アフターショートストーリー

『黒いあいつ』

アフターショートストーリー




 僕・加瀬桔梗かせききょうは、今日の放課後にクラスメイトの女子・宝来向日葵ほうらいひまわりに告白。見事に成功し、彼女と恋人として付き合うことになった。

 向日葵の家に来て、彼女の部屋で2人きりでゆっくり過ごしている。向日葵とファーストキスをすることもできたし、告白が成功してから幸せな気持ちが続いている。

 今はベッドに寄り掛かり、向日葵と寄り添い合っている。この体勢になってから、向日葵とはあまり言葉を交わすことなくのんびりと。それでも、隣同士にいることに幸せを感じる。

 向日葵は僕と手を重ねて、左肩に頭を乗せている。彼女の温もりとエアコンの涼しい風が気持ちいい。

 寄り添う向日葵を見ていると、向日葵はチラッとこちらを見てくる。そのことで目が合い、向日葵はニッコリ笑った。


「大好きな恋人と寄り添うのっていいね。幸せな気持ちになれる」

「僕もだよ」

「良かった。あと、あまり話さなくても、桔梗の側にいるだけでいいなって思えるの。それは学校で隣同士に座っているときにも思ってる。きっと、それだけ桔梗のことが好きなんだろうね」

「その気持ち分かるよ。話すのはもちろん楽しいけど、向日葵が近くにいるだけでいいって思えるんだよね。今みたいに、向日葵の温もりとか匂いを感じられるとより幸せで。ずっとこのままの体勢でも幸せでいられそうな気がする」

「……あたしも」


 そう言うと、向日葵は幸せそうな笑みを浮かべて、僕にキスをしてくる。唇から感じる温もりや柔らかさは特別な気がした。

 やがて、向日葵の方から唇を離す。うっとりとしている彼女の顔は艶やかさが感じられて。そのことにドキッとして、体が熱くなっていく。

 再び向日葵は僕の左肩に頭を乗せる。あぁ、本当に幸せだ。このまま平和でゆったりとした時間を過ごしたい――。


「ひょあああっ!」


 突如、向日葵の個性的な絶叫が聞こえてきたのだ。左の耳元で絶叫されたから左耳がちょっと痛い。あと、「ひょあああっ!」なんていう叫び声を聞いたのは初めてだな。


「ど、どうした向日葵」


 向日葵の方を見ると、向日葵は青ざめた顔に。


「あ、あそこに……く、黒いあいつが……」


 震えた声でそう言うと、向日葵はテーブルの方に指さす。

 テーブルに顔を向けると、テーブルの上に向日葵の言う「黒いあいつ」……一般名称ではゴキブリと呼ばれる虫がいたのだ。黒光りした体はなかなか立派。チョコクッキーのあるお皿の近くにいる。


「ゴキブリか。クッキーの甘い匂いに誘われたのかな」

「き、きっとそうね。あたし、夏は基本的に好きだけど、ゴキブリが出やすくなるのは嫌なの。夜、お手洗いに行って電気を点けたときに見つけたら、ホラー映画や遊園地のお化け屋敷以上に怖いんだから! たまに飛んでくるし」

「そうなんだね」


 どうやら、向日葵はゴキブリが大の苦手のようだ。ゴキブリは飛ぶからなぁ。これから本格的に暑くなり、ゴキブリなど虫が出やすくなる季節。嫌いな虫がある人にとっては悩ましい季節とも言えそうだ。

 目の前にゴキブリがいるからか、向日葵の両目には涙が浮かぶ。


「き、桔梗ってゴキブリって平気?」

「平気だよ。さっきの話みたいに、夜に照明を点けたときに見つけたらちょっと驚いちゃうけどね」

「そ、そうなのね。あたしはゴキブリ大嫌い! だから、あのゴキブリを潰すなり逃がすなりして退治して! ティッシュは勉強机の上にあるから!」

「了解」


 僕はゆっくりと立ち上がり、勉強机にあるティッシュを1枚取る。それを右手にセットして、ゴキブリのいるテーブルにそっと近づく。


「それっ」


 ゴキブリをティッシュ越しに掴むことができた。そのまま窓の方に移動し、窓からゴキブリを逃がす。その瞬間、「おおっ」と向日葵の感嘆の声と、パチパチと音が聞こえてきた。向日葵の方を向くと、明るい表情の向日葵が僕に向かって拍手を送っていた。


「桔梗凄いわ! こんなにも鮮やかに退治できるなんて」

撫子なでしこもゴキブリが苦手だからさ。毎年、夏になると家の中にいるゴキブリ退治をするのが習慣なんだ」

「そうなのね。だから、こんなにも早くゴキブリ退治ができるんだね。うちはお姉ちゃんと2人で退治することが多いわ。お父さんはゴキブリは平気なんだけど、歳だからか動きが遅くて、逃げられちゃうこともあるの」

「なるほどね」


 ゴキブリは動きが素早いからな。うちも父親が捕まえようとすると逃げられることがある。

 うちは僕か、飼っている猫のかぐやがゴキブリを捕まえることが多い。ただし、かぐやが捕まえたときは、おみやげのつもりなのか撫子のところに持って行ってしまうことがある。いつもはかぐやを可愛がっている撫子も、そのときはさすがに怒る。

 ゴキブリを捕まえたティッシュをゴミ箱に捨て、僕は再びクッションに座る。


「今の頼りがいのある姿を見たら、桔梗とより結婚したくなったよ。これからもずっと、あたしのことを虫から守ってね」

「なかなか個性的なプロポーズだと思うけど……分かったよ」

「ありがとう!」


 とても嬉しそうにお礼を言うと、向日葵は僕のことを抱き寄せてくる。そのことで顔が向日葵の胸に埋もれる形となってしまう。


「ひ、向日葵さん。顔が胸に当たってしまっているのですが」

「いいんだよ。桔梗は恋人なんだし。それに、さっきはあたしが桔梗の胸に顔を埋めたからそのお返し。……嫌なら止めるけど」

「いいえ全くそんなことありません」

「食い気味に言ったね」

「……凄くいい感じなので」


 豊満な胸だから感触が柔らかい。あと、汗がちょっと混じった向日葵の甘い匂いでドキドキする。彼女の温もりが心地よく感じられて。向日葵もドキドキしているのか、トクントクンと向日葵から鼓動が伝わってくる。

 すると、頭には優しくて温かい感触が。向日葵が頭を撫でてくれているのだろうか。


「そう言ってくれて嬉しいよ。……こういうことをする男の人は桔梗だけなんだからね。恋人の特権だよ。もちろん、元カレにもこんなことしてないから」

「そうか。僕だけなんだ。嬉しいな」

「ふふっ。胸に顔を埋められるのっていいね。もうちょっとこのままでもいい?」

「……喜んで」


 僕は向日葵の背中の方へ両手を回した。

 向日葵にとってゴキブリは大嫌いな存在。ただ、ゴキブリが部屋に出てくれたおかげで、僕はこうして向日葵の顔に顔を埋められている。今回はゴキブリに感謝しようかなと思うのであった。




アフターショートストーリー おわり





□後書き□

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向日葵と隣同士で咲き誇る。~ツンツンしているクラスメイトの美少女が、可愛い笑顔を僕に見せてくれることが段々と多くなっていく件~ 桜庭かなめ @SakurabaKaname

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