第2話 ゲームのようなセカイ


 目のうえに石がのっているかと思うほど瞼は重たく、手足を動かそうとすれば痺れてうまく動かない。


『シーズン3の開幕に伴い、新規プレイヤーが参戦しました』


 暗闇のなか、必死に体を動かそうとする亮のもとに声が届いた。

 その声はあまりにも無機質で、パソコンに打ちこんだ合成音声のようなもの。


『クエストエリアへの進入を確認、まもなくクエストを開始します』


 合成音声は亮の体のなかで、幾重にも反響する。

 これは、空気を揺らして伝わる『音』ではない。


「なん……なんだ」


 ようやく手足の痺れはおさまり、瞼も薄っすらひらけるようになった。しかし今度は、亮の頭を二日酔いにも似た痛みと不快感が襲う。

 重たい頭を抱えながら、上体を起こす。

 目の前に広がったのは、雲ひとつない快晴の空と、降りそそぐ熱線と、隙間からコケの生えた古い石畳や石造建築の塔。


「たしか俺、浜松駅に行く途中で化け物に追いかけられて……それから喰われて……」


 出かける前に羽織ったダウンジャケットをはじめ、亮がまとっている衣服は記憶のなかと変わらない。大きく違うのは、景色だ。

 目の前には石造の高い塔があり、振り返れば錐体のピラミッドのような石積みの城がある。

 しかし亮が最後に見ていたのは人通りの少ない裏通りで、あったのは二階建てのアパートやコンビニくらいのもの。


「どこだよ、ここ……本当に静岡か?」


 そもそも、こんなハリウッド映画にでてくる古代遺跡みたいなスポットは浜松市に存在しない。


「ん、なんだこれ」


 視界の隅になにかを見つけ、ダウンジャケットのひんやりした袖で目をこする。こすってはひらき、何度もまばたきをしてみる。

 しかし、それは落ちない。消えない。


「残りコスト6? 所持カード数3? それにインベントリとかステータスとかマップとか、ゲーム画面かよ」


 視野が狭まることのないよう、視界のすみにクリアカラーで表示されたそれらはまるで、亮のよく知るゲームのユーザーインターフェース。

 ゲームならばボタンひとつでインベントリをひらいたり、マップを表示したりできる画面上の便利機能だが、当然そんなものは現実に存在するはずがない。


「夢でも見てるのか?」


 これが「ゲームだ」というなら、この見覚えがない景色だってゲームのワンシーンにも思えるし、納得はできる。

 ゲームに熱中しすぎて、ゲームような夢を見ているのだ。


「じゃあ、どこから……もしかして家から出ていったのも夢で、寝落ちしてたとか」


 これは、夢である。そう思おうとする亮の理性を嘲笑うように、優しく吹いた風が彼の顔と髪を撫であげた。

 夢にしては、感覚があまりにも現実的過ぎたのだ。


「一度死んで、異世界で目覚めるとかいうアレか? これが夢じゃないとしたら、もしかして神様とかでてきたりして、なんかすごい能力もらったりするんじゃ」


 気がつけば頭の痛みや不快感も消えた亮が、すっくとその場で立ちあがる。

 刹那、


「誰かー! 誰かいないかー!」


 背中にぶつかる緩やかな風が、砂とともに男の太い声を運んできた。


「もしかして、俺以外にも人が?」


 目覚めてからはじめて耳にいれる自身以外の声。

 亮はすぐに、「誰かいるのか!?」と声を張りあげた。


「声はこっちからか」


 声がしたのは、ピラミッドのような石積みの城の方角。そこにいるのが人間だろうが神様だろうが、亮にとっては問題ではなかった。

 これが夢か現実か。この場所は一体なんなのか。同じ空間に自分以外が存在すれば、状況を把握するための手掛かりになるはず。


「おい、今声が聞こえたぞ。こっちだ!」


 亮の声が聞こえたのだろう、太い男の声のほうからも近づいてくるのがわかった。

 孤独ではないことに安心した亮の顔が少し綻んだ瞬間、彼の体のなかでまた無機質な声が幾重にも反響する。


『クエストを開始します』


 まるで脳に直接語りかけるように体内を反響した声に亮の足はピタリととまり、彼は眉をひそませた。


 【ハントクエスト:ベビードラゴンを4体討伐せよ。】

 クエストクリア条件 ベビードラゴン4体の討伐。

 クリア報酬 カード2枚


 亮の目の前の空間に浮かびあがるようにして現れた文字列は、クエストの開始を促すもの。

 「クエスト」というのは、ゲームに似たこの世界にぴったりな言葉だ。

 ゲームならばクエストをクリアして、指定された報酬を獲得する。そして亮の前に現れた文字列が示すのは、まさに様々なロールプレイングゲームで使いまわされているような「クエスト内容」と「クリア報酬」。


「クエスト? ベビードラゴン?」


 空間に突如浮かびあがった文字に触れてみようと、亮が手をのばす。

 しかし文字列は、彼の指先が触れる寸前で光の粉となって消え去った。


『支援物資の降下を開始します』


 戸惑う亮のなかでまた声が響いた途端、空に浮かぶ分厚い雲を貫いて、いくつもの箱が落ちてくる。

 大人が丸々ひとり入れてしまいそうなほど大きな箱は石畳を砕き、砂煙を巻きあげ、鼓膜を殴りつける衝撃音とともに地面に突き刺さった。


「支援物資って、RPGかと思ったら今度はバトロワゲーかよ」


 高校を中退してからというもの、亮は自室に引きこもって数多のゲームをプレイしてきた。ロールプレイングもやったし、パズルゲームやシューティングゲームもやった。

 そんな彼だからこそ、への順応は早かった。

 たちこめる砂煙のなか、進行方向に落ちてきた箱に恐る恐る近づいてみる。

 丁度コンビニの氷菓コーナーくらいの箱は、どうやら爆発したりすることはないらしい。それどころか、まるで箱は近づいてきた亮を歓迎するように開いた。


「剣と、盾と……銃?」


 箱のなかで綺麗に並べられていたのは、中世を模した世界観ではお馴染みの剣や盾といった装備品類と、拳銃と散弾銃と狙撃銃。


「世界観メチャクチャかよ」


 古代遺跡のような場所といい、ドラゴン討伐のクエストといい、中世ファンタジーの世界観なのだろうが、銃のモデルはどれも近代的なものばかり。

 あまりにもメチャクチャな世界観に動揺しながらも、亮が支援物資の箱から取り出したのは、散弾銃だった。


「これ本物なのか?」


 砲身の長い銃の重たさと鉄の冷たさが、恐ろしくなるほどの現実感を与えた。

 亮な銃の所持が厳しく取り締まられる国に住む一般人である。当然、本物の銃など撃ったことも持ったこともない。

 扱い方なんていうのは映画やゲームで見たくらいの知識しかなかったが、それらを真似て拳銃をズボンのベルトに挟み、散弾銃を両手で抱え、さきほど声のした方角へまた歩みを進めた。

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インバウンズ-ようこそ、どんな欲望も満たす異世界へ- 師走那珂 @naka-SGG

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