恋の神さまと世松野タナア
竹神チエ
第1話 出会いは思いがけなく
大学生になれば、おれも彼女のひとりやふたり、簡単にできると思っていた。
そりゃあ連日合コンに繰り出すとか、道行くお姉さんにナンパしまくるとか、派手でウェーイなサークルでパァリーナイではないですよ。
コンビニ(と名乗っている個人商店)でバイトしてますけど、出会いなんてもんは思いがけなく転がり落ちていて、そこから恋に落ちていって、めくるめくラブストーリーが展開するとか妄想するじゃないの。
でも何も起こらないもんですね。まったく。あれ、おれ死んだかな? ってくらい変化のない毎日ですよ。
おれより、まあ、はっきりいっちゃいますけど、低レベルだと思う愚か者にも彼女いたりしますからね。げっ、て美点が見当たらない男でも、浮気してたりしますから。
こちとら彼女ができたら誠実さだけは失うまいと心に決めてるんですがね、決めてても捧げる相手がいやしないですけどね!
狙ってる良い子がいるのかって? それもむずかしい質問っすね。可愛いなと思う子はたくさんいますよ。大学でもそこらの道端でも。でも、いざ猛プッシュするとなると、なんかちがうんですよねー。
いやいや言い訳がましいとかじゃなく。草食系? ちがうんじゃないっすか、だって彼女ほしいですもん。めちゃくちゃほしいですもん。
あのね、おれの理想は、狙い撃ちしてゲットするとかそういうんじゃないの。もっと自然なかたちで出会ってー、ああなってこうなってー、気づいたら恋しててー、みたいな。古風? ちがうでしょ、えー? マッチングアプリとかあるじゃないかって? だーかーらー!
「痴情のもつれらしいわよ」
話しかけてきたのは常連の噂好きおばちゃん。おばちゃんが今日購入するのは、抹茶のチョコとシュークリーム、ミルクたっぷりコーヒーの三点だった。おれは会話しながら手慣れた仕草でレジ打ちする。おばちゃんはカウンターにのりだして、さらに情報提供だ。
「被害者はアパートに一人暮らしの若者ですって。外出したところをぐさっと」
おばちゃんはナイフで腹のあたりをさす真似をする。
「マジっすか。昨日のサイレンってそれだったんすね」
昨夜、まだバイト中の時間にパトカーと救急車がサイレンを鳴らして走り抜けていった。何かあったとは思ったけど、まさか身近で事件があったとは。
「その子、亡くなったみたいよ」
しんみり顔をするおばちゃん。こちらも同調してしんみり顔だ。
「気の毒っすね」
「ほんとに。でも犯人はすぐに捕まったって。そこだけは安心だわ」
「ですねー。逃げてたら、怖いっすもん」
おばちゃんは「じゃあ、またね」と陽気に手を振ってガラス戸を押して帰っていく。このコンビニ(を自称している個人商店)に来る客は昔からの常連ばかり。散歩途中によるおっちゃん、おばちゃん、じいちゃん、ばあちゃん、たまに孫(幼児)。
つまり何がいいたいかというと、バイト先で出会いを見つけるのもむずかしいのだ。なに、また色恋の話かよ、て? ずっとそうだわ、ずっと彼女求むしか考えてねーわ。悪いか、キモいか、これが昨今の若者リアル事情ですよ。
バイト仲間も最近孫が生まれたパートのおばちゃんと定年退職したおっちゃんがいるだけ。バイトを変更したらいいのかもしんないけど、ここは家からも近いし、大手コンビニとちがってゆるゆるぐだぐだマニュアルもあってないようなもんだから、働きやすいよね。しかも若手はおれひとりだから重宝されていて、気分もいいし。
お前の恋したい彼女ほしい願望は職場環境に負けるのかって。いや、普通に負けるわっ。キラキラしたオシャレバイトなんかして彼女ができるわけねー、一度挑戦したんだっ、神経すり減って肌荒れしただけだい、思い出させるな、あほー!
だーかーらー、おれはもっと日常のなかで、自然と恋人ができることを望んでんだ。望んでていまの状態じゃねーかって、わかってるわっ。大学でも何のLOVEも始まらねーの、もうヤダヤダ、このまま青春が終わってしまうー。
……そう嘆いていた、日常のなかで。
事件は起こった。
「あの」
それは稀にいらっしゃる若い女性客のひと言で始まった。うちのコンビニ(とおれも呼ぶ)だって地元に住む子がたまに立ち寄ったりするのだ。その稀な出会いのとき、いつもドキドキしている。もしかしたら、この子と……ほわわわああん、妄想だ。
ええ、気持ち悪いですよ。わかってますよ。だから妄想ですって。あくまで妄想でやめてますから。それがはみ出るようなことは一切していません。誓って。なんなら、妄想したあと反省してますから。懺悔の時間ありますから。
いや妄想っていっても、いやらしいことじゃありませんよ。ちょっと会話が弾んでそこから何か進展するかもっていう他愛のないやつですよ。心と心の通いあいですよ、からだとからだのことじゃありませんっ、断じて! おれはジェントルマンなんだ!!
「あの」
珍しい来客との(相手が若い女性だと認識した時点でつい妄想が始まる)うふふあはは、な白昼夢を見ていたものだから、清算後も、まだ彼女がレジにとどまっている現実に反応が遅れてしまった。
「え、どうしました?」
おつりを間違えただろうか。焦っていると、彼女は「あの!」とさらに大きな声を出す。
「私とデートしませんか?」
ぽかーん。どうしましょう、妄想がひどくて幻聴が聞こえるよ。
「あの、持田さん、私とデートしてください」
がばっと頭を下げる女性。たしかにおれの苗字は持田だ。しかし、おれと同い年くらいの、黒髪白肌やせ型オーバーサイズのセーターをゆるっと着こなす普通に可愛い女性が、なぜにいま頭を下げているのか不明すぎて、あの、すみません、理解できません。何事?
「持田さん」「はひっ」
おれの返事は上ずっていた。でも彼女はくすりともせず、もじもじしている。まさに恋する乙女。赤らめた頬、ちらちらとこちらを見る上目遣いの目。間違いない。
「罰ゲームっすか?」
あれだな。どっかで動画撮ってんだろ。
ちくしょう、『店員にいきなりデートの誘いをかけたらどうなるかドッキリ』の動画をネットに上げるつもりだな! くそおおお、撮影してるのは、あほな彼氏だろっ。えええい、そんな不届きな男と付き合うなっ、別れろ、どこだ、どこに隠れてやがるっっ。
周囲をにらみつけて威嚇するおれに、彼女は「あの」と涙目だ。
「……いいっすよ。動画削除してくれるんなら、文句ないんで。もう帰ってください」
彼氏は彼女を置いて逃げたあとのようだ。そんな非道な奴にも、こういう可愛い彼女がいるんですよね、酷いですよね! ああああ、もう泣きそう。こういうネタに使われるなんて、おれ、そんな悪いことしました? お地蔵さん見かけたら手を合わすような善良青年なんですけどね!
「動画って何のことですか? 私、持田さんとデートしたかっただけ」
見る間に彼女の瞳に涙が溜まっていく。「ごめんなさい、忘れて下さい」そういって彼女は店を出て行ってしまった。
「へ?」
いま何が起こっているのでしょう。しかし戸惑っている余裕はない。
おれは「待って!」と彼女を追いかけて店を出た。
もちろんこのときも、一連の流れひっくるめてドッキリだろ、と疑っていた。でも結論からいうと、これはドッキリじゃなかったんだ、そっちじゃなかったんだ、あっちだったの!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます