最終話 恋に理屈はないです!
「あ、おれは大丈夫ですので」
目を合わせるのもいやで、無駄にレジ周りの片付けをする。スーツ姿の神さまは「持田くん」と声をかけてくる。いやだ、もう帰って!
「持田のぞむくんよ」
「なぜ名前を」
「私、神なんでね(どや顔)」
コワッ。個人情報筒抜け。ヤダ、騙されてもいいと思ったけど、それは世松野さんのためだからっ、パワーストーンとかいらないからっ。
「あの、他のお客さまに」
「客いないよね」
「もうすぐ」
「来ないよ。神だからわかるし。ていうか、私『恋の神さま』なんだけどね。持田くんさ、
これは……、世松野さんの査定か? なら褒めとこうかな。
「素敵な方だと思いました、けど?」
「ほう」
「真面目そうで。仕事熱心、みたいな?」
「ほう。で?」
「で?」
「うん。好いた?」
「す、好きかどうか、は、……(世松野さんの泣き顔が浮かぶ)……好きですね。めちゃ、可愛いっす。トキメキましたね。彼女にしたいっす。いやー、おれなんかじゃ無理っすけどね、あははは……はは、あー、え?」
神さまは「まあ一日じゃ時間足りないよね」とじろじろ見てくる。
「でもね。神でも限界あんの。彼女、気の毒だったからね、未練なく逝かせてあげたかったのよ。ま、想いは伝えられたみたいだし、持田くんもありがとね」
じゃ、と立ち去ろうとする神さま。と、そこで常連の噂好きおばちゃんが店内に駆けこんできた。
「あたし、嘘教えちゃったみたい。さっき裏のおじいちゃんと話してたらさ、昨日のあれ、通り魔だったんですって!」
「え」
おれはおばちゃんと神さまを交互に見た。ざわざわする。ヤバイもん見ちゃった、だってさっき……
「持田くん、聞いてる? 昨日の、痴話げんかじゃなくて通り魔だったのよ。怖いわねえ、こんな近所でさあ。犯人、誰でもよかったみたいなこといってるらしいわ。物騒な世の中ね」
興奮してまくしたてたあと、おばちゃんは「お向かいのチーちゃんにも教えてあげなくちゃ」と店を出て行った。さっきと同じように、神さまのからだをすり抜けて……
「あの」
「うん、だからいってるよね。私、神だって」
恋の神さまね、とつけ加えたあと、神さまはスーツの胸ポケットから手帳を取り出し、さらさらっと文字を書いておれに見せてきた。
「読んでみ。反対から」
記されていたのは、『よまつのたなあ』だった。反対から、て……?
「……重い。怖い。どゆこと?」
「な。重いべ。でも願望だった、あの子の」
「い、いつから。これ呪詛ですか?」
恋の神さまだから、恋が成就するまじないを彼女に教えたのかと思った。が、神さまは「いや、あの子、死んでるから」とあっさり。
「え、じゃあ」
「いや怨念とかじゃないから。憑りつくとかもないし。あの子はさ」
そうして、おれは何があったのかを知った。
重すぎるよ、世松野さん。
いやこれは彼女の本名じゃないのか。本当の名前はなんていうんだろう。とにかく、いくら彼女できないからって、ストーカー気質な恋人はいらないよ、てつっぱねるべきなんだろうけどさ、なんだかんだで事情を知ったおれは、思い切った行動に出てしまった。
「神さま」
「あいよ?」
「神さま、おれの願いも叶えてくれますか?」
「恋しちゃってるなら」
「しちゃってます。これで好きになるとかヤバいですけど、恋に理屈はないです!」
「いいね。で、願いとは?」
「なんでも出来ますか?」
「出来るよ、君の恋濃度(想いの強さ)しだいだけど」
「だったら、おれの願いは――」
結果として。おれの恋濃度はかなりいい具合だったらしい。願いは叶った。
「お巡りさん、あそこです!」
おれは通報して通り魔逮捕に貢献した。自分で犯人を捕まえたほうがカッコイイのだろうけど現実主義だし、やり返されて、今度はおれが死んだらまずいからね。
残念ながら、おれは世松野さんの本名を知らない。でも、彼女は助かったし、これからデートに誘うつもりだし、付き合うつもりだし……ゆくゆくは結婚もしちゃう!
世松野さんは密かにコンビニ店員のおれに恋していたという。ぜんぜん気づかなかったけど。でも昨日、通り魔に襲われて……、そこで恋の神さまが登場だ、世松野さんは未練をなくすため、おれに会いにきた、そして……
だから、すべてを知ったおれは、恋の神さまに頼んで一日時間を巻き戻してもらった。そして通り魔に襲われる世松野さんの未来を阻止した。神さまの力ってヤバいな。
もちろん、世松野さんは、通り魔に遭う未来が自分にあったなんて知らない。でもこの話は秘密にしておこうと思う。恋の神さまのことも。
「あ、あの」
でも彼女も驚くよね。背後でいきなり刃物持った男が現れて逮捕される、とか助かったけど怖いよね。ここはおれがカッコよく決めてやるぜ!
「おれっすか?」
自己紹介しましょう。私の名は、
「スデトツ オノミキ です」
ドン引かれた。いやこれ、あなたがやった手法じゃああんっ!!
恋の神さまと世松野タナア 竹神チエ @chokorabonbon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます