第2話 追いかけるだけじゃ嫌だから
今回のアニソン戦争は、『
人の感情が色として見える主人公と、心の中が真っ白な白薔薇さん。そんな二人が出会うところから始まるラブコメディーで、長年アニメ化が期待されていた作品だった。
少年漫画が原作のため、ファン層は若い男性が多い。しかし、会場に入ってみると意外にも女性の姿も多く見られた。
もしかしたら、KURohAのファンなのかも知れない。彼女は乙女ゲームの主題歌も多く担当していることもあって、女性ファンが多い印象があった。アニソン戦争の観客は原作漫画購入者から抽選で選ばれてはいるものの、中にはアーティストを応援するために原作を買って参加する者もいる。遊子も「アニソン戦争きっかけで原作が好きになりました。応援してます」というファンレターをいくつかもらっていた。
遊子も遊子で、ファンの期待を背負っている。
作品のために、自分のために、ファンのために。遊子は様々な覚悟を胸に、その時を待っていた。
――イベントが始まって、かれこれ一時間くらいが経過しただろうか。
キャスト・スタッフの発表、ストーリーやキャラクター紹介、新PV公開……。情報が解禁される度に会場が温まっていく空気を感じて、遊子は密かに緊張感を覚え始める。何せ、遊子にとって初めてのアニソン戦争だ。覚悟の裏には「負けたらどうしよう」という不安もあった。
でも、今は不安に思っている場合ではない。
KURohAがステージの中央に立つ。
先攻はKURohAだった。モノトーンのドレスワンピースに身を包んだ彼女は、先程の幼馴染モードとはまったく違う、凛とした表情をしている。
「この曲に、『白薔薇さんは染まりたい』の世界観を詰め込みました。……聴いてください。
公開されたばかりのアニメPVをバックに、KURohAの歌う「white unbalance」のイントロが流れ始める。ラブコメらしい爽快感のあるバンドサウンドは、遊子の耳にもすっと入り込んできた。
しかし、KURohAはクールで格好良い印象のあるアーティストだ。明るいメロディーに果たして彼女の歌声が合うのかどうか、遊子には想像ができていなかった。
「…………っ!」
だからこそ、遊子は息を呑んでしまう。
自分はKURohAのことを知っている──と、思い込んでいただけなのだと。遊子は今この瞬間に理解してしまった。
遠い場所で活躍しているKURohAのことは、特別意識をしていなくても目に入る。ファンから「姫子」と呼ばれたりして、どちらかと言うと可愛い路線を突き進む遊子とは真逆の、KURohAのロックで格好良い姿。それが彼女のすべてだと思っていた──のに。
どこまでも突き抜けるKURohAの高音が、遊子の心に響き渡る。
キャラクター達が動き回るのが目に浮かぶような、爽やかな歌声。白薔薇さんの不安定な心情を表した歌詞。客席を見渡しながら笑顔で歌うKURohAの姿。
──彼女は本当に、誠心誠意を持ってこの場に立っているのだと。
そんな当たり前なことに、遊子は衝撃を受けてしまう。
才能。
自然と思い浮かんだのは、そんな言葉だった。
遊子だって努力を重ねてきたつもりだ。歌手を目指していた頃も、声優になりたいと気付いてからも、遊子の心に灯っていたのはアニメへの情熱だった。だから遊子は声優になって、アーティストデビューもして、このアニソン戦争という場に立っている。
アニメが好きだから。
演じることが好きだから。
歌が好きだから。
様々な想いを胸に、遊子はここまで駆け抜けてきた。
声優としてアニメソングを歌うこと。それが、遊子にとっての究極の夢なのだと思う。
でも──いつだって彼女は、遊子の前を歩いていた。
KURohAの実力は理解しているつもりだったのに、気付けば想像を遥かに超えた姿でそこに立っている。
遊子は遊子の選んだ道で、いつか彼女の背中に追い付けると思っていた。なのに、見れば見る程に遠ざかってしまう。
あの頃も今も、どれだけ努力を重ねたって結局は何も変わらない──なんて。
(そんなのは嫌だ……!)
ぎゅっと両手を握り締める。
確かに遊子は彼女の歌声に圧倒された。バックに流れるPVともしっかりとマッチしているし、これが主題歌初披露のステージだと言われても何ら違和感もないだろうと思ってしまう。客席に目を向けてみても、戸惑いなど一切ない様子でペンライトが揺れていた。
でも、遊子には気になることが一つだけある。
それはペンライトの色だ。観客のほとんどは、『白薔薇さんは染まりたい』のイメージからペンライトを白く染めている。しかし、ほんの一部だけ紫色が混じっているのだ。
(これは……)
完璧に見えた空間からちらりと覗く違和感。
紫はKURohAのイメージカラーだ。つまりは、『白薔薇さんは染まりたい』の世界観に浸るよりも、KURohAを応援したい気持ちが勝っている人もいる、ということなのかも知れない。
そうだ。そうなのだ。
遊子には、遊子にしかできない表現がある。爽やかだけではない白薔薇さんの魅力を引き出すことが、自分にはできる。
(……仲瀬。覚悟しててよね)
自分のターンを終え、拍手と歓声に包まれるKURohAを見つめながら、遊子は心の中で語り掛ける。
――今度は私が、この会場を真っ白に染めてみせるから……!
彼女の背中を追いかける日々はこれで終わりだ。
そう言わんばかりに、遊子は小さく唇をつり上げた。
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