第8話 道中


 列車は進む。

 狭い土地にぎゅうぎゅうに立てられた建物群の中をくぐるように抜けていく。

 やがて出発からそう経たないうちに列車は一時停止する。

 ああ、いよいよかとわたしは心の中で身構える。

 周囲の乗客もマスクをしっかりと装着し直している。


「ロジエ、これから町の外に出るよ」


 隣に座るロジエにひと声かけるも、よくわかってなさそうな顔をしている。

 しかし、説明をする間もなく列車が再び動き出した。

 窓から分厚い門が見えた。

 そこをゆっくりと通り抜ける。

 すると、景色が一変した。

 岩と土だけの荒野。

 生きているものが何もなく、ただ乾いた土地が広がるだけ。

 空気も淀んでいる。

 窓ごしには靄がかかっているように見えるが、すべて穢れから吹き出した瘴気である。

 車内にいるので大丈夫だが、外に出たら高性能のマスクがない限り生きていくのは不可能だ。

 喉が爛れ、胸の中が焼けてしまう。

 水があっても酷く穢れているため、飲んだとしても渇きが癒えることはなく、命が尽きるだけ。

 町の外では、人も動物も植物も生きていけない。

 そんな世界なのだ。


「町の外はこうなってるんですねぇ」


 ロジエはわたし越しに窓の外を見て呟いた。

 その声音の呑気さにわたしはムッとする。


「列車の中だからこのマスクだけでいいけど、それでも長時間になれば車内の空気もだんだん穢れてくんだよ?」

「そうなんですか。でも私がそばにいるのでこの列車が壊れない限り大丈夫ですね」


 ロジエは自信ありげに胸を張る。それにわたしは首を傾げた。


「……どういうこと?」

「言いましたよね? フロルは空気を浄化できると。今現在も空気は浄化されてますからシェリが穢れる心配はありませんよ」

「もしかしてロジエは常に空気を浄化してるの?」

「そうですよ」


 フロルのことを説明された時に土と空気を浄化できると言っていた。

 ただそれは、魔法使いのように意識的に力を込めて、浄化するんだと思っていた。


「それってお花みたい」

「もともと花ですので」


 まさかお花そのものと同じように浄化するとは予想もしてなくて、驚いてロジエを見るとさも当たり前のようににこやかに言った。

 たしかに町の外に出て結構経つのに、息苦しさは全く感じていない。


「もしかしてロジエはマスク着けなくても大丈夫だったりする?」

「ええ。シェリが着けろとおっしゃったので着けていますが」

「なるほど……。とりあえずここで着けないのは目立つからそのまま着けてて」

「わかりました」


 町の外に出て、マスクを着けない人はいない。フロルをどう扱ったらいいのかわからない状態で目立っていいことは何もないのだ。

 ……正直、容姿だけで目立ちまくってるけどね……。

 ロジエとこそこそそんな話をしていると、車輌のドアが開いて誰かが入ってきた。

 金属が小さく擦れる音を響かせてやってきたのは、金属の甲冑を頭から足先まで身につけている人だった。

 魔法騎士である。

 魔法騎士とは、魔法使い以外で穢れに対抗できる職業の人だ。

 浄化の力はないが、穢れに対抗できる武器と装備を持っている。


「あの格好の者は何者ですか?」


 通路を歩いてくる魔法騎士を見て言うので、わたしが説明すると、ロジエは「ほぅ……」と少し興味があるような声を出した。


「でも、魔法騎士が来たってことは、今日はちょっと危ないのかも……」


 列車には必ず魔法騎士が同乗している。

 それには理由があった。

 魔法騎士は、車両の中央あたりにくると、車両全体をぐるりと見渡した。


「皆さん、この先に魔物が出ました。そのため、列車は一旦停止しますが、席に座ったまま動かずにお待ちください」


 魔法騎士の言葉に車内がざわめく。


 ――魔物。

 それは植物や動物が穢れによってまれに変異し、凶暴化したものだ。

 穢れをまき散らし、生き物を襲う。

 魔物は、強い浄化の力がなければ倒すことができない。

 ただ、魔法使いは戦いにはあまり向いていない。

 そこで活躍するのが魔法騎士だ。

 魔法騎士の持つ、装備は魔法使いのとても強い浄化の力が込められて作られているらしい。

 そのため、穢れに強く、そして魔物にも対抗できるのだ。


「皆さん、落ち着いてください」


 騒然とする車内を落ち着かせるように魔法騎士が声をかける。


「我々がしっかり対処しますので、ご安心ください」


 自信を感じさせるその言葉は、列車に乗る人々の心を落ち着かせるには十分だった。

 ざわめきが徐々におさまっていく。


「では、いってきます」


 フルフェイスの兜で表情はわからないけれど、キリッとした態度で敬礼する魔法騎士。

 乗客から「頼んだ」とか「がんばって」と声をかけられながら、車両を出て行った。

 その様子を眺めながらロジエが呟く。


「魔物が出るんですね」

「たまにそういうこともあるみたい。でもだいたい魔法騎士が倒してくれるから大丈夫」

「今はそのような役目の者がいるのですね」

「魔物と戦えるのは魔法騎士だけだからね。すごいよねぇ」


 わたしがそう返すと、ロジエはムッとした顔になる。


「私だって魔物と戦えます」

「え?」

「ほら、これで」


 そう言ってロジエは徐に左手を前に突き出した。

 何をするのかと見ていたら、彼の手から花びらのようなものが溢れてくる。

 やがてそれは細長い形に広がり、実体を持った。

 長い鞘に、装飾の施された柄。手の甲を覆う湾曲した金属板。

 ロジエが手に持つのは、レイピアだった。


「そ、それどうしたの!?」

「私の武器です。これで魔物と戦えます」


 得意げに言うロジエにわたしは焦る。


「ちょっ! 今はしまって! そういうのはお祖母ちゃんの家にいったら全部聞くから!」

「で、でも……!」

「早くしまう!」

「はいっ」


 わたしの剣幕にロジエはレイピアを消す。

 キョロキョロと周りを伺うが、幸いにもこちらを見ている人はいなくてホッとする。


「あの、シェリ……」


 叱られた子犬のようにおずおずとわたしを見るロジエ。

 それに小さく息を吐いて、わたしは言った。


「とにかくお祖母ちゃんの家までは大人しくしていてください」

「……はい」

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