故郷の村を、魔女さまといっしょに、燃やしてみた。

柳なつき

犬であり、悪魔でもあり

 故郷の村を燃やしてみた。



 ……ゴウ。パチパチ、パチ。

 真っ赤な炎が、軟弱な村を覆い尽くし嘗め尽くしていく。

 逃げ惑う村人たち。容赦はしない。すぐに燃やす、発見しだいすぐに、杖の先を向けて小さく呪いを唱えてみますれば、さあ、さあ、――ただの黒焦げ。


 ちょっと故郷に野暮用ありまして、

 だからまあついでに、十年以上ぶりに帰郷したことの記念も兼ねて、こうして村をフランベしてるというわけだ。


 俺の放った小さな火種は憎悪を吸って業火となった。

 丘の上からの眺めはたいそう、よい。――かつて少年時代の仲間たちとともに駆け上がったこの、野っぱらの丘。



 ああ。燃える。たいそう、燃えてる。



 聞き慣れたヒールの音が背後でカツン、まるで氷上を垂直に穿つかのような音を立てた。俺は口もとで小さく笑う、――ふりかえらずともむろん、わかる。そのひとが。そのひとは。

 けれども彼女への俺のできる最大限の敬意として、ふりむく――



 百年の魔女がそこでわらっていた。――黒ずくめの、正式の魔女装束。

 ああ魔女さま、……俺の魔女さま。



「楽しそうだね。チャルトよ」


 俺ははにかんだ。


「ええ。楽しいです。――はしゃいでしまって貴女さまには申しわけない」

「どうして? ……村を焼く、のは楽しいことよ。……そうだね。でももっと上が、ある。

 チャル、おまえには見せてあげる。世界のもっと広いことを。

 村より、街。街より、城。そして城より――」

「世界、ですか」


 魔女さまは、微笑んだ。だから俺も、微笑んだ。


「……はは、相変わらず理想が高く妥協を許しませんね!」

「そんなたいしたものじゃないよ、――世界を青い炎で燃やし尽くしたいだなんてただの傲慢さ」



 俺は、だまった。――俺の出す炎は、いまもまだ赤い。

 魔、に属する者だけが出せるという、真っ青な大海にも似ているという炎――どうすれば、俺にもそれが出せるんだろう?



「……魔女さま。私ももっともっと、魔のものに、なりたいです」

「まあ、急ぐな急ぐなチャルよ。――おまえがわたしとずっといてくれることはわたしは確信しているのだからね。

 ねえ。信じてもいいのだろう? ――村のいちばんいらない子だった捨て子のチャルトくん。……犬も同然、むしろ犬以下の扱いを受けて、チャルだなんて、犬みたいな名前をつけられて。

 かわいそう、かわいそうだったよ――だからおまえだけはわたしとずっといっしょにいてくれる、だろ?」

「……もちろん。ええ。もちろんですとも。貴女のためなら犬でもいい」

「ようく覚えているよ、わたしがおまえを拾ったとき――藪に絡まってわたしを見上げたおまえは人間ではありえない目をしていたね、いい目だった……いい目だったよ、だからわたしはおまえを拾った……育てた……だいじなだいじなペットとして、かわいがりにかわいだった……」



 俺は、小さくうつむいた。

 どちらでもいいのだそんなことは、……どちらでも。



 貴女のおそばにいられるならば――犬にもなるし、悪魔とも契約する。

 それに、……故郷の村を燃やすことくらい俺は、もう、ためらわない。



 俺も――おなじ黒を、ゆるされたのだ。

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故郷の村を、魔女さまといっしょに、燃やしてみた。 柳なつき @natsuki0710

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