古本屋「キオク」とさつき

レオ猫

第1話

「あの本の名前なんだったっけ?」

 さつきは下校中、道ばたの石をぽんと蹴飛ばした。


 2・3日前からどうしても気になっている本がある。

 その本の表紙はうっすら覚えているけれど、どんなお話だったのかは思い出せない。


「テレビで紹介されていたんだっけ?先生がおもしろいよって言ってたんだっけ?」


 本の色が確か赤と青っぽくて、表紙に女の子が二人描かれているというところまではぼんやり覚えているのだけれど、本の名前がどうしても思い出せない。


 土曜日に図書館でその本を探したけれど、見つからなかった。

 日曜日にお母さんに連れて行ってもらった本屋にもなかった。


「なんていう本だったかな―」

 いつもだったら、「まあいっか」で探すのをやめていたけれど、どうしてか、この本はすごく読みたいのだ。そのことがずっと頭にあって、友達が休み時間に遊びに誘ってくれたけれど、遊ばないで学校の図書室でもその本を探していた。結局なかったんだけど。


「ネットで探してみる?でもな―」

 本の名前が分からないとインターネットで探すのはすごく大変そう。そんなに長い時間タブレットを使っていたら、きっとお母さんに怒られそうだ。それは避けたい。


 ぶつぶつ言いながら歩いていると、『古本ありマス』と書かれた古い看板が目に付いた。

「あれ?こんなところに古本屋なんてあったっけ?」

 いつも歩いている通学路なのに、気付かないはずはない。

「今日オープンしたのかな?それにしてはちょっとお店が古い感じがする……」


 お店のガラス扉には、白い字で『古本 キオク』と書いてある。それもところどころ字が欠けていて、今日オープンしました!って感じではなかった。


「ここにあの本あるかな―」

 図書館にも、本屋にも学校の図書室にもなかった本だ。もしかしたら古本として売りに出されているかもしれない。

 ガラス扉をのぞくと、店の中は人が一人通れるくらいの通路以外は全て本棚で埋め尽くされていた。本棚にはぎっしりと本が詰まっていて、さつきがよく行く本屋とは違って薄暗かった。

「こんなにたくさん本があるなら、もしかしたらあの本もあるかも」

 古本屋に入ろうか迷っていると、さつきの前を一匹の黒猫が横切り、古本屋の中にすぅっと入っていった。

「え?え?黒猫入っていっちゃった」

 黒猫を追いかけるように、さつきも古本屋のガラス扉に手を掛けると、扉が勝手に音も無く開き、さつきは吸い込まれるように古本屋の中に入ってしまった。


 寄り道をしてはいけませんって言う先生の顔が頭に浮かんだけれど、もう店に入ってしまったのだからしょうがない。


「早く探して、早く出よう」


 あらためて古本屋の中を見回すと、外でのぞいた時よりも、お店の中が随分広く感じた。ずらっと並ぶ本棚は店の奥まで並んでいるが、その奥がどこまであるのか分からなかった。店の奥は仄かに暗くて、お会計をするカウンターが見当たらない。さっきの黒猫の姿も見えなかった。


 取りあえず、さつきのすぐそばにある本棚の一番上の棚から順番に見てみた。本の名前は分からないけれど、赤と青の色の本とか二人の女の子の絵を手掛かりに探すしかない。

 さつきの見上げた本棚には、見るからに古そうな本と新品のような本、大きい本に小さい本とか、とにかくごちゃ混ぜに並んでいるから、探しにくそうだ。


「この本だなにはないみたい」

 思ったよりも時間をかけることなく、1つ目の本棚を探し終えた。この本棚の本は大きさとか古さとかはごちゃまぜなのに、本の色だけはなんとなく揃っていて、どの本も白っぽい色のものばかりだった。だから探しやすかったのか。


 二つ目の本棚も白っぽい本なので、ここもちがう。その隣は白い本と、他は黄色い本が多かった。

「これならすぐ見つかるかも」

 期待をこめて次の列の本棚に行こうと回れ右をすると、そこに本を抱えた小さな女の子がいた。さつきよりも4つか5つくらい年下の、たぶん幼稚園の子くらいだろうか。七五三のような花柄の赤い着物を着た女の子だ。


「探し物かえ?」

 女の子はそう言うと、抱えていた本を急いで本棚に戻し、またさつきの前に立ち止まった。

「ずっと気になっている本があって、赤と青の色の本なんだけど、表紙には二人の女の子の絵が描いてあるの」

 さつきよりもずっと小さな子に探せるわけはないと思いながらも、探している本の手掛かりを伝えてみた。どうしてか、伝えなきゃいけないと思った。


「赤と青の本か。それならここにはないぞ。この列の奥じゃ」

 そう言って、女の子は薄暗い店の奥を指さした。

「え?!あるの?」

 こんなに簡単に見つかるなんて。女の子が店の奥に歩き始めたから、さつきもその後ろをついて歩く。

 女の子を見失わないように歩きながら、初めての古本屋にキョロキョロして棚に並んでいる本を見る。今歩いているところは水色、黄緑色、の本が並んでいる。やはり色ごとに本を並べているようだ。これなら小さな女の子でも色が分かれば本を探せるのかも知れない。


 かなり店の奥まで進んでから、ある本棚の前で女の子が立ち止まった。

「主が探しているのは、この棚じゃ」

 さつきがその本棚を見上げると、赤や青い色の本が棚一杯に並んでいる。そうそう、本の色はこんな感じだった。本の名前は分からないから、あとは表紙を見て探すしかなさそうだ。

 さつきが一番右端にある本から表紙を見ようと、手を伸ばしたその時だった。

「ニャー!」

 黒猫が本へ伸ばしたさつきの手を目がけて飛びかかってきた。

「うわ!なに?猫?!」

 危機一髪のところで、さつきは手を引っ込めたから、猫に噛まれずにすんだが、黒猫はまださつきを威嚇しているように、「シャー」とうなり声を上げている。これでは本に触れることができない。


「ノワール、もうよいぞ」

女の子が黒猫に声を掛けると、今まで威嚇していた黒猫はとたんに大人しくなって女の子の足元にすり寄っていった。


「うちの本には闇雲に触れぬ方がよいぞ。そら、本の背表紙をよく見て探してみぃ」

女の子に言われるまま、さつきは顔を近づけて背表紙を見る。今まで本の色ばかりに気をとられてきたので、背表紙に書かれている本の名前は気にもしていなかった。


 どの本にも人の名前が書かれている。

「あれ?ここの棚は伝記の本ばかりあるの?」

 このあいだ学校で学習した伝記の本(人の人生についてかかれた本)みたいだ。

「……まあ、伝記のようなものではあるかのぉ。ほれ、そちの名はなんという?」

「わたしの名前?わたしは ごとう さつきっていいます」

 女の子が背伸びをして一番上の本から順に指さしをしていく。

「ごとう、ごとう……」

「ごとう あつし、ちがうな。ごとう かよ、ごとう さくら、…ごとう さつき!ほれ、あったぞ。あの本だ」

 『ごとう さつき』と背表紙に書かれた本が本棚の丁度真ん中にあった。女の子にうながされるようにその本を手に取る。本の表紙には、さつきの記憶にあった通り、ショートカットの女の子とポニーテールの女の子が笑い合っている絵が描かれている。その絵の女の子に見覚えがあった。


「これ……わたしとゆみちゃん?」

 何かにせかされるように表紙をめくる。その本は物語というよりは日記のようだ。ページごとに日付が書いてある。日記は1ヶ月前の日付から始まっていた。


 △月3日

 ゆみちゃんと放課後に公園で遊ぶ約束をした。この前の秘密基地の続きをつくる予定!

 公園の奥にあるだれも知らない場所をゆみちゃんと見つけたんだ。秘密基地の壁を残り半分作るの、すごく楽しみ!!

 学校から走って帰ってきた。すぐ公園に行ったけど、まだゆみちゃんは来ていない。

秘密基地用に木の枝を拾いながら待ってたけど、ゆみちゃんは来なかった。忘れてるのかな?

 ゆみちゃんの家に行っても、ゆみちゃんも、おばさんもだれもいなかった。もしかしたら入れ違いでゆみちゃん公園に行ってるかも!そう思って秘密基地にもどったけれど、ゆみちゃんはいなくて、秘密基地がぐちゃぐちゃにこわされていた。私とゆみちゃんしか知らない場所のはずなのに……

 なんで?ゆみちゃんは来ないの?なんで秘密基地が壊されてるの?

 腹が立って、悲しくて泣きながら家に帰った。もう、ゆみちゃんなんて知らない! 


 △月4日

 学校でゆみちゃんになんで昨日来なかったの?ゆみちゃんが秘密基地壊したの?って聞きたかったけど、考えただけで腹が立って、泣いちゃいそうだからやめた。


△月5日

 ゆみちゃんのことを無視した。ゆみちゃんが何回か話しかけようとしたけど、話さなかった。

 


 3日分の日記を読んだところで、さつきはパタンと本を閉じた。あの時の気持ちが心の中で蘇ってきたみたいで嫌だったからだ。

「もう終わりかえ?いつの時代も仲違いすることはあろうに。」

 さつきの横から本をのぞき見していた女の子が知ったか顔で、さつきに1冊の青い本を差し出した。

 女の子から青い本を受け取ると、その本の背表紙には『なかもと ゆみ』と書いてあった。ゆみちゃんの名前だ。

「これ、読んでもいいの?」

「この店にたどり着いたのだから、そちには見せてもよいじゃろう。特別じゃぞ」


 さつきはおそるおそるゆみちゃんの本を開いた。ゆみちゃんの本も日記のようだ。


 さつきの本と同じ『△月3日』から始まっている。



 △月3日

 学校から帰る途中、お母さんが車で迎えにきた。おばあちゃんが病院に運ばれたって。慌てて車に乗っておばあちゃんがいる病院に行った。私の大好きなおばあちゃん。怪我してたら、病気だったらどうしようと、病院に着くまで、すごくすごく心配した。

 病院に着くと、おばあちゃんは病室で横になっていた。左足は包帯でぐるぐる巻きになっていたけれど、話もできるし、とりあえず良かった。駅の階段で転んでしまったんだって。1週間入院すれば家に帰れるらしい。

 ほっとしたら、さつきちゃんとの約束を思い出した。今日、公園で秘密基地作りの続きをしようって約束してたんだった!!病院の先生と話し終わったお母さんに頼んで、公園まで急いで送ってもらった。

 約束したのに、遅れちゃったことちゃんと謝らなくちゃ。


 公園に着いたけれど、さつきちゃんはいなかった。

 約束の時間から2時間以上過ぎてるし。きっと帰っちゃったんだ。

 怒ってるよね。明日学校でちゃんと謝ろう。


 △月4日

 朝、学校に着いたらさつきちゃんはもう席に座っていた。

 よし、ちゃんと謝ろう。

 さつきちゃんだったら、遅刻してもちゃんと事情を話せば許してくれると思った。


 でも、「さつきちゃん」って声をかけたのに、返事をしてくれなかった。

 そのまま何も言わないで教室を出ていっちゃった。

 きっと、昨日のことすごく怒ってるんだよね。


 何度か声をかけたのに、さつきちゃんはわたしのことを見てくれなかった。

 悲しかった。つらかった。


 △月5日

 お母さんがちょっと時間がたてば怒っている気持ちが落ち着いて話を聞いてくれるんじゃない?って話してたけれど、今日もさつきちゃんと話をできなかった。



 ゆみちゃんの日記は昨日の日付まで続いていて、どの日もさつきのことについて書いていた。さつきちゃんに謝りたい、お話をしたい、一緒に遊びたいって書いてあった。


「わたし、ゆみちゃんが約束を守らなかったこと、悲しくて怒っていたけど、ちゃんと理由があったんだね。ゆみちゃんはずっとわたしに謝りたいって思ってたんだね」


 さつきの目から大粒の涙がぽろぽろ流れ落ちてきた。


「ゆみちゃんに会いたい。会ってちゃんと話をしたい。わたしも無視してごめんねっていいたい」

 泣きながら話すさつきの背中を小さな女の子がぽんぽんと優しくあやす。

「善は急げじゃ。ほれ、お帰りはこちらです」

女の子が指さすと、店の奥にいたはずなのにガラスの扉が目の前に現れた。

黒猫がまってましたとばかりに駆けだし、ガラスの扉が開く。さつきも黒猫に続いて駆けだし、ガラスの扉に吸い込まれるように店から出て行った。

 扉の外から「ありがとう!」という声が微かに聞こえる。


「幼子の互い違いなど、すぐ謝ってしまえば、また遊び出すだろうよ」

 さつきの本の色が今はもうすっかり新雪のような輝く白色に変わっていた。きっとゆみの本もそのうち輝く白色を取り戻すだろう。


「さて、本を棚にもどさないとな」

 女の子は一人呟くと、店表にある明るい色の本棚へと歩き始めた。

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