第10話 大魔女の家


 祖母の家までは町から歩いている数十分。

 瘴気の風が穏やかな時は、町からどうにか目視できる距離にある。

 あいにく今日は風が強く視界が悪い。


「大丈夫ですか? シェリ」

「大丈夫!」


 風除けになるように、ロジエがわたしの前に出てくれる。


「行く方角はわかりますか?」

「もちろん。この地面に埋まってる石を辿って」


 わたしが示したのは、地面に等間隔に埋まる石。人工的に四角く切り出されたもので、荒地の中にあっても目立つ。


「わかりました。シェリは私の後ろへ」

「ありがとう」


 ロジエが先頭になって歩き出す。

 わたしよりずっと体の大きいロジエの背中の後ろはとても歩きやすい。

 足元の埋まる石を踏みながら進んでいくと、やがて要塞のような建物が見えてきた。


「あれですか?」

「うん!」


 塀に囲まれた建物は個人宅には見えない。

 なんでも、昔は魔法使いの駐屯所のような役割をしていたらしい。

 魔法使いたちはこの場所を拠点に周囲の地域の浄化を行なっていたんだそうだ。

 しかし、時代が進むにつれ、魔法使いの数が減り、この周辺よりも浄化する優先度が高い町へ魔法使いが移動してしまった。

 そのため、ここで暮らす魔法使いはいなくなり、祖母がこの建物の権利を受け継いだという。

 大きな扉の前に着くと、わたしは荷物から鍵を取り出した。

 扉に伴い、鍵も大きく時代を感じさせる重厚な造り。

 ガチャリと重い音がして、解錠される。

 わたしだけではゆっくりとしか開かない重い扉をロジエが手伝って開けてくれる。

 隙間に体を滑り込ませるように扉を潜ると、中からまた鍵をかけた。

 内側は外とがらりと風景が変わる。

 地面からは草が生え、小道の両側にある木には葉が生い茂っている。

 瘴気はなく、浄められた土と緑の空間だ。

 わたしはマスクを外した。


「ふぅ。やっと着いた」


 ロジエもわたしに倣ってマスクを外す。


「ここにシェリのお祖母様がいるのですか?」

「それはわかんないけど、ここがお祖母ちゃんの家。わたしも小さい頃はここで育ったんだ」

「そうなのですね!」


 わたしが育った場所と聞くなり、ロジエは興味を持ちはじめる。

 ずっと思っていたが、わたしに対しての好感度が高すぎではないだろうか……。


「住居はもっと奥だからついてきて」


 歩きやすいように煉瓦が敷かれた道を歩く。

 外に比べたら緑が多く、清浄な空間ではある。

 けれど、以前はもっと花と緑で満ちていた。

 お祖父ちゃんが生きていた時は、もっと――。

 記憶にあるよりも閑散とした前庭を抜けると、建物が見えてくる。

 箱に三角の屋根がついたような大きな建物。

 これが祖母の家だ。

 鍵を開けて中に入る。

 入ってすぐのところは広い玄関ホールだ。


「お祖母ちゃーん!」


 室内に向かって呼びかけてみるが、特に反応はなく、人の気配を感じない。


「やっぱりいないみたいだ」


 せっかくここまで来たし、もしかしたら会えるのかもしれないと思っていた。しかし、期待は空振りに終わった。

 玄関ホールから右手に進む。

 ロジエもきょろきょろと家の中を見回しながら後ろをついてくる。

 右の部屋はリビングルームだ。

 大きな窓からは光が差し込み、そのおかげで室内が暖かい。

 数年ぶりとはいえ、変わらない家具の配置を懐かしく思う。

 と、その時。

 衣擦れの音がした。

 ロジエは素早くわたしの前に出てくる。


「ほぁ〜」


 気の抜けた鳴き声とともに、出窓の窓台のところにあった黒い毛の塊が動き出した。

 楕円から縦に盛り上がり、そのあとで横に伸びる。

 両端には耳と尻尾。


「猫……?」


 ロジエがあっけに取られた顔で呟くと、猫の顔がこちらに向いた。


「いたのね、ノア」


 反応がないからてっきりいないのかと思っていた。

 寝ていた場所にちょこんとお座りしてこちらを見ているのは、長毛の黒猫であるノアだ。

 ロジエを追い越して窓辺に向かうと、わたしはノアに顔を近づける。

 すると、ノアは自分の鼻でわたしの鼻にちょんと触れた。

 わたしは手を伸ばして、頬を撫でる。もふっとしつつも滑らかな毛の手触りがとても気持ちいい。

 手を顎の下に持っていき、くすぐるように撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえた。


「お祖母様の飼い猫ですか?」

「あー、飼い猫っていうか――」


 ロジエの問いにわたしが微妙な顔をして答えようとした時。


「吾輩を低俗なペットと同じにするなよ、小僧」


 答えたのは低い声。

 音の出た方を見て、ロジエはポカンとする。


「ノアはお祖母ちゃんの使い魔なの」

「ふんっ」


 わたしが紹介すると、ノアは黄色い目でロジエを睨みつけた。


「……猫ってしゃべるんですね」


 不思議なものを見るようにノアを眺めるロジエ。

 たしかに人語を話す猫は不思議ではあるが、ロジエもたいがい不思議な存在なんだよな、とわたしは思う。

 飼い猫という言葉が気に入らなかったのか、ノアは不機嫌そうに尻尾を揺らす。

 黒く長いその尻尾は三つに分かれていた。

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種を育てたらイケメンが生まれました! 甘沢 林檎 @amasawaringo

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