第3話 人生一度くらい失敗しよう
でもやっぱり何だか寂しい、というか気になる。詐欺じゃなかったのかも。デートの誘いと告白をうけたわけだし。デートさきで怪しげなセミナーに参加させられるか、謎のパワーストーンを買わされるのかもしんないけど、でもなんか気になる。
……可愛い人だったな、
いかんっ、貴様しょせん顔しか見てないのか! ちがう。ちがーうっ。そりゃあ、なんだかんだで雰囲気とか理想のタイプだったけど……ちがーう、詐欺でもいいとかじゃないから。そこまで女性に飢えてないぞ、いや飢えてますけど、飢えてますけど、孤高なだけなんだっ。
うがーと頭抱えていると、新たな来客が……じゃない。
「持田さん」
はい、世松野さん再登場!
「あの。やっぱり私、ここで終わるのは未練なんです」
世松野さんは半泣きですがるようにおれを見てくる。うぐぐ、よほど彼女のボス(か動画撮影している彼氏)が怖いのかもしれない。
そうだそうだ、彼女に悪気はないんだ、いや悪気はあるだろうけど、仕方なくやってるんだ、きっと世松野さんの良心はちくちくしている、でも弱みを握られたかなんかして、びくびくしながらも再挑戦しにきたんだ、てことは、紳士たるもの、騙されたふりくらいしても罰はあたらないかもっていうか、こんなことしてたら、お前らのほうこそ罰があたるぞ、世の中そういう風にちゃんとできてんだかんな!
……とか思ったけど、黙っていた。
世松野さんは涙しながら、「神さまがもう一度、ちゃんと持田さんと話してきなさいって。彼ならわかってくれるからって」と、そういうんだ、あれだね、これ宗教の勧誘かな? 世松野さん、動画じゃなくてそっち? と見せかけての動画??
もうね、どっちにしろ、いい。もう、おれいいわ。気の毒になってきた! セミナーに一度くらい顔だしてもいい、動画も顔モザイクならいい、どうぞっ。
「持田さん」
潤んだ瞳、すがる眼差し、噛みしめているくちびる、上気する頬。
はいー、人生一度くらい失敗しよう。うん、騙して!! カモーン、詐欺詐欺っ。罠でも何でもきやがれってんだ。
しかし世松野さんは次の行動に出なかった。レジ前でたたずんでいるだけ。「デートに行きましょう」と称して怪しげなセミナーに誘ってくることもなく、「ぷぷっ、ドッキリでしたー」と嘲ることもなく、ただ本当に悲しげだ。
やっぱ良心の呵責だよ。世松野さんは本来いい人そうだもの。そういうオーラが見える。いや見えねーけど、気分的に見える気がする。素顔の彼女は天然ほんわか女子って気がしてきた、妄想だけどね!
「世松野さん」
本当、一度くらいなら、おたくの教祖さまに会いますよ? ……て、やるから地獄なのかも。あっさり洗脳されてさ。でもなあ、彼女に同情しちまったんだ、かわいそうなんだもん。
「デートのお誘いですけど」
「いいんです」
「え」
「いいんです、忘れて下さい」
忘れていいんですか? もうすっかり預金通帳持参でどこへでも参上する気になってたんですけどね、ちょろ助なんでね!
拍子抜けだ。彼女、再登場したわりに、次の一手に出さないし、もう立ち去ろうとしている。粘って! またボス(か彼氏)に怒られるんじゃないの? あなたが怒られるなんていやっ、行かないで!!
「あの」呼び止めてしまった。
「おれもあなたのこと好きです」
はい、とち狂ったね。アイ・ノウ、アイ・ノウ、知ってる、でも彼女を帰すわけにはいかないの。
だって世松野さん、嘘でもデートに誘ってくれたし、好きといってくれたし、おれもドキドキしちゃってるし、万が一動画撮影なら、めちゃウケ展開じゃね、とかサービス精神満載のおれが行って来いよと背を押してくれたんだもん、なるようになりやがれってんだ。
「本当ですか!」
世松野さん、めちゃくちゃ笑顔になった。太陽直視したくらいキラキラしてるから目が痛い。嬉しそう。それだけボスが怖い人だったんだね。いいよ、どこへでも連れて行きなさいよ、君のノルマ達成に貢献してあげるから!
「私、私。嬉しい」
「おれもお役に立てて光栄」
泣きそう。辛くてじゃないよ、感涙だよ、本当だよっ。
「私、世松野タナアです」
「ああうん、知ってる」
また自己紹介からスタートするの? そういうマニュアルなのかな、ご苦労さまです!
「私。世松野……ああ、どうしていえないの!」
「はい?」
「持田さんっ」
彼女はずいっと身を乗り出して熱弁した。
世松野さんは、ずいぶん前からおれに興味があったこと、でも声をかけられなかったこと、それを後悔したこと、神さまのすすめで思い切ってデートに誘ってみたこと。おれは気になって、つい質問してしまった。
「その。おれのどこらへんが……?」
良かったの、と最後までいえず、にごしてしまう。
ターゲットにバッチリなのは、客の少ない店にいる、ともだち少なそう、地味、金持ちじゃないが趣味は貯金ぽい、恋愛経験少なそう(むしろない)、トラブルに巻き込まれても対処スキルゼロ……など、いろいろ思い浮かんじゃったけど、こういう場合、世松野さんはとってつけたような褒め言葉をいうはずだ。で、おれも嘘とわかって喜んじゃうんだろうなあ。
……なんて予防線はってたら、ぜんぜんちがう言葉が返ってきた。
「持田さん、孫に頼まれたって、おばあちゃんがお菓子探していたとき、熱心にどれのことか調べてあげてたし(結局ここには売ってなくて大手コンビニの新作スイーツだった)、何回も同じこと話すおじいちゃんの世間話に、いつも笑顔で付き合ってあげているし(若かりし頃の苦労話という自慢話)、おもちゃの小銭でアイス買おうとする子どもに、自腹で買って渡してあげてるし(そろそろ親に請求したい)、通りのお地蔵さんにいつも手を合わせてるじゃないですか。素敵すぎます!」
見てたのね。なんかこぞばゆい。嬉しいというより、こそばゆい! やだー、褒められてるのかネタにされてるのかわかんない、この感覚どうしたらいいのよ。
あわあわしているおれに、世松野さんは「だから、私、世松野タナアになりたいんです!」と叫んだ。叫んでから「あーん、神さま!」と嘆き、店から逃げていく。
「な、なんだったんだ」
どっと疲れた。悪い子じゃなかった(いや悪い子か?)と思うけど、世松野ハリケーンが去った後の店内は、しんと静かで寂し……と余韻に浸ろうとしてたらお客さまが来店です。
「どうも、私が神さまです」
教祖が来たああああ!! なんかサラリーマンみたいな教祖来たああああ!!!
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