031. 北白川舞、どうにもならない絶望感

 何度も何度も紫凰君に話しかけた。

 話しかければちゃんと答えてくれていた紫凰君は一週間が過ぎた頃には私の顔を見ると嫌な顔をされるようになっちゃった。

 でも私だって身に覚えのない噂ばかりで友だちも離れてしまったから友だちに話して説得してもらおうと思っていた。

 なのに最後の方は紫凰君にも無視されるようになった。


「どうして?私、紫凰君に何か悪いことした?こんな酷い仕打ちされる程の事してないでしょ?!」

 泣きそうになりながら私は紫凰君に向かって叫んでしまった。

 もうどうしようもない。

 紫凰君にも無視されちゃっている。

 亜月にも会うことができない。


「お願いだから亜月に会わせてよ。じゃなかったらどこにいるのか教えてよ!」

 紫凰君の顔を見たら怒りで目つきが悪くなっていた。

 ものすごく恐ろしくてもう紫凰君の顔をまともに見れなくなった。


「君とはもう顔を会わせたくないって亜月が言ってた。もう俺に話しかけないでくれ…あぁ、そうだった。亜月から君へ伝言。『君の方から幼馴染みじゃないから絶対に話しかけるなと言ってきただろ。なのに話しかけてくるなんて神経図太すぎだよね』だって」

「えっ?!」

 突き刺すような瞳が私に向けられた。

 なんだか恥ずかしくなってきた。

 そこにはそれ以上いられなくなった。

 大きな声で亜月の名前を言ってしまったから周りの人にも麗夏ちゃんのことを知られているからまた噂になっちゃう。

 本当にこれ以上は無理、ヤダ!

 何を言っても紫凰君は聞いてくれなかった。

 私は涙を流してしまった。

 泣き顔を見られたくなかったので下を向いて走って逃げた。


 五月の連休も終わったけど、隣の禿河の家に誰も帰って来なかった。

 亜月は帰ってくると思ってずっと待っていた。

 警察の“立入禁止”のテープが張られていた時は家の人たちも当然入れないから帰って来ないけどそれがなくなったら今まで通りに亜月は隣にいるんだと思っていた。

 一週間くらい経つと家の中の荷物を片付けている人たちがいた。

 その後はずっと部屋にカーテンがかけられ、家の中の様子は何も見えなかった。

 更に数日後には不動産会社の名前が入った看板が立てられまた立入禁止になっていた。

 それからは隣の家は麗夏ちゃんも亜月も帰ってくることはなかった。


 何度も亜月のことで紫凰君に話しかけていたけど、どんどん声が大きくなり周りの人たちに知られちゃった所為せいで紫凰君のような男子を敵にした女子生徒として有名なってしまった。

 もう学校にも行きたくない…。

 私がそんな風に思うようになってきたけれど自分の親にはそんなこと言えない。


「私立高校に入学してお金がすごくかかったのに中退なんて許さない」

 一度両親、特に母親から言われた。

 麗夏ちゃんとも一緒にいられなくなって、亜月の側にいられない。

 もうどうでもよくなっちゃった。

 授業も解らなくなってきた。

 自分の中でドロドロした気持ちがいっぱいだった。

 気持ちが落ち着かなくなった時に亜月が学校に戻ってきた。

 戻ってきた亜月は腕に包帯を巻いていた。

 顔にも傷痕がうっすらと見えた。

 亜月に何かあったみたいだけど、私にはわからなかった。

 昼休みになるとクラスが違うのにわざわざ紫凰君が付き添って歩いていた。


「瀧野瀬君!」

「はい?」

 同じクラスの女子なのだろうか、亜月が呼ばれたみたいで声のする方へ振り向いていた。

『瀧野瀬』と呼ばれ亜月は違和感なく話している。

 隣に立っている紫凰君も何も言わず一緒に話を聞いている。

 亜月は『禿河』じゃないの?

 麗夏ちゃんとは姉弟じゃなかったの?

 私には解らないことだらけだった。

 それどころか亜月は今まで知っていた顔ではなかった。

 クラスの女子と話す表情は少しばかり緩んでいた。

 麗夏ちゃんや私に見せる暗い顔や無表情ではなかった。

 柔らかい顔で対話する相手の女子が羨ましい。

 もう私の知っている亜月はいない。


 今まで大人しく麗夏ちゃんと私の後にくっついていた亜月はもういない。

 本当に『瀧野瀬亜月』という私の知らない男子高校生だった。

 紫凰君を通して亜月と話すチャンスを狙っていたけれどそのチャンスは一度もなかった。

 結局私ってば何してたんだろ?

 私って亜月とどうなりたかったんだろ?

 いつの間にか私は亜月に嫌われていたんだね。

 あぁ、亜月と仲良く遊べていた何もわかっていなかったあの頃に戻れば私と亜月の関係も違うものになっていたのかな?

 これからの私はどうすれば良かったんだろ?

 何が正解かもわからない…。

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