こんな、こんなことになるなんて…
思えばこんなに上手い話が私に来るとは考えられなかった
他の従業員にも話は来てるはず
だがなぜ誰も乗らない?
答えは簡単
これが私を嵌めるための罠だったからだ
私以外の職歴の古い人間はこういう罠があることを知っていたのだろう
いや、知っているはずだ
だって…
だって私は今、従業員がみんないる前で自分の腸を食べさせられている
私を見るみんなの目が笑っている、前にもこんな状況の宴が開かれみんな見た事があるのだろう
これはみせしめであり生贄、オーナーへの忠誠を誓うためのスケープゴート
裂かれた腹から伸びる腸、それに塩コショウと香辛料を揉みこみ、炭火でカリカリになるまで焼き私の前まで持ってくる
味付けと香辛料を揉み込むのはせめてもの慈悲なのか
それでもそれを噛みちぎり咀嚼しては気持ち悪くなって吐き出しての繰り返し
もう気が遠くなるほど続けて今私の口の中で咀嚼しているものがなんなのか分からなくなるがふとした瞬間に思い出し全てを吐き出してしまう
それでも気を失うことは許されない
気を失う前に焼かれた腸が口にねじ込まれる、そして死ぬことも許されない
今まで仕事中に見てきた犠牲者達もなかなか死ねなかった、きっとなにかの処置はされているのだろう
全ての腸を口にした後もかろうじて意識はあった
その前に歩いてくる一人の男、昨日までは妻の仇を取るために復讐に燃える出版社の社長、だが今は私を罠に嵌めた遠藤
オーナーに促され遠藤はいやらしく笑いながら私に近づいてきて何も無くなったお腹を見る
「すまないね佐々木君、私はここの客で前に一度食べに来てたんだよ
その時はいなかったみたいだがね、そしてその時ここのオーナーから「内部告発者が出るかもしれないから君の会社としての力を貸してくれないか?」と相談されてね
私はここの料理にすっかり魅了されてしまったのだよ…泣きながら命乞いをする相手の身体の部位を目の前で口にし「やめてくれ、返してくれ」と懇願する相手悲鳴を聴きながら目の前でムシャムシャと咀嚼音を立てて噛み砕き飲み込む、その時の絶望に染った相手の顔、それこそが最高の調味料なのだよ
そして何故か弱ってた脚の筋肉が一夜で戻った
これはもしかしたら食べた相手の力を奪えると信じていた食人族の考えは正しかったのかもしれない」
何を言ってるのか、何語をを喋っているのかすら分からない、ただ音を発する憎い遠藤を虚ろな目で見つめることしか出来ないはずだった
だが何故か身体は前へ進む
そのまま重い足枷と手錠で固定されている手足がふと軽くなり身体ごと倒れ込むように遠藤に覆い被さる、そして最後の力をふりしぼり首筋を噛みちぎり飲み込んでやった
前田の首筋から吹き出る血が私の血の流れすぎた冷えた身体に降り注ぎ体温が少し戻った気がする
少し気になっていた手足のあるはずの場所を確認したが足枷と手錠に外れた私の腕と足がぶら下がっている
よくそんな力が出せたもんだと自然に笑みが零れる
今食べた前田の首筋の肉は胃で消化されてどこに堕ちていくんだろう?
そんなことを考えていたらもう何も感じなくなってしまった
「オーナー?良かったんですか?このために足首と肩の骨を外し腕と足がちぎれるように細工しあの遠藤というお客様に復讐させたのは?
あの遠藤というお客様はこれから常連になる上客様で、これからどんどんお金を落としてくれると思うのですが?」
「良いんだよ、次のお客様のオーダーは遠藤を食べたいとの事だ
たぶん遠藤の会社の雑誌に身を滅ぼされたものは多いだろうから因果応報だろう
それに少しぐらい知名度のあるものが失踪したって世間では一週間もしたら違うニュースの波に飲み込まれていく、そして一年に一回ぐらいの特番のくだらないテレビの中で特集され思い出させる…それぐらいの関心しか惹かないもんだよ
それにうちの店では骨のひとつ残さない
死体の見つからない事件は警察も手も足も出ないだろう?
うちの顧客には警察官部、政治家、色々上層部が揃ってる、奴らも自分たちの醜い部分を隠すために躍起になってくれるだろう」
青空の下満足気に頷くオーナーの周りが黒く濁った瘴気にまみれているように見えた
Mahlzeit マールツァイト 鬼童丸 @kjdoumaru
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