第15話 15

「ここが京介さんのお部屋ですかぁ……」


「なにもないから殺風景だけどね。むさ苦しいところで悪い」


 落ち着きを取り戻した陽菜が興味津々で俺の部屋を見渡している。

 まだ呂律が回っていないので、酔いは醒めていないようだ。


「男の部屋って感じでいいと思います」


 無垢な笑顔をむけてくる陽菜。

 男の怖さを知らないというのはほんと恐ろしいものだ。


「どこまで覚えてる?お酒が初めてなのに俺が注意してなきゃいけなかったのに悪かった」


「そ、そんな京介さんは悪くありません!わたしが……勝手に暴走してしまったんです」


「そんなにお酒が飲んでみたかったのか?それとも特別な理由でも?」


「京介さんと一緒なら少しは飲んでみたいというのもありましたけど……その……」


 言いずらい事なのか言葉が続かず俯いてしまった。


「遠慮なく言っていいんだぞ。今日はプライベートとして会ってるわけだし」


「やっぱり嫌なんです!京介さんが来週お受けする仕事が……」


 来週の仕事?元カノと別れさせ屋として依頼を受けてる件か。


「でも別れさせ屋と言っても俺達は付き合ってるわけじゃないから実質レンタル彼氏みたいなもんだよ」


「それが嫌なんです!!」


「!?」


 びっくりした。

 いつも控えめでおしとやかな陽菜がやけに感情的だ。


 ははーん。

 陽菜は初めてレンタル彼氏を始めた俺のお得意様だ。

 それなのに1週間続けて新規依頼を受けるのが許せないのだろう。


「大丈夫だよ。そもそもアイツとの関係は終わってるわけだし許せない過去もあるから」


「でも嫌なんです!わたしの知らない京介さんを知ってるから……」


 ……まだ酔いが醒めていないのか。


「それなら俺に起こったことすべてを話してあげるよ。それで陽菜が落ち着くのなら」


 どうしてこんな言葉が出てきたのか俺にもわからない。

 元カノが知ってる俺の過去、そして俺の心境を陽菜にもっと知っててほしかったのだ。


 やはり俺もよってるのか……

 それとも俺の弱さなのか自分でもわからない。


 そして俺は事の真相すべてを話した。

 

 彼女と別れた事や実家が詐欺にあって家を失ったこと。

 それに元カノの家族が絡んでいる可能性が高いことなどだ。


 最後に、なぜ今の仕事を続けているのか説明していたところで陽菜の頬を涙がつたっていた。


「つまらない話をして悪い」


「わ、わたしこそ我が儘言ってごめんなさい!そんなに辛いことを無理に言わせてしまいました……」


「気にするな。俺が好きで言ったことだ。いままで胸にしまい込んでいたからかえってすっきりしたよ」


 不思議と胸が軽くなっていた。

 無意識に卑屈になっていた自分がなんだか恥ずかしい。


「わたしにはなにもしてあげれないし出来ないかもしれませんが、話しを聞くことぐらいはできます。少しでも京介さんの力になりたいです……」


 いつの間にか俺の手を両手で包み込んでいる。

 冷え切った心が少しずつ溶けていく感覚がする。


 しかし……さ、さすがにこれはまずいだろ。

 陽菜の言葉に嘘偽りは一切ない。だからこそ心を許してしまいそうな時に手を握られたら……


 俺だって男だ。

 こんなに素直で綺麗な彼女に対して理性がいつまで持つのか自信がない。


「は、陽菜……そろそろ手を離してくれないか?俺だって男なんだ」


「ひゃい!?ご、ごめんなしゃい!」


 顔を真っ赤にして噛みまくる彼女がなんだか愛おしい。

 ん?愛おしいって何言ってんだ俺は?


 ひとりで照れまくってる彼女から目線を時計の針は22時を回っていた。


「そろそろいい時間だな。タクシーを呼ぶから今日はここまでにしよう」


「今日は……まります」


「ん?悪い聞き逃した」


「今日は泊まります!」


「ちょ、ちょっと陽菜さん?何を言ってらっしゃるのかな?酔いがまだ醒めて―――」


「お酒のせいじゃありません!わたしは、わたしは……」


 わたしは?

 なんだその決意したような目は。

 もう異性には期待するのはやめたんだよ。


 ……俺が期待してる?

 何を?誰に?


 プルルルル!

 プルルルル!


「うぉ!」


 不意に電話の音がして思わず声を上げてしまった。

 どうやら陽菜のスマホが鳴っているようだ。


「もしもし。えっ!?わ、わかりました……」


 電話を切った陽菜の顔が青ざめている。


「どうした?今頃気分でも悪くなってきたのか?」


「気分は正直良いとは言えませんがそろそろ帰りますね」


「ああ。夜も遅いし帰ったほうがいい。タクシーを―――」


「タクシーは大丈夫です。こちろにそろそろ迎えが着くそうです」


 迎えがすぐに着くって電話が来たのはいまだぞ?


「そして……迎えの車には母も乗っているそうです……」


 ますます顔面蒼白になり心なしか体も震えている。


「お母さんが迎えに来るなら安心だな。ん?どうした?」


「母が……京介さんとお会いしてお話したいそうです」


「そうか。お母さんが……お母さん?ええええええええええ?」


 陽菜と俺の酔いが一瞬で醒めた事だけははっきりとしていた。

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