第288話 話せることと話せないこと


 それから家族で話し合い、ルーリアのスキルについては他の者に口外しないと決まった。

 ユヒムとアーシェンにも秘密だ。


「あの、お父さん。神の眼については誰にも知られていませんけど、わたしが真の眼を持っていることは、レイドとセルはすでに知っています」

「!? あの二人が? なぜだ?」


 自分から話したのか? と、訝しむガインにどう答えたものか、ルーリアは迷う。


「二人はわたしがハーフエルフだと知っていました。魔虫の蜂蜜屋であることも知っています。……その、スキルのことは自分から打ち明けたのではなくて、結果としてわたしがミンシェッドの血を引いていると、二人の前で認めた形になります」

「どういうことだ?」


 学園では、エルフと言えば、教師として神殿から派遣されてきているミンシェッド家の神官のことを誰でも思い浮かべる。

 ルーリアに限らず、種族がハーフエルフであると分かれば、その片親はミンシェッド家の者であると単純に連想される。

 つまり、神官であるエルフの血が流れているのだから、その特有スキルを持っていても不思議ではないと思われてしまうのだ。


「そう思われているとは知らずに、わたしは二人に『嘘をついていないと分かる』と言ってしまったんです」


 どうしてそんなことが分かるのか、そう尋ねられたら、嘘だと分かる方法を持っているからだと答え、詳しくは説明しないつもりでいた。

 しかし先に二人から、ハーフエルフであることは知っていたと言われてしまったのだ。


「それで認めてしまいました」

「その二人は、ルーリアがハーフエルフであると、どのようにして知ったのですか?」

「えっと、それは……」


 セルギウスの魔眼のことは勝手に話すのは良くない気がして、ルーリアは必死に言葉を探す。


「セルには人の本質を見抜く方法があるんです。レイドは、その、セルから聞いて知ったみたいで……」

「そのセルというのは?」


 芸軍祭で会ってはいるが、名前までは覚えていなかったようで、ガインがエルシアに説明する。

 美男美女コンテストのことが話題に出ると「あぁ、あの時の……」と、薄らと微笑むエルシアの目が一気に冷えた。なかなか執念深いようだ。


「ルーリア、あの者も魔族なのですか?」


 これも答えていいのか分からず、ルーリアは一瞬言葉に詰まる。だが、その様子を肯定と受け取ったエルシアは、ひたりとルーリアを見据えた。


「ドーウェンの耳飾りは人族に変身する魔術具だと知られていても、そう簡単に元の種族まで見抜けるようなアイテムではありません。魔法や鑑定などのスキルでも簡単に正体を見破れないから、ルーリアに着けさせていたのです」


 それを見破る方法があるなら、ぜひ知っておきたいと話すエルシアに、「こっ、今度聞いておきます!」と、ルーリアは言葉を濁した。


「では、先にスキルの使い方を教えてしまいましょうか」

「はい、お願いします」


 人の心の奥底にある暗い部分を覗くことはとても危険なことで、下手をすれば覗いた者の心が壊れてしまうこともあるという。

 一度身についてしまったスキルは、使わずにいることは出来ても消すことは出来ないから、くれぐれも慎重に扱うようにと注意された。


「神官として使う神の眼は、使用する相手の善悪に関係なく、その者の人生の全てに責任を持つことになります。安易な気持ちで使用して良いスキルではありません。これは相手だけでなく、使い手本人を守るためでもあります。人の心を覗くということは、それこそ神様のなさる御業と等しい行為なのですから。そのことを決して忘れてはなりませんよ」

「はい、分かりました」


 真の眼は使っても良いが、神の眼はエルシアから許可が出るまでは誰にも使ってはならないと約束させられる。

 いつも通り、容赦ない詰め込みとも言えるエルシアの教えを受け、ルーリアはどうにかスキルの使い方を覚えた。


 その間、久しぶりに隠し森の様子を見て回ったガインが雪を払いながら裏口から入ってくる。

 結界に問題はなく、冬に出る凶暴な魔物の姿もなかったそうだ。


「お帰りなさい、お父さん。はい、これ」

「……ん? これは?」


 外の見回りは寒かっただろうから、着替えやタオルを渡し、エルシアと一緒に温泉で温まってくるようにと送り出す。

 お酒とちょっとしたおつまみも持たせた。

 温泉に入りながら雪見酒をしてみたいと前に話していたから、今日みたいな日はピッタリだと思う。


 二人が風呂から戻ってきたところで、コタツの上に料理を並べて食事にした。


「ルーリアの料理は久しぶりだな。この味に慣れたら神殿で食べる物は味気なくていかん」

「先ほどの料理も、とても美味しかったですよ。湯浴みをしながらお酒と一緒にいただくなんて、神殿では考えられないですからね」


 いたずらっぽくエルシアは微笑み、ガインも頷く。どうやら満足してもらえたようだ。


「喜んでもらえたなら、わたしも嬉しいです。神殿って、どんな料理があるんですか?」

「んー。贅沢ではあるんだろうが、飽きやすい味ではあるな」


 二人が言うには、神殿の料理は少し時代遅れらしい。味の研究などは地上界の方が盛んなのだそうだ。


「エルシアとも話したんだが、ルーリアはずっと真の眼を使っている状態だったんだろ? 学園では困らなかったのか? かなり不便だっただろう?」

「わたしの周りに嘘をつく人はいませんでしたから、特に困りませんでした。自分がスキルを使っていることさえ忘れていたくらいです」


 長く起きていられないから、早く家に帰っていたためでもあるけど、余計なことは言わずにいた。


「ほう。それは人に恵まれているな。神官見習いで真の眼を覚えたばかりのヤツは、周りが嘘つきだらけで一度はノイローゼになると聞いたことがあるぞ」

「……うっ。それは嫌ですね。みんなが赤くなっていたら、わたしも落ち込んでいたと思います」

「だが、今回はそのせいでお前がエルシアに相談することもなく、神の眼を得てしまうことになったんだから、何とも言えんけどな」


 そう言ってガインは苦笑する。


「ずっと聞いてみたいと思っていたんですけど、お父さんはどうしてお母さんに神の眼を使われても平気なんですか? 考えていることを見られたら困る、とかないんですか?」

「ないな。見られて困るものなんて何もない。俺の全てはエルシアに預けてある」


 さも当然といった顔でガインは即答する。

 本人を目の前にして、尋ねたこっちが恥ずかしくなるようなことを、さらっと言い切れる信頼関係の強さに、ルーリアは素直に感心した。


 ……お父さんみたいな人って他にもいるんでしょうか?


 自分なら、信頼していたとしても心の中を覗かれるのは出来るだけ避けたい。怒られるような悪いことはしていないけど、隠しておきたい気持ちとかはある。


「あ、そういえば。アーシェンさんのことなんですけど……」


 学園では誰も嘘をつかなかったけど、アーシェンだけは赤く染まった。そのことを聞こうと名前を出した瞬間、ガインの周りの空気がピリッと変わったような気がした。


「アーシェンが、どうした?」

「いえ、あの……あ、アーシェンさんがコタツの掛け布や布団を作ってくれたんです。この椅子も、ユヒムさんが作ってくれました。今度二人に会ったら、お父さんからもお礼を言ってもらえたらと思って……」

「……そうか。分かった。次に会った時にでも礼を伝えておこう」


 とっさに話題を変えたけど、そう応えたガインからは和らいだ表情が消えていた。


 ……お父さんはわたしが何かに気付くことを警戒している? アーシェンさんたちの体調が悪いことを、お父さんはわたしに隠そうとしているの?


 なぜだろう。その話題には触れるなと言われているような感じさえする。

 アーシェンが嘘をつき、赤くなった理由。

 何か知っているなら教えて欲しいと思ったけど、尋ねてもガインからは教えてもらえないような気がした。


 その後は学園の話や養蜂の話、ユヒムたちと進めているシュークリーム店の話などをしながら、割とのんびりと過ごす。

 神殿での神敵討伐の話は、あえて出さないようにしているようだから、ルーリアもわざわざ聞いたりはしなかった。


 話の中でガインが一度だけ「何か進展はあったか?」と、邪竜の呪いについて聞いてきたが、ルーリアはただ静かに首を横に振ることしか出来なかった。

 邪竜の呪いについて何の手掛かりも掴めないまま、学園に通うのも残すところ、あと3か月ほどとなっている。


 夕方近くになっても自分の部屋へ行かずに、コタツに入って二人にくっ付いていると、エルシアが「……離れたくない」と、ルーリアの頭を撫でながら、ぽつりと呟いた。




 そして次の日。


 自分のベッドで目を覚ましたルーリアは、誰もいないガインたちの部屋を一度覗き、家の中を片付けてからフェルドラルと一緒に学園へと転移した。



「……ルーリアの様子がおかしい」


 薬学学科の研究室で、セルギウスと手合わせをしていたクレイドルが声を潜めて呟く。

 言われてセルギウスが目を向けると、ルーリアは研究台で花の妖精メリボイアのレシピの調合をしていた。


「どの辺りがおかしい?」

「上手く説明は出来ないが、表情というか雰囲気が違う。微笑んだ時が特にそうだ。無理に笑おうとしているというか……」


 表面では笑っているように見えても、瞳には何かを抱えているような色が浮かんでいる。

 些細な違いだが、そんな違和感があると話すクレイドルに、セルギウスは素直に驚いていた。


「私には分からなかった」

「……あの目をするルーリアをあまり見ていたくないと思っているから気付けただけだと思う」


 周りに余計な心配をかけまいと、自分の気持ちを隠そうとするのはルーリアの悪いクセだ。だからと言って、無理やり聞き出すことはしたくない。

 クレイドルは「しばらくは注意深く様子を見た方がいい」と話し、セルギウスもそれに同意した。




「ルリ、次の時の日なんだが、少し力を貸してくれないか?」

「……へ? わ、わたしですか?」


 放課後、真面目な顔をしたリューズベルトが近くまで来て、誰にも聞かれないようにこそっと、といった感じで話しかけてくる。

 周りをかなり気にしているようなので、ルーリアもそれに合わせて小声で返した。


「力を貸すって、何をするんですか?」


 学園が休みの日の予定を話すなんて、ラウドローンの討伐以来だ。両親が家にいない今、ルーリアが気軽に外へ出かけられないとリューズベルトも知っているはずなのに、何があるというのだろう?


「今はまだ詳しくは話せないが、回復役が一人欲しいんだ」

「回復役? リュッカじゃダメなんですか?」

「あいつは駄目だ。口が軽い」


 チラッとリュッカに視線を向けたけど、リューズベルトは即座に否定する。どことなく他のパーティメンバーにも内緒の話のような雰囲気だった。

 リュッカを避けている時点で、勇者としての討伐依頼などではないようだけど……。


 ……う~ん。何をするんでしょう?


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