複製された「天国」と「生者の世界」からの侵略者

@HasumiChouji

複製された「天国」と「生者の世界」からの侵略者

 俺達は雌人間と雌エルフの混成軍を峡谷に追い詰めた。

「げへへへ、いつもながら馬鹿な奴らだぜ‼」

「あの谷の先は行き止まりだってのによぉ‼」

 だが、谷の半分まで来た時……。

「えっ⁉」

「うそ……⁉」

「そ……そんな馬鹿な……⁉」

 おい、待て……。

 奴らは確かに「魔法」を使える。

 しかし、それは、あくまで、俺達にとっての娯楽である「狩り」に、ちょっとしたスリルを沿えるだけのモノだった筈だ……。

 俺の仲間達は次々と……一発食らっただけで、体が跡形も無く消え去る程の強力な攻撃魔法で死んでいった。


「く……くそ……どうなってやがる?」

 どう考えても「ルール違反」だ。

 俺は「生前」の事は良く覚えていない。

 しかし、俺達はどうやら、生きてた頃、善行を積んだらしい……。

 と言っても、他の種族からすれば「自分達を虐待・虐殺した」ように見えるだろうが、俺達、オーク族の守護神は立派な「善行」と見做してくれる。

 だから、俺達は、今、この世界に居る筈だった……。「死後の世界」の一画に有る「オーク族にとっての天国」に。

 俺達は、そこで、俺達の守護神が「地上」から攫って来た雌人間や雌エルフを狩って楽しく暮してる筈だった。

 しかし、この世界では、弱体化してる上に、頭も悪くなっている筈の雌人間や雌エルフどもが俺達に「遊び」の範囲を超えた反撃をした挙句……。

 俺は、一緒に狩りに行った仲間ダチが、ほぼ全滅した中で、奇跡的に生き残る事が出来た。

 遠かった……。

 五体満足なら、すぐに帰れる筈だった。

 だが、片手・片足を失ない、刀を杖代りにしている今の俺にとっては、俺の部族の村は……遥か彼方にしか思えなかった。

「何でだよ……神様……」

 ここは俺達の天国だ。どんな重傷を負っても……それこそ、今の俺のように手足を失なっても、すぐに傷は治る筈だった。

 しかし、半日経っても……血こそ止まったが……。

 いや……意識が朦朧としてきた。

 血が止まったのではなく……流れ出す血が無くなりかけてるのかも知れない。


 俺達の村は焼き討ちに遭っていた。

 本当ならば……俺達は万が一、この「オークの天国」で死んでも復活は出来る。

 しかし、いくつも「オークの天国」の「ルール」が無効化されている以上、多分、死んじまった仲間ダチ達は……死んだままだろう……。

 天国で死んだらどうなるかは、想像も付かないが……。

 俺は泣いた……オークらしくないとは思ったが……泣き叫ばずにはいられなかった……。

 当然、大声で泣き喚いたせいで、俺の村を焼き討ちにしている雌人間と雌エルフどもに発見され……。


「放っておきますか?」

「こいつが最後の一匹だ。こいつが死ねば、この『世界』そのものが消滅する。次の世界に行きますか」

「ここより歯応えが有る世界だといいなぁ……」

 何本もの矢が刺さって倒れ伏した俺を取り囲んでいた雌人間や雌エルフは……おい……何だ……この魔法は……?

 次々と姿を消してゆき……。


「う……うそ……」

 あの雌人間どもや雌エルフどもが言った通り……世界そのものが消えつつ有った。

 世界は無数の四角い欠片に変り……そして……その四角い欠片も消滅していった。

 この「オークの天国」は……俺の周囲のほんのわずかな広さしか残っていなかった。

「どうなってんだよ……神様……?」

「呼んだ?……自己紹介した方がいいかな? この世界の管理者アドミニストレータだ」

 えっ?

 お前、誰だ?

 俺達の神様の姿は……人間の雌にクリソツだって言うのか?

「安心して。君達のオリジナルは無事だから」


「どうなってんだよ?」

「君達は、本当は人間じゃないから説明する義務は無いんだけど、あんまりにも可哀そうなんで、消えちゃう前に説明ぐらいはした方がいいかな、と思ってさ……」

「俺達、誇り高きオークを人間と一緒にすんな‼」

「人間だよ、君達は元々は……」

「はぁ?」

「君達は……物理世界での……君達に判り易く言えば『地上』の人間達の支配階級だった。かつてはね……」

「じゃあ、何で、俺達はオークになって『オークの天国』に居たんだ?」

「地上では、科学技術……これまた君達に判り易く言えば『魔法』が発達したり……魔法の発達で世の中が大きく変化して……君達の優位性は失なわれていった。君達はいつしか、君達が劣った者と見做してた者達に追い抜かれていったんだ。不利になっていった君達は、かつて君達が『劣った者』と見做していた者達に慈悲と寛容を乞うた」

「えっ?」

「だけど『寛容』とは、『強い者・上位の者・正しい者』が『弱い者・下位の者・間違った者』に対して与えるモノだ。弱者であっても自分達が正しと信じる者は、強者に何かの要求をする時、寛容であれと言うのではなく、当然の権利・正義としてその要求を行なうだろう。かつて『劣った者』と見做していた相手に『俺達に寛容であれ』と云う要求をした時点で……君達は人間の支配者階級ではなくなった事を自分達で認めた……かつて君達が劣った者と見做し、君達に支配されていた階級は……そう考えた」

 な……何だ……こいつが言ってる事の半分も理解出来ない……。なのに……。こいつの言う事を聞いてはいけない……こいつは嘘は言ってないが……俺の心を粉々に砕く「残酷な真実」を告げようとしている……。そう俺の本能が告げていた。

 こいつは「俺を可哀そうに思ったから現われた」と言っていたが……本当は……この「オークの天国」最後の1人である、俺をいたぶって遊ぶ為に、ここに来たのだ……多分。

「そこで、ボク達は、支配者ではなくなった事を自ら認めた君達に『寛容』の心を示した。君達のような時代遅れの人間と、ボク達のような新しい時代に生きる事を選んだ人間は共存出来ない。だから……電脳空間……君達の言う『死後の世界』に、君達が好きに遊べる隔離世界サンドボックスを提供した。そして……君達は、この世界で好き勝手に生きている内に……この世界の時間では数世代だが……物理空間ではほんの数年で……人間からオークに変貌したんだ」

「おい……待て……。お前の言ってる事は良く判らんが……でも……何で、今になって、こんな事が起きたんだ?」

 ほぼ死にかけてる筈の俺の体に、どうして、こんな力が残されていたのか?……だが、その力も、事態を打開するには役に立たない。

 俺の体は震え出し……呼吸は荒くなり……心臓がバクバク言いだした。こいつの言う通り……俺が、想像も出来ないような変な魔法が発達した世界の人間の成れの果てだってのが本当なら……その時の記憶が残っている心の奥底の「どこか」が……何かを判り始めていた……。何かロクデモない事を……。

「当然、地上では君達がこの世界でやってる事を不快に思う人が多数派だった。『隔離された仮想世界』の中の出来事とは言え、人間が自分で人間の尊厳を捨て去る忌しい行為だとね。とは言え、君達を不快に思う人達の大半は……我慢した。我慢出来ない少数派も居たけどね」

「そいつらを……俺達の世界に追放して……その代り……俺達を好きに狩らせたのか? お前の言う事が本当なら……人間だった俺達を、ここに追放したように……」

「そうだ。君達を寛容に扱ったように、君達のような不快な人間モドキを殺したいと思う者達も、寛容に扱っただけだよ」

「ふ……ふざけんな……」

「でも、最初に言った通り、君達のオリジナルは無事だよ」

 俺の頭の中で、本能と遠い記憶が警告の叫びを大声であげていた。

 こいつは……俺に残酷な止めの一撃をやろうとしている、と……。

「この世界は……本物の君達が居る世界の複製スナップショットを元に作ったモノだ。本物の君達は、君達の本物の天国で今でも楽しく暮しているよ。君達は言うなれば……本物の君達を元に生み出したNPC……君に判り易く説明するなら、魂の無いデク人形だ……。つまり……死んだら……それっきりって事さ。……残り少ない余生を十分に楽しみな」

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