A

 やがて降雪が強さを増し、あたりが闇に包まれる頃、暗い海から彼らはやってきた。


 それはどこか、死の淵からやってきたようにも思えた。マットブラックのゴムボートに乗り、エンジン音を響かせて上陸してきた、全身ウェットスーツとマスク姿の、五人の死神。おそらく二十五年前にも、彼らはそうやって彼女を海に引き入れたのだろう。


 噂には聞いたことがある。“北側”の連中が、ずっとこのあたりで暗躍していると。曰く、この街には何かヤバいものがあるらしいと。

 ともあれ、そんな噂など俺にはまったく関係のないものだと思っていた。そう思っていたのだけれど――彼らはまさに今、目の前にいる。


 上陸するやいなや、五人は一糸乱れぬ動きで行動し始めた。

 三人が俺を包囲し銃を突きつけた。残る二人が裸のフユを確保した。彼らは聞き覚えないの無い言葉で何かをやりとりしているようだった。日本語でも英語でもない何か。そして、フユもまた同じ言葉で彼らと会話していた。


 俺は手を後ろに組まされ、その場で跪かされていた。ヤバいことになるのは分かっていた。けれど俺もフユも、その時が来るまでずっと抱き合っていたのだ。それについて、後悔なんかはなかった。


「だいじょうぶです。彼らにはわたしが言いました。ただちょっと、これから監視とかがついちゃうかもしれませんけど……何も言わなければ、ずっと大丈夫です。トウヤさんに手を出したらわたしも“道連れ”にしてやる、って、まあ、そんな感じのことを言っておきましたので」

 どのみちこんなことは誰かに言うつもりもない。そう返すと、フユは頭を下げた。

「トウヤさん、ほんとに、ありがとうございました」

 これで本当に終わりなんだよな、と言うと、彼女はにこりと笑った。

「ええ、おしまいです。わたしも、この浜も」

 フユは曇り一つない顔で笑った。


「忘れて下さい、と言いたいところですけど、忘れないでいてくれたほうが、わたしは嬉しいかなって……うーん、どっちでもいいです! お菓子とか、ケーキとか、たくさん食べられて、わたしはとっても満足してます」


 ――畜生、お前だけ勝手に吹っ切れやがって。

 まるで小学生のような感想に、俺はそう思った。けれど、口にはしないでおいた。


 俺はフユに近づき、手を握った。彼女は俺の頬に砂まみれのキスをした。


 それは銃口を突きつけられながらの、人魚と交わした別れの挨拶だった。


―――


 かくして人魚は再び泡と消えた。


 それから俺は、もう二度とあの浜には行かなくなった。


 今度こそ殺されるかも、なんてわけではない。ただ“あの場所にまたフユがいるかもしれない”という可能性を残したままにしておきたかったからだ――とかなんとか、あえて理由を付けるとすればそんな感じか。それと、いい加減、予備校も真面目に行かなくては。

 境目を綱渡るのなんて、ほどほどにしたほうがいい。

 行き着くところ、こちら側に生きる俺は、そんな結論に至ったのだ。


 それでも、俺はたぶん、フユのことをずっと覚えているだろう。

 それだけはきっと、迷いようがない。


 十二月二十三日。

 そして二十四日。


 あれだけ吹いていた長い寒波は落ち着き、空は久々の晴れ間を見せていた。

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冬の海浜にすさぶ 黒周ダイスケ @xrossing

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