私を掴む手は煩わしい程愛おしい
敷居麻衣
第1話出会いと日常
始まりはほんの些細なことに過ぎなかった。
まだ袖を通しなれていない制服を整え学校に向かう、数か月通った学校に入学当時感じた新鮮味はなく退屈を感じながら登校していた。
ゆっくり学校へ足を進める私を元気に追い越す同級生たちと先輩方が横目に通り過ぎては眠いねと数メートル先にある校門に目を移していく。
入学前は当然のように友達ができその子たちと当たり前のように登校するものだと勝手に思い浮かんでいた、そんな高校生活は現実には実現されずに虚しく私の頭を埋め尽くしていた。
ちなみに、友達は一人もいないというわけでもない一人か二人は一応友達と呼べる子は居る。
そのうちの一人が竹中唯。彼女は同じ1年7組で手足が長く抜群にスタイルが良くおまけに顔も整っている子だ。
その長い手足のせいか普通の子よりもうちの高校の制服を着こなしているように思うのはきっと私だけではない。
艶のある黒髪は肩より少し長めで春の青空に負けないくらい美しくその髪をなびかせ校門前にひっそり立って暇そうに携帯を眺めていた。
ふと唯が視線を数メートル先に居る私の方に移した、大きい瞳に映る桜、私、その他。彼女の瞳に映るもの全てがなぜか汚らわしく私には思えて仕方無かった。
「おはよう、遅かったね。」
校門に近づいた私に満面の笑みを浮かべながら声をかけスマホの電源を落とす。
「おはよう、ごめんね課題家に忘れて一回取りに帰ったの。」
正直彼女は苦手な分類だ、それでも友達はいるより越したことはないので付き合う。きっと私たちの前を騒がしく歩く同級生らも同じなのだろう。さっきから嫌でも聞こえてくる会話の九割が「それな。」「わかる。」のオンパレードで会話はどちらかというと成り立っていない。
そう前に居る子らに意識を奪われていると、隣をさっきまで大人しく歩いていた唯が
私の肩を叩き何か言いたそうに顔を赤くして俯いていた。
その顔には、どうしたの?何かあった?を早く聞いてくれと書いてあるかと思うほど表情から彼女が一体今私に何をして欲しいのかが手に取るように分かった。
特にその期待に背く行為をする理由も無いので、赤く俯いたままの彼女の顔を覗き込む。
「どうしたのよ唯、そんなに顔を赤くして俯いて。」
問いかけても彼女は顔を俯かせたまま私の後に言葉を続けようとしない。
数秒だろうか、口を閉ざしたままの彼女は突然顔を上げ泣きそうになりながらもスマホの画面をこちらに見せた。
勢い余ってか、そのスマホの画面に表示されていたのはタスク画面で彼女が何を涙ながら私に伝えたいのかが一向に伝わってこない。
やっと落ち着いたのか、口を開く気になったのか一つ深呼吸を挟みまた唯は涙をこらえ私に抱き着いて
「ねぇ、聞いて私さネットの彼氏できた。」とさっきよりも一段と強い力で私を抱き締めてきた。
ネットの彼氏、最近よく耳にする単語ではあるが同時に私には無関係の言葉でもあった。
「おめでとう唯、末永くお幸せにね。」
馴染みのないことになんと返すのが正解かわからずに、ありきたりの言葉をかける。
変に人の恋愛事情に首を突っ込む気は微塵もないので先程まで泣きそうな顔をし口を小さな手で押さえていたはずの唯が打って変わって今度は嬉しそうにまた幸せそうに一方的にお相手の話や馴れ初めを私に聞かせた挙句、ホームルームまで彼との会話に集中したいと言い教室に入った途端自分の席に直行した。
ネット恋愛、今の時代珍しいものでもない。現に唯がネットで出会って付き合い幸せそうに今画面と向き合っている。
私もお年頃でもあり正直なところ彼氏は欲しいと密かに星に願掛けをするくらいには興味があった。
「私もSNSやってみようかしら。」
そう呟いたころにはホームルームの始まりを告げるチャイムは学校中に鳴り響いていた。
先生が教卓の前で腕まくりをし今日の日程や目標を話す。中学の時と違い、学級委員からの話も無く十分も経たないうちにホームルームが終わると同時に唯がこっちの席まで駆け寄っては嬉しそうに私の机に腰かけてはスマホを片手に先程彼氏とした会話を嬉しそうに報告する。その顔を壊してしまいたくなるほどに彼女の顔は美しくて可愛らしく整っていた。
「それ、なんのサイト?私もやってみたい。」
そんな顔をずっと見ているのが辛いのか、単純に私も気になって我慢できなかったのか嬉しそうに報告をする唯の話を遮ってついつい聞いてしまっていた。
驚きつつも興味を持ってもらえたことがよほど嬉しかったのか、また話し始めた。
唯の説明はお世辞にもわかりやすいとは言えないが簡潔に言うと、本来は男女が出会いを求めるための場所ではなく趣味などを共有できる便利な機能を持ち合わせたアプリだそうだ。
ご丁寧に唯にはそのアプリまで入れてもらい後は自分でメールアドレスなど設定するところまでいったのは良いが、運悪く一限目の先生の声により放課後の楽しみとなってしまった。
そこから何の進展もなくいつも通り時間は過ぎる、六時限目が終わりホームルームが終わればすぐにタスクからそのアプリを選択しプロフィール設定などをしていく。
SNSに疎い私でも簡単にできるようになっているのか、唯にわざわざ聞きにいかなくても困ることは無かった。
「名前は本名じゃなくていいんだ。なら、ローマ字でYUIでいいかな。
プロフィールの顔写真は唯で良いよね。」
自分の写真を設定するのは気が引けたので、勝手に唯の写真を拝借する。
校門に立ってるときの写真、部屋着の写真、お手洗い中の写真、真面目に授業に取り組んでるときの写真。など美しい彼女はどの写真でも写りが良くすぐにはこれっと選べなかったが一番のお気に入りであるお風呂上りの彼女を設定することに決めてからは早かった。誕生日も自分の誕生日など正直覚えていないので唯の誕生日にした。
設定の時点でも楽しく、のめり込むのも時間の問題だった。
身体が熱く興奮しているのがわかる、残りは家に帰ってやろう。
面白いことにこのアプリは何個でもアカウントが作れるらしいのだから。
なんだか物足りなさを感じかばんに入れたスマホを取り出し一言、
「初めまして、こんにちは。」
とだけ打って教室を後にした。
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