第9話 辺境の町フロンテラ


「着いたー!」


 ずっと座っていて固まった体を思いっきり伸ばす。

 一方、ロジエはというと……。


「シェリがくださった切符が……」


 回収されてしまったのがよほどショックだったのか、ロジエはしょんぼりしている。


「ロジエ、そろそろ行こう。じゃないと日が暮れちゃう」


 わたしは声をかけるが、ロジエは沈んだままだ。

 ちょっと可哀想かな……。


「えっと、ほしいものがあったら一つくらい買ってあげるよ?」

「えっ!」


 ロジエがパッと顔を上げる。


「この後、食料を買ってからお祖母ちゃんの家に行こうと思ってたから、その時にほしいものがあればいいよ?」

「それはなんでもいいのですか?」

「なんでもはよくないけど、高いものじゃなければ」

「では、シェリが使っていたものを何かください」

「わたしが使ってたもの?」

「はい」


 ロジエの希望にわたしはうーん、と唸る。

 性別も体格もタイプも違うロジエに、わたしのものは合わないと思うんだけどなぁ。


「ダメですか……?」


 あげられるものがぱっと思い浮かばなくて、わたしはロジエに提案する。


「じゃあ、ポケットチーフは?」


 ロジエの胸ポケットを飾っている銀色のポケットチーフ。それにわたしは目を留めた。


「ポケットチーフならなんとか作れるかも? それか刺繍を入れるとかなら……」

「ぜひ! これに刺繍を入れてください!」

「わ、わかったよ!」


 胸ポケットからポケットチーフを取り出して、わたしに差し出してくるロジエ。

 わたしは両手を前に出してそれを止めた。


「あとでね! 今はしまっておいて」


 さすがに今預けられても困る。汚したり無くしたりしたら大変だし。


「とりあえず買い物して、お祖母ちゃんの家にいこう」



 

 辺境の町・フランテラ。

 それがお祖母ちゃんの家に一番近い町だ。

 小さい頃はお祖母ちゃんの家で育ったので、この町のこともよく知っている。


「シェリが住んでいる町とは随分雰囲気が違いますね」

「こっちの方がかなり田舎だからね。人の数も少ないし」

「でも町自体の大きさは変わらないような……」

「広さはたぶんフランテラの方が大きいかな。大昔は主要な都市だったみたい。今はすっかり寂れちゃってるけどね」


 町の大きさはその名残り。

 今は廃墟ばかりのハリボテの街だ。

 それでも田舎でゆっくり暮らしたい人が移り住んでくる。

 便利さはないが、必要最低限のものは揃うし、何より空気が少し綺麗。

 療養地として利用する人もいる。

 懐かしい町並みを見ながら、食料品店に向かう。


「こんにちはー」


 何年ぶりかに訪ねると、店番をしていたおばさんがわたしを見て驚いた顔をする。


「もしやオリヴィエ様のお孫さんかい!?」

「はい。お久しぶりです」

「まあまあ、すっかり綺麗になって! こっちに戻ってきたのかい?」

「いえ、祖母に会いにきたんです」

「あら、そうだったの! もしかして後ろの彼はいい人? イケメンを捕まえたじゃないか!」

「や、そういうわけじゃなくてっ……!」


 おばさんはロジエを見て、わたしの彼氏と思い込んでしまったらしい。

 にやにやしながらロジエを観察している。


「それより最近祖母と会われました?」

「オリヴィエ様? 最近は会ってないわね〜。前回いらっしゃったのはひと月前かしら」


 祖母が家にいる時はだいたいこの食料品店から食料を調達している。

 ひと月ということは、魔法協会の方にいるんだろうか。

 不在でもとりあえずは家に行ってみよう。

 そう思ったわたしは、数日分の食料を買い込んで店を出た。




 それから向かうのは、東側の町の門だ。


「町を出るんですか?」


 ロジエの問いにわたしは頷く。


「お祖母ちゃんの家は町の外にあるの。そんなに遠くはないんだけどね」

「では私の出番ですね」


 ロジエは任せろと言わんばかりに胸に手を当てる。


「そっか。ロジエがいたら心強いね」

「お任せください!」


 やる気満々のロジエにわたしは小さく笑う。

 そんなことを話してるうちに門に着いた。

 閉まっている門の横にある小さな詰所を覗くと、中には居眠りしているおじさんがいた。


「おじさーん!」

「んあ?」


 わたしの声にビクッと体を揺らしたおじさんは寝ぼけ眼で顔をあげた。


「あんたはオリヴィエさんとこの……」

「はい。門を通りたいんですけど」

「あいよー」


 門兵のおじさんは、のそのそと椅子から立ち上がる。

 その間にわたしは荷物の中からマントを取り出した。


「ロジエにも」

「ありがとうございます」


 わたしのマントだから、ロジエには少し小さいけど、ないよりはいいだろう。

 羽織るとロジエはマントの裾を持って、顔を寄せた。


「シェリの匂いがします」


 そう言ってへらりと笑う。


「ちょっと! 長いこと仕舞ってたんだからあまり嗅がないで……!」


 住んでいた町ではマントを使うことはないから、ずっと仕舞い込んでいたのだ。ちゃんと洗濯はしていたが、状態がいいわけではないのがはずかしい。


「おーい! 準備はいいかー?」


 おじさんがわたしたちを呼ぶ。

 しっかりとマントを着込んで、おじさんの元へ向かう。

 そして鼻口を覆うだけのマスクを外し、別のマスクを装着する。

 顔の前面すべてを覆うマスク。

 それをわたしとロジエが着けるのをおじさんが確認して、彼も同じようなマスクを着ける。

 マスクによってくぐもった「開けるぞ」という声に頷くと、おじさんは門のすぐ横にある扉を開けた。

 ロジエが先に出て、わたしがそれに続く。

 おじさんの「気をつけてな」という言葉と共にとびらが閉まった。




 目の前に広がるのは広大な荒地。


「行こう」


 わたしの言葉にロジエがしっかりと頷いた。

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