第7話

 「他にもね、私の会社に乗り込んだり、愛美との連絡を止めさせたり、私へのモラハラだったり、聞きたいことがたくさんあるの」

 吾妻さんに全てを訊ねた。顔が一緒だけど、既にこの人の事を彼氏だとは思ってない。いや思えない。得体の知れない何者かだ。

 彼は少し間を置くと、重い口を開いた。

「……はぁ。こんなのすぐ不審に思われるとははわかっていたけど、この日が来なきゃいいなと心の何処かで祈っていたんだよ」

 そう言う彼の顔は、言葉とは裏腹に、全てが終わったと重荷を下ろしたような微笑をたたえている。

「僕の正体だっけ?ちょっとついてきてほしいところがあるんだけどいいかな」

 彼はレシートを持ってレジに向かった。その後ろ姿は、病室で見てきた背中とは違って見えた。

 彼の運転する車に乗車して、向かったのは郊外にある霊園だった。道中で会話はなく、横顔を伺うとただまっすぐ見据えている。

 彼は何を見ているのか。私達の歪な関係の終わりを見つめているのか。


 冬の霊園は人気ひとけもなく、広大な土地に広がる墓石の群れに、しんしんと雪が降り積もっている。

 未だ無言を貫いている彼の後を追い、一歩一歩積雪を踏みしめる。

「ここだよ。これが真実だ」

 厳しい冬でも葉を散らせない樹木の前で、彼は立ち止まり私に告げた

「ここはね。僕の兄が埋葬されているんだ。樹木葬ってやつだよ」

「あなたのお兄さんがここな?」

 彼に親族がいたとは聞いたことがなかった。以前一人っ子と言っていた気がするが。

「双子のね。穂波さんの隣で笑顔で写っているのが、僕の兄の吾妻孝太。穂波さんと付き合っていたのは兄の孝太であって僕ではない」

 吾妻……孝太……。思い出した。私の彼氏はそんな名前だった。

 いや、それじゃあどうしてこの人は旅行に着いてきていたのか?理由を訊ねると、

「……僕への嫌がらせだよ。君との仲の良さを僕に見せつけて、兄は悦に浸っていたのさ」

「なんでそんなことする必要があるのよ」

「わからないかい?君を好きだった僕への当て付けだよ。兄さんは性格が悪かったからね」

 彼は目の前の木を見つめ、何があったのかを語り始めた。


 兄の孝太は、昔から性格が極端だった。普段は誰よりも大人しいくせに、ちょっとしたことでキレることが多かった。弟の僕にもしょっちゅうキレてたよ。

 学校からもしょっちゅう電話がかかってきて、警察沙汰になることもあった。

 ただ、それも成長と共にコントロールのすべを知ったのか、無闇にキレることはなくなった。

 裏では暴力を使って人をコントロールするようになったけだね。

 そんな兄が君と出会ったのは、街コンだった。

 僕に嬉しそうに言ってたよ。

「運命の相手を見つけた」ってね。

 それまで付き合っていた歴代の彼女達は、皆暴力で支配されていたから、また同じことになるんだろうなと思っていたよ。

 僕も同じさ、兄の暴力が怖かったんだよ。でもね、初めて穂波さんを紹介されたとき、それは杞憂だと思った。

 あの兄と穂波さんが、幸せそうに笑い合っていたから。そしてあってはいけないことだけど、僕は穂波さんに一目惚れをしてしまったんだ。こんなことが兄にバレたらどんな目に遭うかわからない。

 だから墓場までこの事実を持っていこうとしたんだけど、勘の鋭い兄バレてしまった。

 暴力を受けるかと思ったら、信じられないことに僕を旅行に連れ回すようになったんだ。

 なんでだと思う?俺には絶対に手には要らないことを自覚させる為にだよ。こんなに近くにいても、お前は写真を撮るしか出来ない存在なんだって。

 ちょうどその頃には君も兄のコントロール下にあったんだろね。気にくわないと交遊関係や仕事にまで口を出すようになった。

 穂波さんは言われた通りに、親友との関係を絶ち仕事を辞め、兄の都合の良い存在になったんだよ。

 正直見ていられなかった……。このままだと、君は僕みたいに一生兄から離れられなくなる。そう思って、君を助けようとした。

 そして、ある日そんな生活は終わりを迎えた。

 兄を殺したんだ。これで君が自由の身になれたと思った。

 それなのに……君は後を追うように事故を起こした。自殺しようとしたんだ。

 僕は嘆いたよ。そんなに兄の事が忘れられなかったのかって……。

 そしたら君が記憶喪失になったと聞いたんだ。

 その瞬間悪魔の囁きに身を任せてしまった。

 兄がいなくなったこと忘れたのなら、って。

 でもこんな計画いつかはバレるとは思ったけど、まさか写真が決め手になるとは思わなかったけど。


 そこまで言い終わると、彼はこちらを振り向いて言った。「これが君の求めた真実だよ」

 ――私は、全て思い出した。自分が孝太に操られていたことに、そして後を追って自殺をしようとしたことにも――今では何とも思ってないけど、この胸の痛みは、思い出したが故の過去の傷なのか。

「助けようとしてくれたことは感謝する。でも……殺しちゃダメだよ。それだけはしちゃダメだよ」

「……それしか方法は無かったんだよ。でも殺人を犯した事実は変わらない。これから僕は警察に出頭するよ」

 それから最寄りの駅まで送られて、彼はその足で警察署に向かっていった。


 あれから数日経ち、テレビでほんの少しの時間だけ考平さんの事件が流された。

 双子の弟が兄を殺害した。警察の調べによると、動機は怨恨の模様――そんな何処かで聞いたことのある話だった。

 でも私は忘れない。私を助けるために自ら罪を犯した人間がいたことを。彼の面会には忘れずに訪れよう。

 彼の背中は、今日も懺悔をしているだろうから。

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何者。 きょんきょん @kyosuke11920212

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