第14話 14

 俺の頭の中で様々な葛藤が続いている。


 お酒の力で人に話を聞いてもらうのは、ちょっと違うんじゃないのか?

 それともお詫びと称してプライベートで会ってること自体が最初から無意識に聞いてもらいたかっただけなのか?


「京介さんどうされました?」


「いや―――」


「こんばんはー。隣空いてますか?」


 考えもまとまらないまま動かなくなってしまった俺を心配し、話しかけてきた陽菜の隣にモデルのようなイケメンの男性が腰をかけてきた。

 俺は彼女の目の前に座っているので、その男の容姿がはっきりと認識できる。


「空いてます。どうぞ」


感情がないロボットのように最低限の言葉だけを伝えている彼女の表情が珍しく怖い。


「さあ、続きを聞かせてください」


「それ、美味しそうだね。どこで売ってるのかな?」


 彼女の言葉にわざと反応したのかは分からない。

 俺が口を開く前に、その男は陽菜の手に握られてるマグカップを指さしていた。


 彼女の反応は当然……


「あなたに話を聞いた覚えはありません。私達の邪魔をしないでください」


 見たことのないキッとした目つきで隣の男を睨んでいる。


「ごめんごめん、悪気はなかったんだよ。ただ―――」


「嘘だな。悪気があった」


 最初は陽菜狙いのナンパかと面食らってしまったがなにかひっかかる。


「いきなり失礼だな。僕は彼女の可愛さに一目惚れしただけさ」


「嘘だな。もちろん一目惚れってのがな。失礼なのはお前の方だろ。なにが狙いだ?」


 この寒空の中で、男の額には汗が浮かんでいる。


「狙いも何も偶然彼女を見つけ―――」


「嘘だな。偶然じゃないって事は……誰かに頼まれたのか?彼女の知り合いか、それとも……俺の方か?」


 正面から顔をまじまじと観察していると、男は体全体が震えていた。


「ひ、ひぃー!化け物!」


 モデルのような顔が恐怖のあまり引きつっていた。

 もちろん綺麗なはずの容姿は台無しだ。


「なんだ、本当の事も答えられるじゃないか。本気で化け物と思われるなんて心外だぞ?」


「あ、あ、うわー!」


 慌てて席を立ち一目散に逃げて行った。


 酒に酔ってても嘘を見抜くこの力は消えないのか。

 良いのか悪いのか……


「京介さん!今のはひょっとして……」


 しまった!極力嘘をつかれても他人にはバレないようふるまっていたのに彼女に見られていた。

 陽菜は頭の回転もいい。

 そして他人より警戒心が強いので答えが導かれても不思議はない。


 ばれてしまったか……

 それとも……いや、嘘の嫌いな俺がごまかすなんてできない。


「ご察しの通り俺には……」


「スゥースゥー」


 ……寝てるのかよ。

 覚悟を決めたのに拍子抜けだ。


 初めてのお酒でアルコールが飛ぶとはいえ、ワインに変わりはない。

 しかもゴクゴクと飲んでしまえば酔いがまわるのも当たり前だった。


「こんな屋外で寝てたら風邪をひいてしまうだろ。陽菜?起きてくれ」


「う、う~ん」


 揺すっても色っぽい声を出すだけで起きる気配がない。

 隣へ移動してさらに体を揺するが、テーブルに体を委ねて気持ちよさそうに寝息を立てている。


 まいったな……

 信頼されてるのはいいけどここまで無防備になられても困る。

 顔を覗き込めば穏やかで幸せそうな表情で眠っていた。


 ……天使かよ。


 とにかくなんとかしなければ。

 仕事上、彼女の生い立ちを知る俺は焦っていた。

 いいところのお嬢様がこんな姿を他人に見られてはいけない。


 ホテルへ運んで酔いがさめるのを待つか?

 何もしなければ問題ない……って、いやいや、ダメだろ!

 酔ってる女性をホテルに連れ込んだ時点で俺の人生は終わってしまう。


「クシュン!」


「お、起きた?」


 期待を込めて聞いたものの、返事はない。

 くしゃみも出てるし気温は下がる一方だし仕方がない。

 

 俺は英断を下した。


 貴重なものを扱うようにゆっくりと彼女を抱きかかえる。


 そう、俗に言う『お姫様抱っこ』だ。


 ボクシングをしていたので腕力には自信があった。

 彼女の体が予想以上に軽いのもある。


 小顔で小さな頭。

 ピンと真っ直ぐな長いまつ毛。

 細くて真っ白ですらりとした長い手と足。


 いまにも折れそうなくらい細いのに、なんでこんなに柔らかいんだよ……


 まずいな。

 この子は天使どころか俺を惑わす魅惑の魔女だ。

 荷物もある事だし早く移動しよう。


 俺はすぐに電話をかけてこの場を後にした。


 * * * *



「う、う~ん、眩しい。もう……朝?」


「やっと起きたか?気持ち悪くないか?」


「大丈夫です……って、え?え?な、なんで朝からわたしの部屋に京介さんがいるんですか!?」


「朝じゃない。周りをよく見てみろ。ここは俺の部屋だ」


「……えええええええ!!わ、わたしやってしまいましたか?そうなんですか?そうなんですね?」


 予想通りの反応だ。

 意識のない状態で男の部屋に連れこまれればそうなるのも当然だ。


「やってないから安心してくれ。俺は肉食系じゃない」


「はい?肉食系……ですか?それって……あっ!」


 あれ?

 もしかして俺は大きな勘違いを……


 あっ!?

 あああああ!

 この子がそんな発想をするわけないだろ。

 純粋な彼女になんてことを想像させてしまったんだ。これって……セクハラですよね?


 陽菜の顔がこれ以上ないくらい真っ赤になっている。

 目は左右に忙しく泳いでいた。


 どうすんだよこれ……


 泥酔する彼女をタクシーで運んだものの、どう説明したらいいのか分からず俺は途方に暮れていた。

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