第16話 16
「どうしてこんな事になったんだ……」
水樹家が所有する高級車の後部座席で俺はひとり呟いた。
……というか車は陽菜の母親が運転している。
陽菜が電話を切るとすぐにマンションの呼び鈴が鳴った。
どうやら母親はマンションの下にすでに着いていて、エントランスから電話をかけていたのだ。
どうしてこの場所がわかったのか疑問に思う。
てか怖いだろ。
ではなぜ車に乗っているのか?
理由は簡単だ。
陽菜の母親が聞く耳をまったくもってくれないからだ。
俺が経緯を説明しようとしても「こんな狭くて不衛生な場所で聞くわけにはいかない」と一蹴されてしまったのだ。
ちなみに陽菜は運転する母親の隣に座っている。
普段は送迎用の車なのか後部座席との間には仕切りがあり、ここから二人の姿は見えず声だけが聞こえてくる。
「ちゃんと説明してくれるかしら?門限まで破って男性の家にのこのこ転がりこむとはなんですか!」
「まだ門限まで時間があります。タクシーで帰るつもりだったので間に合うはずでした。だから約束は破っていません。あの方は酔ったわたしを介抱してくれただけです」
「……そう。あなたに無理矢理お酒を飲ませて酔ったところで部屋に連れ込んだのね」
「ちが……」
「危ないところだったわね。わたくしが来るのがもう少し遅かったならきっと……」
きっとタクシーで帰らせたに決まってんだろ。
たしかに連れ込んだように見えなくもないけどあのまま放置するわけにもいかねーし。
しかしこの母親は……
自分の考えだけが正しいと思う一番厄介なタイプだ。
「京介さんはお優しくて立派な方です!信用できる方なんです!悪く言うのはやめてください!」
「まあ!すっかり騙されてるのね。そんなに褒めるのならいまは何をされてる方なのかしら?見たところ……学生のようだけど。そもそもあなた達はどんな関係なのかそれが一番知りたいわ」」
「それは……」
そりゃあ説明しづらいだろう。
大学も休学中で微妙な立場だし、仕事は別れさせ屋じゃ状況を悪化させるだけだ。
「そのことについては僕からお話しさせてください」
ここまで庇ってくれた陽菜を放ってはおけないので思わず口を出してしまった。
「まあ盗み聞きとはお行儀が悪い。ほら見なさい、化けの皮が剝がれたわよ」
だめだこりゃ。
この人は嘘をついてないから本気で思ってるんだ。
こういった人物とはあまり関わりたくない。
陽菜の事が心配で母親に説明しようと車に乗り込んだけど無駄だった。
「すいません、こんな遅くまで連れ回した俺が悪いんです。言い訳はしませんのでここで降ろしていただけませんか?」
「あなた逃げる気なの?」
「ママ……やめてよ。京介さんごめんなさい」
「水樹さんは何も悪くないよ」
俺はただ親子がもめる姿を見たくないだけだ。
実際は二人の声しか聞こえないけどな。
「当り前じゃない。最初からうちの子が悪いわけないでしょ。早く話がついてよかったわ。家まで送ってあげましょうか?」
成り行きとはいえ言うことを聞いて車に乗ったけど、ここまで上から目線になれる人間がいるとはすごいものだ。
「いえ大丈夫です。ここからひとりで帰れますので」
「あ、そう」
あっさりと車を止めて車から降ろされた。
12月の夜はさすがに冷え込んでいるため寒い。
「京介さ……」
ブオーン!
車のウィンドウが開いて陽菜が顔を覗かせるとすぐに車は発車してしまった。
まじで陽菜の母親はこえー。
どうしたらあの親からおしとやかな娘が生まれてくるんだよ。
「さてここからどうやって帰ろうか……」
なにもない真っ暗な国道線沿いをひとまず歩く。
せめて駅の近くで降ろしてもらえば良かったと後悔しているところスマホに着信が入っている。
画面には陽菜の名前が出ているが……今は取らない事にした。
まだ車の中で母親と一緒だろう。
いま電話を取ればややこしい事に巻き込まれてしまう。
しばらく電話が鳴っていたもののやがて諦めたのか1通のメッセージが入ってきた。
『今日は本当にいろいろとごめんなさい』
わざと酔ったわけではないし他のことも陽菜のせいではない。
まあ次回からお酒には気をつけてもらいたいものだが。
『大丈夫』と一言だけ返信をして再び歩き始める。
そっけないのは別に怒っているとかではなく単純にスマホを入力する手が寒くて凍りつきそうだからだ。
ここから歩いて家まであと20分くらいだろうか?
「マジでさみーな」と夜空にひとり呟いた。
それから数十分かけてようやくマンションが見えてくると再びスマホにメッセージが届いている。
『京ちゃん……助けて……』
メッセージを読んだ俺は驚きつつもすぐに電話をかけるのだった。
『別れさせ屋』の俺に『レンタル彼氏』の指名をするのはやめてくれ!? スズヤギ @suzuyagi
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