#3 鳴糾

 生暖かい風が、うなじへ掛かる。

 低い唸り声のような物が、耳元で小さく鳴る。


「あ、あ、あ……!」


 恐る恐る、俺は後ろを振り向く。

 そこにあったのは、龍の顔だった。

 通路を塞がんとするその巨体は赤黒い鱗で覆われており、爛々らんらんと光る眼は、獲物でも見るかの様にでこちらを睨んでいる。


「…………ッ!」


 悲鳴を上げる。が、声にならない。

 恐怖で喉が乾いて掠れた音が鳴る。

 突如、空を切る様な音と共に、脚に激痛が走る。見てみると、左膝から矢が生えていた。


「がッ、ガリィーーラァァァァァッッッ!!!」


 怒号を上げる。喉が痛い。

 怖い怖い怖い。

 太腿ふとももに赤黒い汁がべったりと流れる。

 膝が痛い。目の前の三人は走り去って行く。

 恐怖と激痛で脚が動かない。

 全身が震える。冷や汗が止まらない。流血が止まらない。

 怒りと痛みと恐怖で思考が纏まらない。

 囮にしやがった! クソ、クソ、クソ、が!

 どうする、龍の魔物は依然として俺を睨んでいる。

 逃げる、逃げれる? 無理だ、死ぬのか? ここで?

 嫌だ、嫌だ嫌だ! こんな所で死にたくない!!

 俺はまだ……!


───仲間が憎いか?


 幻覚が、脳内へ響く。

 プツリ、と何かが切れる音がする。


「憎い、囮に使ったアイツらが憎い! いくら使えないったってあんまりじゃないか! 俺だって努力してたさ、少しでも追い付こうと必死でやった! なのにアイツは、アイツらは!! アイツらなんて仲間の内に入らない! 許せない、同じ目に合わせてやりたい!」


───神が憎いか?


「嗚呼憎い、こんな弱いスキルをくれやがった神が憎い! スキルさえ、スキルさえ強ければ、もう少し強ければ俺は役立たずでくすぶらなかった! スキル差別も、もううんざりだ! 何奴どいつ此奴こいつもスキルスキルスキル、頭でもおかしいんじゃないのか?! それもこれも皆、神だのと崇められる糞の所為だ!!!」


───力が欲しいか?


「欲しい、例え悪魔に心臓をられようが、俺は糞共を見返す程の力が欲しい!! 何にもかも思い通りになる程の力が欲しい!」


 死の淵に立って、今まで抱えて来たどす黒い感情が爆発する。

 漏れ出た呪詛は止まる事を知らず、目の前の龍に八つ当たる様に、喉が痛む程叫んだ。

 龍の口が、その凶悪に牙が生え揃ったあぎとが開かれる。


 嗚呼、俺は死ぬんだ。

 混乱で思考すら出来ない頭は、冷静に酷似こくじしていた。

 他人事の様な、何もかも諦めたかの様な。

 感情の濁流は、一周して何かが抜け落ちかの様に白色だった。


「──ならば、叶えてやろう。」


「は?」


 思わず素っ頓狂すっとんきょうな声が出る。

 何故ならば、龍が喋って・・・・・いるから・・・・だ。


 混乱する。

 は?え?なんで? ちょっと待ってくれ、理解が追い付かない。


「どうした、貴様の願いを聞き届けると言ったのだぞ? もっと喜べ平凡人ヒューマン。」


 そう言うと龍の体からは闇がにじみ、やがて全身を包み込む。

 やがて霧散むさんした闇から現れたのは、角と鱗が生えた少女だった。

 血の様に紅い肌、髪、角。背中からは蝙蝠こうもりの翼が生えている。

 槍の様に尖った三本の尻尾が、触手の様に揺れ動く。


「さて、改めて聞こう。──力が欲しいか? あわれな平凡人ヒューマン


 少女はそう言って、妖艶に笑って魅せた。






To be continued…

『#3 鳴糾』

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力が欲しいかと聞かれたので「はい」と答えてみた にく @dokuniku

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