第2話普通じゃない
部屋に響く通知音、その音で目を覚ます。窓から光が漏れないように締め切っているせいか手探りでスマホに手を伸ばす。
まだ、目が開ききっていないせいか顔認証がうまくいかず面倒なことにパスワードを入力して開ける。通知を開いてみればダイレクトメッセージの方に誰か連絡をよこしるようだった。
「こちらこそ、初めまして」
それだけの文面でも自分の顔がにやけるのがわかる。
打つ手が異様に震え呼吸が荒々しくなってくる、欲に貪欲なのは罪じゃない。
欲を制御すべきとは教科書に書かれていないし、きっと法律にもそのような記載はないはずだ。基本的人権が、生まれながら私たちにあるのだと先生が言っていたのだ。
画面に顔を近づけ香りを嗅ぐ、彼女の香りを想像して自分の枕をただひたすら殴り続け相手からの返信を待つ。
気づいた頃には枕は美しく整えられた形から私の拳の後やら汗やらで汚く醜い形になってしまっていた。きっと相手は寝てしまったんだろう。
「よろしければ、今度の休み会いませんか?」
そう一方的に送りさっき自らの手で汚く醜い形に変わった枕が愛おしくなりひたすら愛でた後に優しく抱いて眠る。
夢の中の鏡に映る自分は醜くそして何より誰よりも美しく愛おしかった。
ピピピ、アラームの音で飛び起きる昨日変な時間に一度起きてしまったせいか普段は目覚めが良いのにも関わらず今日は異様に眠く体を起こすだけでも億劫に感じる。
昨日の夜のダイレクトメッセージは私の返信を最後に時間が止まっている。
それが余計私の苛立ちやら何やらに重くのしかかる。
今日くらい休んでも罰は当たらないだろう。
別に将来の事は考えていない、自分には明るい未来など来るはずもないのだから。
どうあがこうとも、逃げようとも結末はどれも一緒になる。人生なぞ結局は一本道なのだから。
同時に今後私を待ち受けるのであろう結果が待ち遠しくもなった。
結局学校は休み、暗い部屋の中ずっと神様に祈りを捧げてはSNSをするという一日を過ごし自堕落に生活することに変に居心地の良さを覚えたのは言うまでもない。
それからと言うもの、私は学校に行くことを止めひたすら神様に祈りを捧げてはSNSに浸って生活をしていた。
一番初めに作ったアカウントであるYUIは今になっては男どもを釣る為だけのアカウントになりつつある。
唯の風呂上がりの写真を設定したのが良かったのだろう。彼女の目当ての男共がわんさかダイレクトメッセージをよこしてくる。
勿論丁寧に一つ一つ返信していく、今の私には時間というはな縛りはない。
「うん、会いたいなぁ」
「私立蘭聖ヶ峯学園に通う一年生だよ」
など、別に唯の個人情報などネットに転がる石ころ。
芸能人でもないただ顔が良いだけの一般人の個人情報など流してしまってもこれくらいなら許される気がした。
ネットは宇宙よりも広い唯の個人情報なんか広がっても日本のごく僅かにしかいかないだろうし。
唯が自分の個人情報がネットに流出してることに気づかなければそれは何の問題でもないわけだ、SNSを利用して自分の欲を満たすためにいつからか唯を騙りほぼ裸体に近い恰好をしたり、行為にしたったり日に日に投稿内容は過激さを増していった。
その投稿を目的とした人しかYUIのアカウントをフォローしておらずその過激な投稿がSNSで手軽に見れると男子高生の間で話題になった。
有名になろうがどうでもいい、私が楽しければいいのだ。
話題になって数週間後の話、このアカウントの持ち主は私立蘭聖ヶ峯学園の1年7組竹中唯ではないかとの疑惑の声が多数ネットの方で上がり始めた頃を境に私はアカウントを消して学校に久々に登校した。
久々の学校は前以上に汚く思えた、ずっとあの部屋に居たせいだろうか。
地面も、廊下も教室もすべて汚くて仕方ない。
埃の一つもない教室に綺麗に並んでいる机。
いつもと変わらない席に座るのも躊躇する程に自分には汚く感じられた。
だた、久しぶりに生で見る唯は前より痩せこけて疲れ切った顔をしていたが美しい事には変わりのない彼女に酷く嫉妬をする。
彼女なら極端な話腐乱死体でも美しいのだろう、いや絶対そうに決まっている。
あの調子だときっと例のネット彼氏にも振られたのだろう、雰囲気以前に痩せて生気の感じられない瞳が物語っていた。
昔からそうだった、美しいものを自分の手で壊してしまいたい衝動に強く駆られる時があり綺麗に陳列されている花壇の花を踏んでは荒らしていた。
自分の手によって力を加えられ萎れ地面に這いつくばるように踏まれた無力な美しい花壇の花は踏まれる前より踏まれた今の方が酷く愛おしいくらいに美しかったのを今でも覚えている。
忘れられないでいると言う表現に近いのかもしれない。
そして、現に今席に静かに座っている唯はあの時私に無力に踏み荒らされた子らのよう哀愁と儚さを醸し出している。
ホームルームまではまだ時間がある、いてもたってもいられなくなった私は彼女の席まで駆け寄った。
「唯、久しぶりね。だいぶお疲れ気味だけどどうしたの?。」
心配そうに大袈裟に眉を下げ唯に問いかける。
唯は俯いたままこちらに視線だけ向けた後、また机の方に視線を移した。
駆け寄る際、唯にばかり意識がいっていて気づかなかったが彼女の机一面にびっしりと落書きがされている。
私がやっと机の落書き、いや書かれている悪口に気づいたことを察したのだろう。
「久しぶり、見て、コレ。私じゃないの。YUIは私じゃないの。私は淫乱女でもない。なのになんで誰も信じてくれないの。あなたは信じてくれるよね。友達だもんね。」
前までの面影が無く私の前で悲鳴に近い発狂を起こし唾を飛ばしながらも訴えかける。
何度も何度も私の肩を揺らすその華奢な腕、思いっきり殴れば折れてしまいそうな腕。
確かに今の唯は私の守るべき対象者内ではあるが、守りたいとは微塵も思ってはいなかった。その容姿に酷くそそられ愛おしいとは思うが同時にあの日の憎悪も湧く。
学校、教室、ネット、同級生、先輩、後輩そして私。
美しい、醜い、可愛い、汚い、生、死。
走馬灯のように走る今までの私の人生、彼女を見て潮時なのかもとも思う。
暴れまわる唯を唖然と見つめてるだけで抵抗もしない私にしびれを切らしたのか別生徒が呼んだであろう先生が唯だけを回収して何所かえ消え去っていった。
暴れ馬がいなくなった教室はいつも以上に雨の音を大きく感じさせる。
あれから彼女は一日授業に戻ることは無かった、移動教室から戻ってきたときには荷物が無かったから早退でもしたのだろう。
確かにあの様子じゃ、授業に戻るのはほぼ無理だろうし納得はする。
それに朝の件もあってか妙にクラスの人たちが私に関わり腫物を扱うように接しては
「あの朝の子、例の噂たってからさすごく可笑しくなっちゃって。急に発狂するの、やばいよね。」
と面白いことに私に話し掛ける一人一人全く異なった内容の噂話をする。
彼女らにとったらクラスメイトと言ってもただの赤の他人という感覚に近いのだろう。
このように人の不幸ニュースを妙に楽しそうに嬉しそうに話す姿はより一層私の加虐心を震わせるだけだった。
放課後にもなり、朝の例の件からできていた人の輪もまばらになり始めついに教室に残るは私のみとなっていた。
朝唯に暴れられたのでちゃんと見れなかった彼女の机を改めてまじまじと見る。
「淫乱女」「YUIは竹中唯ちゃんでーす」
など、いかにも学生が書きそうな悪口がそこにはびっしりと書かれている。
彼女も彼女で消そうと試みたのだろうか少し文字が滲んでいるところもありそこが妙に現実味を増していた。
ピロン放課後となり静かな教室になる通知音に机の落書きに夢中になっていたせいが何とも情けない声を出してしまう。
画面を覗けば、あの日私からの返信で時間が止まっていたダイレクトメッセージに彼女からやっと今日返信が来ていたようで無意識に力の入っていた肩を緩める。
「明日、お会いしませんか」
その文字に口角が上がる。怒涛の展開の早さに我ながら驚きつつも待たされるのが嫌いなせいか展開の早い自分の人生を心から喜んだ。
私を掴む手は煩わしい程愛おしい 敷居麻衣 @shikiimai
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