第18話 亡国の勇者は口笛と共に往く
「おおい、眩さんや」
俺がこのところさっぱり代わり映えしない風景を眺めつつ呼びかけると、ややあって伝声管から「なにかな」と声が返ってきた。
「いい加減、水平線を眺めるのにも飽きちまった。どこかこの辺に、お姉ちゃんと遊べる島はないのかな」
「ないこともないが、このあたりの海域は治安の悪さで有名だ。麗しいお姉さんと遊べばもれなく怖いお兄さんもついてくるぞ。それでもいいのか」
「せちがらいねえ。……とはいえ、少しは身体を動かさないと毒の潮風で筋肉が錆びちまいそうだ……なあギラン」
「まったくだ。多少の小競り合いならむしろ、いい運動になるってもんだ。どこかで不届きなごろつきを叩きのめしてご褒美を頂きたいもんだぜ」
「揃いも揃って欲の塊だな、お前たちは」
「無理すんなって。坊主が煩悩の塊だってことは昔から暗黙の常識だぜ、眩さんよ」
「それを抑えるのが修行だ。風景が退屈なら目を閉じて冥想でもしたらどうだ」
「よしてくれ、欲望を抑えたら病気になっちまう……と、緊急無線か。何だ一体」
俺はヘッドフォンを装着すると、無線の周波数を合わせた。やがて、雑音の中から女性の物と思しき声が途切れ途切れに飛びだしてきた。
「正体不明の……島を制圧……助けて……」
「なんだって?……おい、いったいどこの島だ」
「……王国……支援者に……コンパス」
「コンパスだって?おい、すぐに行くから場所を教えてくれ……おいっ!」
俺がマイクに向かって呼びかけた途端、無線の声がふっつりと途切れた。
「ギラン、聞いたか?どこかの王国で暴動が起きたらしい。支援者にはコンパスを提供するそうだ」
俺が興奮気味にまくしたてると、ギランが呆れたように「まだわからんぞ」と言った。
「船乗りを狙った罠かもしれん。だいたい、コンパスはそこらじゅうの奴がみんな狙ってる代物だ。こんな形で安売りしてるってこと自体、怪しいぜ」
「だとしても、飛び込んでみて損はないぜ。それに……」
「それに、なんだ」
「あの声は間違いなく美人だぜ。お姫様からのSOSに答えないでどうする?」
※
「解析が終わったぞ。発信源に当たる海域は、小さな王国の多い場所だ。少なくとも三つか四つはあるぞ。本当に行くのか」
「ああ、行ってみようぜ。うまくすりゃ、二つ目のコンパスが手に入る」
「下手すりゃ、命がなくなるぜ。騎士さんよ」
「ふふん、姫に気に入られて王国を継ぐってのも悪くないな。……で、その中に最近、暴動が起きた国はあるのかい」
「ある。おそらくここだ。プレカリート王国。観光と精密機械の輸出でかろうじてもっている小国だ。戦闘重機に不可欠なレアメタルの埋蔵でも知られる島……か」
「こりゃあいいぜ。お姫様を助けてコンパスを頂き、ついでにバッドガイザーをチューンナップしてもらおうぜ」
「本来ならこの時期は自転車レースや格闘技などの競技大会が開催され、周囲の島から人が集まる時期らしい。政変となると開催は難しいだろうがな」
「ふうん、平和なスポーツの祭典を妨害するとは、不届きな奴らだぜ。よし、ちょいとばかしお灸を据えてやろうぜ」
「お前さん、簡単に言うが暴徒の数もわかっちゃいないんだぜ。もし百人や二百人じゃ利かない数の暴徒が相手だったらどうするんだ。身ぐるみはがされるのはこっちだぜ」
「なに、その時はケツを捲って逃げてくりゃいいのさ。どのみち失う物はないんだからな」
俺がそう言って口笛を吹くと、ギランと眩三が同時に「やれやれ」と呟くのが聞こえた。
風来武航バッドガイザー 五速 梁 @run_doc
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