マンドラゴラ祭囃子

コトリノことり(旧こやま ことり)

「マンドラゴラ? ここ、日本ですよ?」


「マンドラゴラが出た? ここ、日本ですよ?」


 紺野桔梗は上司からの電話を、デスクの上にだらしなく足をかけながら受けていた。


「はあ……そうですか……。いや、まあ、そりゃ場所はうちが近いですけど、俺はそこらへん専門じゃあないんですが……もっと特異な支部にだって……あ、はい、はい。すみません、わかりました。今日中にですね、はい、処理します」


 面倒な仕事をしたくなくてごねてみたが、意味はなかった。電話を切ってから、盛大に溜息をつく。

 現実逃避のように眼鏡を袖で雑にぬぐってみるが、それで世界がきれいになるわけでも、デスク回りにたまった乱雑なゴミが消えるわけではない。十年近く使っている眼鏡は紺野と同じでくたびれていて、部下からはいい加減買い替えろと言われるが、伸ばした髪を切りに行くのも面倒な無精者の紺野が眼鏡を買い替えるわけもない。

 吸い殻がごちゃごちゃとたまった灰皿を引き寄せて煙草に火をつける。


「はあーめんどくさい案件だなー……外に出たくないからネット関係怪異専門ってことにしてるのに……アイツがはしゃぎそうでイヤだなあ」


 二人しか所属していない弱小支部の事務所のドアが、ばーんと壊れそうな勢いで開いた。


「おはーっす。コンさん、あいかわらず人生に疲れたような顔してるっすね」


 はつらつとした青年が失礼なことをいいながら入ってくる。彼は『ツネ』という名前の、紺野を含めたった二人だけの支部のもう一人の構成員だ。ぱっと見て、「昔野球やってたんすよね」と言い出しそうな短髪の好青年。紺野とは真逆にいそうな人種。

 とはいっても、ツネは人ではない。


「ツネ、そんな風に開けたら壊れるからやめろって言ってるだろ。修理にも金がかかるんだよ」

「支部長のコンさんが仕事してないからお金ないんじゃないっすか。もう少し労働意欲見せたほうがいいんじゃないっすか? キツネのオレに働けって言われるって相当じゃないっすかー?」

「……そういえば妖狐って、こう、葉っぱをお金にかえたりとか、そういうのは……」

「発想がひどすぎる。つーかそういうダサいのやるのは馬鹿タヌキとかっすよ。つか、オレくらいになると葉っぱなくても変身とか一瞬だし」

「いや、今のキミの格好、変身済みだろ。知ってるよ」


 胸を張って威張るツネは一件、気のよさそうな若者にしか見えない。

 けれど、彼は正真正銘、『妖狐』と称して呼ばれる、キツネの妖怪だ。

 紺野はまっとうに人間だが、人外のツネとなぜ一緒に働いているのか。


「ああそういえば、さっき仕事がはいってきたとこだよ。関東支部長から直々の仕事。はー、なんで怪異ってやつはどこでも発生すんのかね?」


 怪異管理保護機関。

 幽霊、あやかし、妖怪、超常現象。およそ通常の道理では考えらえない現象や、または存在にたいして一般人が危害をうけないうちに対策する機関の日本関東支部の末席に紺野は所属している。

 ようは「ヤベーことが起きたら一般人に気づかれないうちになんとかする。人間外の種族とは有効な関係を結ぶようにする。どうしようもない場合はアレする」みたいなことをしている組織だ。

 怪異管理といいながら、組織自体が怪しいことこのうえないが、怪異とは縁のない一般人の日常は、裏でこういった組織が動いているから守られている。日の目をあびることはないが、あびたらあびたで目立つのがこまる人間や人外ばかりが所属しているので、問題はない。


「お! やったじゃないっすか。ぱぱーと片づけて、その報酬でなんかいいもの食いましょうよ。伊勢海老とか買っちゃいます? あと油揚げ」

「油揚げはお前の好みだろ。だけどなあ、今回の案件、発生はインターネットなんだけど、処理するには外に出なきゃいけないんだよ。めんどうだなあ」


 そんな関東支部の中にある弱小支部が、紺野とツネの二人しかいない支部だ。

 元々、紺野は機関の中でも大した能力はない、平凡といっていい。ほんの少し怪異に敏感で、怪異に引きずられにくいような体質をしているというだけだ。出不精だから、「インターネット怪異専門」などと言い切って、事務所で一日SNSや匿名掲示板を周回し、怪異の種がないかを探すだけの簡単かつ単調な仕事をしている。

 そこに妖狐であるツネがいるのは成り行きだ。キッカケとしては、とあるホラーを題材にした投稿が、かなりの感染型呪いとなったことがあり、紺野一人だけでは手に負えなくなった時に助っ人として機関から派遣された。機関には人間にかぎらず、友好的、あるいは暇つぶしに協力する妖怪や妖精たちがいる。ツネもそのひとりだ。その際に、なにごとにも無精で、カップラーメンだけを食べてる紺野を「だらしなさすぎて放っておけない」といって支部に残っている。

 紺野としては一人がいいし、自分とは違いすぎる性格のツネがいるというのは最初イヤでしかなかった。しかし、ツネの作る食事のうまさに負けた。


「コンさんは外に出なさすぎっすよ。でも珍しいっすね、何の依頼なんですか?」

「マンドラゴラの群生がな、出たらしい。出たっていうか、植物だから生えた、が正しいのか? とにかく、神奈川のほうの山ん中に、マンドラゴラが生えたからなんとかしろってさ」

「は? マンドラゴラ? あれ、日本じゃあ環境あわなくて昔からめったにこっちにはでないっしょ。大陸のほうだとわりとメジャーっすけど。あー、昔食べたマンドラゴラの酒と漬物、美味かったなあ」


 ツネはもともと日本ではなく、中国のほうにいたらしい。いわく「五百年くらい向こうで遊んでたけど、暇つぶしに百年前くらいからこっちに来た」ということだ。


「みんなでワイワイ集まって飲むのがまたうまくって……そのマンドラゴラ、採ったらこっちの好きにしていいんすかね?」

「マンドラゴラって薬のもとになったりとか、なんかいろいろ効果あるんだろ? そんな簡単に食っていいもんなのか?」

「あーそれはっすねー、マンドラゴラの持ってる妖力っていうか魔力っていうんすか? そういうのの扱い方が知らないニンゲンだと、モロに影響でちゃうっていうだけっすね。オレらからしたら栄養剤くらいの感覚っす。んで、なんでマンドラゴラなんて日本の山になんか出るんすか? 大陸から誰か密輸入したとか?」

「いや、これは完全に偶然で起きた、魔術現象、らしい。多分原因になった人間たちも気づいてない。早めに発見できたのはパトロール隊のおかげだな。なんでも、一週間前になにもなかったところに、今日いきなりマンドラゴラ畑ができたってさ」

「うわなにそれホラー。あ、そういうの扱うのがうちの仕事だった。それで、原因は?」


 紺野はデスクにあるパソコンでいくつかのSNSとブラウザを立ち上げる。

 ツネが後ろからひょいっと覗き込む。

 上司から貰った情報と、その情報ソースとなっている該当のwebページを開く。


「まず、事象の最初の発生要因として確認できているのはコレだ。今月の頭くらいにはじまった、SNSに参加者たちが小説を投稿するっていう企画らしい。その中の作品で、マンドラゴラをテーマにした話があってな」

「最近SNS発祥の怪異、多いっすよねー。でもそんだけだったらなんも影響ないっしょ。その中に呪術式でも組み込まれていたとか?」

「いや、その話自体や、本人のアカウントにもまるで呪術的なものはない。ただな、組み合わせが悪すぎた。まず、この企画は色々テーマ変えながら、複数回行われてたらしいんだが……今回ので『11』回目なんだ」

「は? 11? 神秘術でもめっちゃ強い数字じゃないっすか」

「それからこのマンドラゴラの話を出した投稿主が、その企画とは別にネット上で小説企画を立てた。企画内容はマンドラゴラをテーマにした小説を投稿するように呼び掛けるっていうやつ。結構参加しているらしいんだよ」

「怪談集めみたいなやつっすね。百物語みたいな」

「そのとおり。なんと、この企画の開催期間は『6』日だ」

「うっわ。完全数7の手前の数字じゃん! え、それで百物語みたいなのしてるわけ!?」

「百物語だったら、99個集まったら、100個目の怪異が現実に現れる儀式なわけだが……この場合は開催期間から『足りていない』状態を満たしている。マンドラゴラの小説の数に関係なく、勝手に『完全な』状態を求めようとするんだよ。そのうえ、この企画の開催日が『22』日なんだ」

「ハ? え、そいつバカなの? 秘数11で呼び込んで、さらに22の秘数で補強してんの?」

「俺も同感だ。さらに付け加えると、この企画は元のマンドラゴラ小説を書いた人間一人だけではなく、複数人で行っているらしい。この企画――もう儀式って言っていいか、儀式を実行する人間はな。なんと、『3』人だ」

「役満ツモったーーーってかんじっすね。ああーそりゃマンドラゴラも生えてきますわ。ここまでおぜん立て出ないわけないっすわ。……あれ、一週間前なにもなかった、って言ってましたよね? で、今日ってことは……」

「そう、今日はこの儀式の最終日――6日目だ」

「うっわ、オレ鳥肌立ちました。いま生えてるマンドラゴラ、前準備じゃん。儀式完了したらその山だけじゃすまないっしょ。ネットでつながってるってことは……日本国内にマンドラゴラ出るんじゃないっすか?」

「まあ、その儀式の影響がこれ以上広まらないように別の担当が主催者のところに向かってるってさ。マンドラゴラの概念を直接書き換えて、『本物のマンドラゴラ』がなんなのかわからない状態にする。召喚関係の儀式はイメージが大事だからな。認知イメージを書き換えることで、儀式の完成を防ぐってことだ」


 もしもこの儀式が完成されていたら、かなりマズイことになっていただろう。

 大勢の人間の『マンドラゴラの認知』を集め、概念を補強し、伝説だけではなく『本物』を呼び出す。

 ただの植物ならまだいいが、マンドラゴラの悲鳴を聞いた人間は――発狂、ないしは死ぬこととなる。

 それが同時多発的に日本各地で起きたら。機関の全力を投じてようやく収まるかどうか、ということだろう。

 今はまだこのインターネット企画の母体が日本国内のものだからよかった。これが日本国外のものも参加できるものであったら――そんな恐ろしいことは、考えたくない。


「ま、儀式についてはそれで終わり。だけどもう生えちゃってるマンドラゴラはあるから、それはそれで処理しなきゃいけないっていうわけ。ようはそのマンドラゴラ収穫がうちの仕事」


 紺野は灰皿に煙草をおしつけて、吸い殻の山をまた増やす。


「だけどなあ……専門外なんだよなあ。昔は犬にひかせるっていうのがよく使われてたらしいが、犬なんていないしなあ。山登るってだけでも疲れるのに。ノイズキャンセラーのヘッドフォンとかじゃあダメかね」

「んな雑なやりかたじゃあ効かないに決まってるでしょ。てか、ニンゲンってそんな非効率的なやり方してるんすか?」

「さあ、専門家がどうやって引き抜いてるかは知らねえよ。だから、とりあえず詳しいやつに連絡を――」

「いやいや、そこの、引き抜くってトコっす」

「は?」


 紺野は思い切りいぶかし気な顔をする。マンドラゴラは地中に埋まっているのだから、抜かなくては処理できない。もしかしてこいつはマンドラゴラごとその地域を爆発させればいいとでもいうつもりか、と睨むようにツネを見る。

 しかしツネはその視線をうけて、にぱっと笑う。


「マンドラゴラは引き抜くから悲鳴あげるんすよ」

「そんなん知ってる」

「だから、引き抜かないで、アッチから地中に出てもらう分にはいいってことっす」

「……はあ?」

「その手段自体は、日本なら古来から伝わってるはずなんすけどね。ま、マンドラゴラがない地域だから知らないのも無理ないっすか。とりあえず、コッチ側の知り合いに声かけますね。まー、夜なら割と集まるっしょ。日付変わる前にはなんとかいけるかな」

「いや、だから、お前何言ってんだ?」


 ツネは――妖狐は、にやり、と唇の端を上げた。


「昔からあるでしょ。閉じこもってる相手には、賑やかして、楽しませて、気を引いて出てきてもらう――宴を開くんですよ」







 登山道から離れた、空を覆うような木々しかない、夜の山の中。

 通常、こんなところに一人でいたら遭難間違いなしだ。しかし、今は月とも星とも懐中電灯とも違う、別の明かりが広がっている。


 青白い人魂。ぷかぷかと浮かぶ行灯。

 夜の影を、あやかしたちの光が照らす。


 猫又に烏天狗、鵺に童子姿の鬼。さらにはピクシー、コロポックル、ノームといったニンゲンとはちがうものたち。

 行進こそしていないが、百鬼夜行というにふさわしい状況が唯一の人間である紺野の目の前に広がっている。

 そして、百鬼夜行がぐるりとかこんだ、その中心にあるのは――まるで人参の葉のような、マンドラゴラの群生。


「さあさあ、みなさーん。準備はいいっすかー?」

「おうおう。久々の宴やなあ。大陸のものを食べる機会なんぞ、この山におったらそうそうありはせんからな」

「山神様にお願いしたら、他の人間が混ざっちゃわないように、誰かきたら山の木で迷子にさせるってえ。そのかわり、とれたらわけてって言ってたよお」

「フフフっ。今日はたくさんウタっていいのね? ウタうわよ?」

「山神様にはあとでこっちからも挨拶にいくっす。それではみなさん、お好きなものをお手にとって、自信があるならその声で。さあ――宴のはじまりっす!」


 ツネの合図で一斉にあやかしたちは笛や三味線、太鼓をかまえる。


 そして始まるは、百鬼夜行による祭囃子。


 それは、不揃いで、一つの曲のていをなしていない。ぴゅーひゃららと軽やかな音が聞こえたと思ったら、どんどんと地を這う低い音が重なる。「ほいなっ」「そおれ」と野太い声や甲高い声が響き、独特な手拍子の音が混ざる。

 おのおのが好きなように吹き、引き、叩き、合の手をいれる。

 なのに不思議と、それは調和をなして、夜空から地面にまで響く、高揚感がたかまっていく。

 紺野だけがポケットに手をつっこんで、演奏に加わらずその様子を端っこで見ていた。


「……俺も、手拍子くらいは参加したほうがいいんかね」


 ぽつり、とつぶやいた声は、どんどん賑やかになる音の音に紛れて誰にも聞こえなかった。



「それそれそーれ。いまこそはなのさかりぞよいのさかいぞ」



 発破をかけるツネの声。合わさるように高まっていくあやかしたちの演奏。



「さあさあ、うたえやおどれや。たれぞおらんかおどるもの。宴のさきがけするものはたれぞ! 宴のさかりにまざらんものはたれぞ!」



 直接響いて残響するようなツネの声がする。聞きなれたはずのツネの声なのに、ツネではないような。何度か聞いたことのある、妖狐としての、人ならざるものの声。

 人の姿のままなのに、うっすらと九つに分かたれた尾が見える。

 囃し立てるあやかしたちの中心、円状にぽっかりとあいたそこにある、緑の葉っぱがピクリと動いた。



「めいめいはっけいめいめいいろどり、さあさこいやこいやこいや」



 ぴくりぴくりと動く葉っぱが、わさわさと揺れる。揺らめく葉はどんどん大きくなる――いや違う、地中から葉の下の部分が出てきたから、大きく見えるだけだ。

 ゆらりゆらりと、自ら、地中から出てきたのは――根っこが二股にわかれている、いびつな人型のような形をしたもの――マンドラゴラだ。

 地中から現れたいくつものマンドラゴラを煽るように、音楽の音がさらに大きくなる。手拍子が早くなる。

 するといびつな形のマンドラゴラは、不格好な二股の足でいましがた自分がいた大地を叩き、頭をゆらす。

 マンドラゴラが、踊っている。



「よいやさよいやさいやさいやさ! ひふみやゆつむにおどれやおどれ! たまのさかりはいまここぞ!」



 あやかしたちが答えるように「よいやよいや」と掛け声をかける。

 それに合わせて、マンドラゴラたちは、百鬼夜行の中心で踊る。

 一夜限りの宴。幻想のような、あやかしと奇妙な植物が踊る祭。

 それを宴の端で眺めながら、紺野は煙草に火をつけた。


「コンさーん。なーに一人でぼーっとしてるんすか」

「……ツネ、お前ここにいていいのか」

「ん? マンドラゴラはもう出てきたし、問題ないっすよ。あとは勝手にみんな酒飲んで盛り上がって、外に出て、生命力ぜんぶつかいきって死んだマンドラゴラをわけたり食べたりしておしまーい。依頼も無事しゅーりょー」


 くるくるとあやかしの奏でる音にあわせて、ステップといえないステップを踏むマンドラゴラ。

 植物が踊る、というのは紺野にはよくわからないが、実際踊っているからそういうものなのだろう。 いびつでも、一見、異種族たちが集まって楽しんでいるようにしか見えない。


「……まあ、確かに自分からでてきたら悲鳴はでないけど。なんかすごい構図。結局死ぬんだろ、マンドラゴラ」

「そりゃそうっすよ。生きたまま食べようとしたら悲鳴あげるし。安全に採れるようにしないとオレらでも面倒っす」


 心底不思議そうなツネの顔に、宴の中心で踊っているマンドラゴラを食べるために調子を上げていくあやかしたちの祭囃子を聞きながら、紺野は「なんでもない」と煙草を吸った。

 いくら人の姿をしていても、好青年のようでも、ツネは人間ではない。

 紺野みたいな、平凡な人間とは違う。


「まあとりあえず、先にこれどーぞ」

「……おい、この酒に浮かんでるやつって」


 ツネがぐいっと出してきたのは御猪口だ。日本酒だろうものが注がれ、その上には緑の葉の一部が浮かんでる。


「大丈夫ですよ、洗ってますし。まあ菊見酒的な?やっぱなんだかんだ鮮度が大事っすから。漬け込んでないけど、これだけでも結構マンドラゴラの味でてますよ」

「いやおまえが言ったんだろ、人間が食べたらモロに影響がでるって……」

「え? コンさん気づいてないんすか、自分のカラダかわってきてんの」

「はあ?」


 言っている意味がわからない。ツネは「ほんとにニンゲンって鈍感なんすねー」と、ヒトの顔をしてひとり呟いている。


「あのね、コンさん。フツーのニンゲンなら、こんな魑魅魍魎たちの近くにいて何の影響もないとかないっす」

「それは、オレは体質的に怪異を引きずらないからで」

「引きずられないっていうのは引っ張られないってだけで、影響受けないのとは違うっす。んーと、ニンゲンで言うと、気、とか霊力とか魔力とか、そーいうのは気づいてないだけでニンゲンにもあるんすよ、回路はあるんすよね。そういうのうまく扱ってるひとたちは機関の上層部にいるから知ってるでしょ?」

「ああ、まあ」


 霊能者、といっていいのか。人なのにヒトならざるもののような人間というのはいる。その存在を知ってるからこそ、紺野は自分が凡庸だと自覚しているのだ。


「コンさん、オレの作った料理毎日食べてるっしょ」

「まあ」

「ちょー基本的なことなんすけど、異界のモノのメシ食べて、なんともないって思ってるんすか?」


 吸っていた煙草が思わず手から落ちた。

 怪異管理保護機関に属しているなら誰でも知っている大原則。むしろ神話にだって出てくる常識。


 ――異界のモノを食べたら、異界のモノになる。


「ま? ちょーっとオレの妖力混ぜ込んだダシにしてるだけっすし~。コッチ側に近づいたってだけっすよ。まあまだ半分はニンゲンでしょ」

「おい、待て、おまえ、それわかってて」

「人を化かす狐の食事を疑わず食べちゃあいけないですよ」


 ツネがにやりと笑う。

 紺野は呆然としたまま、その事実をすぐに受け止めきれなかった。

 凡庸で、不精な、とりえのない人間だと思っていた。

 それなのに、いつの間にか、自分はヒトならざるものになりかかっているという。

 化かした相手を満足げに見るツネは、持っている御猪口を再度紺野の前に差し出した。


「まあまあ、そういうわけで。どうぞ、一献」


 促されるまま御猪口を手に取り、中のモノを見る。

 青々とした緑色の葉が浮かぶ、透明な酒。

 一部とはいえ、人間ならば多大な影響を受けるはずの、マンドラゴラがはいった酒。

 もしもこれを飲んで、何もなかったら。

 ケロリと、いつもどおりの、自分であったら。

 それはもう――紺野の思う、自分ではない。


「……この性悪狐が」


 つぶやき、盃を傾ける。

 こんこん、と狐が笑う声と祭囃子の音がする。


 ふわりと、新鮮な花の香りがした。

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