最終話 あなたのしあわせになりたい―②
お母さんの葬儀とも呼べないような葬儀が終わったあと、ありすさんは熱を出した。
わたしでも滅多に出さないような高熱で、しんどそうにしているありすさんが心配で、わたしは付きっきりで看病しようと、ありすさんの部屋に向かったのだ。
絞った冷たいタオルをありすさんの額に乗せると、ありすさんは、気持ちよさそうに息を吐き出す。よかった。わたしもほっとしていると、そんなわたしに向かって、ありすさんは部屋から出てていいよ、と声をかけた。
曰く、うつしたら、やだから、と。
なんとなく、理由はそれだけじゃないような気がした。熱のせいだけじゃない。他のなにかに、ありすさんは苦しそうな顔をしていたから。
でも、とほんの少しだけごねてみたけど、ありすさんは必死な顔で、お願い、と呟く。
そんなに言われたらどうしようもなくて、わたしは、ありすさんに、何かあったら呼んでくださいと声をかけて、部屋をあとにした。
きっと、わたしにできることはないのだろう。
だけどせめて、なにかお腹に入れるものくらい作って持って行ってあげよう。
喜んでくれたらいいな、そんなことを思いながら、わたしは台所に足を向けた。
「ありすさーん……お粥、食べませんかー?」
寝ていたら申し訳ないと思って、わたしは静かに、ありすさんの部屋のドアを開けた。
ありすさんは、まだ、眠っているようだった。
だけど、その寝顔はなんだか苦しそうで、わたしは思わずありすさんの名前を呼んで、身体を揺する。
思いのほか、ありすさんは早く目を覚ました。だけど瞳はぼんやりしていて、どこを見ているのかわからない。
まるで、まだ夢の中に居るような様子のありすさんに、お粥作ったんです、と声をかければ、ありすさんは、ぼんやりとした様子のまま、言った。
「夜宵は?さっきまでそこに居たよね?帰っちゃった?」
何を言っているのか、分からなかった。
何を言ってるんだろう。この人は。お母さんは、もう、死んじゃったじゃないか。
ぼんやりとした瞳で、夜宵は?と聞いてくるありすさんに、わたしはなんと言えばいいのか分からなかった。
なんと言えばわからなかったけど、だけど、本当のことをちゃんと言わなきゃ。
きっとありすさんは、熱で訳が分からなくなってるだけだ。そうに決まっている。
「……死んだんです!あの人は!!」
そう叫んだ瞬間、ありすさんは、ぼんやりとしていた瞳を見開いて、そして、思い切り、わたしを突き飛ばした。
「あ、ありすさ……」
「五月蝿いっ!!」
そこには、不器用だけど、それでもやさしくわたしに笑いかけてくれたありすさんは居なかった。
こわい。目の前にいるこの人が、こわい。
ぎらぎらとした目で、わたしを睨めつけてくるこのひとが、こわい。
こわい、こわい、たすけて。
手を伸ばそうとした。わたしを助けてくれるだれかに、手を伸ばそうとして、だけどこの場に、そんな都合のいい人は居ないことに気がついて、わたしは、伸ばしかけた手を降ろした。
ぼろぼろと涙が零れる。泣きすぎて、視界が歪む。
「そんな顔で僕を見るな!そんな声で僕を、呼ぶな……っ!!」
視界は涙で歪んでいてなにも分からなかったけれど、そう言ってわたしを詰る、ありすさんの声だけは、嫌というほど聞こえる。
「君なんて……っ、君のことなんて……大っ嫌いだ……!!」
大嫌い。その言葉は、間違いなくわたしの心をざくりと突き刺して、殺した。
だけどその言葉は、いやにわたしの中にストンと落ちてきた。
わたしを見つめるあの人の表情の理由も、時々苦しそうにわたしを見つめるその理由も。
ぜんぶぜんぶ、わたしに対するその感情に起因するものなら、納得できた。
なんだ、そっか。そうだったんだね。
だったらあなたを、わたしから、解放してあげなきゃ。
ねえ、お母さん。
お母さんもわたしも、きっとひどい勘違いをしていた。
お母さんはわたしに、お母さんの代わりにあの人を幸せにしてって、言ったけれど。
わたしもそれに、頷いたけれど。
だけどね、あの人をしあわせにできるのは、わたしなんかじゃない。
世界でたったひとりだけ、お母さんしかいなかったんだよ。
きっとあの人は、お母さんだ隣にいてくれたら、それだけで、しあわせだったんだ。
ありすさんがなにかを言っている。わたしもそれに、なにかを答えたような気がするけど、なんだろう、何を言ってるのか、自分でもよくわからなかった。
だけど、わたしの言葉で、ありすさんがほっとした表情になって、にこりと微笑んだような気がした。
ああ、よかった。笑ってくれた。
そのままの表情で、ありすさんがわたしに向かって、手を伸ばして来るのが見えた。
その手が首に伸びる寸前で、わたしはそっと、瞳を閉じて、
そのまま、わたしの意識は、深い闇の中に落ちていった。
君と仮初のしあわせを見る 一澄けい @moca-snowrose
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