背後からの一撃

@HasumiChouji

背後からの一撃

 電気の供給も再開された。

 食料や飲料水の配給も始まった……。

 道路も復旧しつつあるらしい。

 ただし、日本を占領した「多国籍軍」によって……。


 始まりは、単に気に入らない意見……いわゆる「リベラル」「左翼」……への揶揄だった。

 ただし、問題が一つ有った。

 俺が有名小説家だった事だ。

 俺がSNSで言ってる「逆張り」をに受けるヤツが多数出て来た。

 俺も、自分の書き込みが拡散され、「いいね」が付く事の中毒になっていたのかも知れない。

 そして、気付いた時には、日本は戦争当事国になっており……戦況はどんどん悪化した。

 SNS上では、俺が戦争を煽って国難を招いた、と云う意見が増えつつ有ったが……幸か不幸か……外国とのネット回線は物理的に遮断され……敵軍の本土攻撃が始まり……。

 海外のサイトにはアクセス不可能になり、国内のサイトへの接続も、日に日に不安定になっていった。

 他の社会インフラと同じく、敵軍の爆撃や上陸作戦で、ネット関係のインフラも機能しなくなっていったのだ。


 畜生、金を稼いでいた時に、調子に乗って「億ション」なんて買うんじゃなかった……。

 都内の高層マンションの最上階まで、配給された食料を持っていくのは、六十過ぎのオイボレにとっては手間だ。

 電気が供給されるのは、一日に数時間だけ……その間しかエレベーターは動かない。

 カミさんとは……戦争の少し前……俺がSNS中毒になってた頃に離婚し、子供達とも縁が切れている。

 部屋に戻った途端、俺は疲れで、泥のように眠ってしまった。


 目が覚めたのは、朝の五時ごろだった……。

「どうするかなぁ……これから……」

 このままでは、俺は戦争を煽り国を滅ぼしたヤツとして……良くて、二度と本は出せない。下手すりゃ……。

 まだ、ネットもマスコミも完全に復旧していないから、かろうじて無事で済んでいるに過ぎない。

「あの手しか無いか……」

 第一次大戦後のドイツで流行ったと言われる「背後からの一撃」説。

 あれを使うか……。

『戦争に反対してたヤツが居るから戦争に負けたのだ』

 その考えを広める事が出来れば……身が危うくなるのは、俺ではなく、俺の気に入らない奴らだ。

 まぁ、これを真に受けるヤツが出たら……それこそ、ヒトラー時代のドイツみたいな事になりかねないが……まぁ、そうなる頃には、俺は死んでるだろう。後の事は、その時代に生きてる連中に何とかしてもらおう。

 さて、その考えを、ネットやマスコミが復旧した後に、どうやって広めるか……。

 明るくなると同時に、俺は、ノートにアイデアを色々と書き連ね、考えを整理していった。


「先生‼ 戸畑礼樹先生、居らっしゃいますか?」

 朝の十一時過ぎ……電気が供給される時間帯になってしばらくしてから、出版社の女性編集者が訪ねてきた。

「ちょっと待って……どうしたんだ?」

「これ見て下さい」

 女性編集者は、俺に一枚の紙を渡した。

『戦争を煽った戸畑礼樹の住所はここだ』

 その紙の冒頭には、そう印刷されていた。

 続いて印刷されている住所は……正確なモノ……つまり、ここの住所だ。

『戸畑礼樹に制裁を加えたい者達は、○月○日正午に、このマンションの前に集まれ』

 おい、今日かよ⁈

 しかも……一時間切ってるじゃね〜かっ‼

「この紙が、都内各地に撒かれてたんです」

 冗談じゃない。誰の仕業だ⁈

 警察は何して……あ……戦争のせいで完全に機能が麻痺してた。


 俺は、慌ててエレベーターで一階まで降り……頼む、降り終る前に電気の供給時間が終るなんて勘弁してくれよ……。

「先生、誰か信用出来るお知り合いは居ませんか? なるべく社会的には無名の」

「出版社で匿まってくれないの?」

「いえ、ウチの会社の住所は先生の自宅以上に知れ渡ってますから……だって、神保町のド真ん中で堂々と看板出してるんですよ」

「あ……」

「先生が、ここに居ないと判ったら、次に暴徒が押し寄せるのは、先生の本を一番出してるウチの会社です」

「隠れるなら……他しか無いのか……」

 マンションの玄関の前まで辿り着いた……。

 通行人の全てが、俺を狙ってるようにしか思えない……。

 いや、待て……俺の住所を知っていたと云う事は……。

 同じマンションの住人か?

 郵便局の人間や宅配便の業者か?

 ネットが使えていた事に登録していた通販サイトの関係者か?

 その時、ふと、ある事に気付いた。

 この御時世に「紙」に「印刷」って、どう云う事だ?

 しかも、あのビラは……読み易い……。文書類のレイアウト構成をやるのに慣れている人間が作ったモノだ。

 おい……まさか……。

 次の瞬間、「背後からの一撃」が、俺の脇腹……丁度、肝臓の辺りに突き刺さった。

「夫のかたき……死ね」

 女性編集者の怨念に満ちた声が……俺が人生で最後に聞く「音」らしかった……。

 そうだ……そう言や、こいつの亭主は……あの戦争で兵隊に取られて、死んだんだっけな……。

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