第2話 脳内で危険信号が鳴り始める
それはさておき、おれたちは公園のベンチに座っていた。
バイトを抜け出してしまったが、一世一代のチャンスが到来しているかもしれないのだ、店長、すんませんっ、おれ男になるかもしれないんです、許して!
「あのデート、とは?」
おずおず訊ねてみる。逃げ出した彼女を追って公園まで来たはいいが、どう会話をすすめたらいいのかわからない。しかも彼女はまだ鼻をくすんくすん鳴らして泣いている。
はたから見たら、おれが酷い男に映るんじゃなかろうか。幸いにも周りには誰もいないけど、いつ午後の散歩に出た杖ついたじいさんが登場するともかぎらない。ハラハラドキドキ、ハラハラドキドキ。
「わ、私」と彼女。おれはぐいと身を乗り出した。
「持田さんのことが、す、す、くふぅ(赤面)」
キィタアアアアア
「私、
「は?」
わっ、素っ頓狂な声を出してしまった。
「あ、世松野さん? ていうんですね」
「世松野タナアなんです」
世松野さんは、おれの顔を凝視している。……なんか気づきますよね、て顔だ。ちくたくちくたく……了解、察しました。
「個性的な名前ですね?」
「それだけ?」
「そ、そうですね。ハーフ?」
がくーん、世松野さんは落ち込む。ヤバイ!
「あ、あのあのあの、素敵な名前ですね」
「……そう思いますか?」
首がもげる勢いで首肯しまくる。
「めちゃくちゃ可愛らしい名前です。た、た」
「世松野タナアです」
「タナアさん、一度聴いたら忘れない名前ですね!」
さっき思い出せなかった事実はこのさい深堀しないでください。世松野さんは「ありがとうございます」と暗い顔で会釈している。うう、おれ挽回できるのか。できませんかね!
「私」
「はい」
「持田さんのことずっと好きだったんです!」
告白だ。初告白だ。ドキドキする。ドキドキする。ドキドキする。興奮しすぎて三回いいました。
「それで持田さん」
「は、はい」
つづく言葉は次のどーれだ?
1 私の彼氏になってください
2 私とデートしませんか
3 私とピーーしましょう♡
正解は。デュルデュルデュルデュル……ででんっ。
「神さまって信じますか?」
あ?
「神さまですか?」
「そうです、神さまです」
世松野さんは手を組みうっとりしている。あかん。脳内で危険信号が鳴り始める。ウゥーウ、ファンファンファン。
「神さまのおかげで、私たちこうして再会できたんです(うっとり)」
警戒警戒。何か危険な香りがしてきましたよ。
「持田さん」
「は、はい」
引き気味のおれにかまわず、世松野さんはつづける。
「持田さんも神さまを信じますか?」
えー、いや、どうでしょう?
「そ、そうですね。神社とか好きですよ」
「私が見た神さまは、恋の神さまだそうです」
「恋?」
おれの声はひっくり返っていた。でも世松野さんは満足そうにうなずいている。
「そう、恋の神さまなんです」
で。で?
「持田さん」
世松野さんはおれの手をにぎろうとした。が、とっさに身を引いて避けてしまった。
「私に残された時間は少ないんです」
「はい?」
「私、もうすぐ」
そこで世松野さんは「うう」と顔を手でおおう。
「もうすぐ天国に行かなくちゃいけないんです。でも最後に持田さんに会いたかった」
頭に浮かんだワードは、次の五つ。膨大な手術費、払えない彼女、払うおれ、借金地獄、彼女本当は健康。末路、詐欺被害。あかーん。
「あの、おれ宗教の勧誘も興味ないですし、金も持ってないんで」
そろーりそろーり、おれは世松野さんから距離をとる。そうだよな、こんな可愛い子とお近づきになれるわけないよな。ははは……ドッキリか? おい、本物のあほ彼氏がどっかで撮影してんだろ、ちくしょうっ、再生回数に貢献なんかしてやるもんか!
おれは「持田さああん」と叫んでいる彼女を放って公園から逃走した。
バイト先のコンビニ(誰が何といおうとコンビニ)に帰還したおれは、プルプルしながらレジ待ちをしていた常連のじいさんに謝罪し、急いで通常業務に戻った。
胸がバクバクする。はじめからおかしいと思ってたんだ。でも、もしかしたらって期待しちまった。はぁあ、さすがにショックだよ。さっさと忘れよう、そう思ったのに。
「持田さん」
じいさんと入れ替わりに、世松野さんが店内に。さすがのおれも戦慄する。いやああ。
「私、持田さんを困らせるつもりはないんです。ただ」
と、世松野さんは黙りこみ、
「持田さんの理想のタイプってどういう女性ですか?」
「り、理想っすか?」
なんだよ、次はちがう女性をおれに寄こす気かよ。詐欺怖い! 勧誘怖い!!
「り、りり、りり理想なんてないっすよ。あの、他のお客さんに迷惑なんで、帰ってもらえますかね」
びびりまくりだったが、おれはコンビニ店員として着然とした態度をとる。しかし世松野さんはぐるりと周囲を見て、
「お客さん、私ひとりしか」
「来ます、もうすぐ誰か来るんです!」
とにかく出て行ってもらいたい。びしっと出口を指さして、「帰ってください」といってやった。世松野さんは、ものすごく悲し気な顔をしてうつむく。
「そうですよね、迷惑ですよね。でもどうしてもこのままはいやで」
「ノルマでもあるんですか」
あまりに悲痛な表情をするので、つい同情してしまった。彼女が何の組織に属しているのか知らないが、ブラックな事情があるのかも。かといっておれに大金を出す余裕も、怪しげな宗教に帰依なんか無理だけど。
「すみませんでした」
世松野さんは深々と頭を下げる。泣きながらそう謝罪されると胸がざわざわする。おれは「いや、もういいんで」と頭を上げさせようとした。
「持田さん」
世松野さんは涙を拭うとにっこりした。ドキッとしたけど無理して笑っているみたいだった。なんだか切ない。
「不快でしょうけど、好きなのは本当なんです」
世松野さんは顔をくっとしかめて、泣くのを我慢している。
「それだけはいっておきたくて。神さまにお願いしたんです」
出た、神さま。と思ったが、世松野さんはそれっきりで、「失礼しました」と帰っていく。なんだよなんだよ、もっと強引にきなさいよ、ちょっと寂しくなってしまった。寂しいのはおれのロンリーライフですけど。詐欺ですら逃したくない、持田ですよ。
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