「今回はどんな意見で決闘になったんですか?」

「それは終わってから話すそうだ」

「……そう、ですか」


 勇者パーティに参加したいマリアーデと、それを断りたいウォルクス。もしくは、婚約破棄の撤回を求めたマリアーデと、それを認めないウォルクス、といったところだろうか。

 さすがに「私が勝ったのですから、私と婚姻なさい!」なんて、マリアーデが言うとは思わないけど。……いや、あるかな?


「ザラームに着いたら、現地の確認が終わるまで、ルリは聖竜の中で待機していてくれ」

「え、そんなに危険な場所なんですか?」

「あぁ。今は特にな」


 リューズベルトから今回の手伝いを頼まれた日。

 家に帰ってから、決闘場所をザラームにした理由をフェルドラルに尋ねた。


「どうしてその場所にしたんですか?」

「この時期にザラームで起こる、魔物同士のナワバリ争いを利用しようと思っています」

「ナワバリ争い?」


 毎年冬の間、ザラームでは大型の強い魔物が集まり、激しいナワバリ争いを繰り広げるらしい。

 ひと言で言ってしまえば、決闘にその魔物たちを乱入させ、二人に共闘させようという考えらしい。危険すぎないだろうか。


「フェルドラルは決闘する二人が誰か分かっているんですか?」

「ええ」


 リューズベルトの交友関係は壊滅的だから特定するのは楽だとか、割と失礼なことを言いながらもフェルドラルはよく見ている。


「姫様は誰であるかお気付きですか?」

「……たぶん、ですけど。ウォルクスとマリアーデじゃないかな、とは思っています」


 フェルドラルは正解とも不正解とも言わず、ただ笑みを深めた。

 決闘を行うのがウォルクスとマリアーデであれば、例え決闘中であっても魔物の討伐を優先させるはずだとフェルドラルは断言する。

 ちなみにリューズベルトは、フェルドラルがエーシャの使っていた魔術具の弓であると、神兵招集の時に知ったらしい。



「ウォルクスがこの時期のザラームに行くのは、恐らく初めてだ」


 二人を騙すようで気が重いと、苦い顔となったリューズベルトは深くため息をつく。

 大型で強い魔物がうじゃうじゃいるような場所だ。そんな所にマリアーデを連れて行くなんて、知っていたらウォルクスは絶対に反対しただろう。


「リューズベルトは冬のザラームに行ったことがあるんですよね?」

「ああ、ある。面倒だから進んで行きたいとは思わないが」


 放っておいても暴れ狂う魔物同士で潰し合うような場所である。勇者パーティに討伐依頼が入るとしても、ナワバリ争いが落ち着く春先辺りになるとリューズベルトは言った。


「……しかし、条件を呑む形とはいえ、この時期のザラームにルリを連れ出したと知られたら、あとが怖いな」

「そこはフェルのせいにして大丈夫ですよ。フェルが進んで意見を出す時は、大抵悪い顔をしていますから。それにお手伝いすると決めたのは、わたしです」


 どうしてフェルドラルが協力的なのかは分からないけど、二人が婚約解消をする切っかけとなったのは、リューズベルトのパーティにウォルクスが参加したことだ。ウォルクスとマリアーデをどうにかしてあげたいと、リューズベルトはずっと悩んでいたと思う。

 もしかしたら自分のせいだと自分自身を責め続けていたのかも知れない。

 今回の回復役を依頼してきた時、リューズベルトは『二人の決闘を見守り、決着をつけさせることしか出来ない。必ずどちらかに辛い思いをさせることになる』と思い詰めているようだった。

 何だかんだ言って、リューズベルトは根が真面目な優しい人なのだ。


「ザラームに着いたぞ」


 顔を上げると話に聞いていた通り、ゴツゴツとした岩が転がる不毛の大地が目の前に広がっていた。


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