6.おかえりなさいませ、サキ・カジタニ様

 サキは慌てた。他の場所につながる扉の存在なんて、転生を繰り返してこのかた一度も見たことがなかった。サキが知っているその場所は何もない壁のはずだった。どうして、扉のように開いて光が入ってきている?


「何者! 名を明かしなさい。僕を知っての振る舞いですこと……」


 アルカドス的な物言いをとっさにしてしまったことに気づいて声がしおれてゆく。手には聖公女の証だった杖を手にしていないし、そもそもサキだった。アルカドスではなかった。ある意味自分自身の言葉ではあるけれども、すでに手放したもの。


 とにかく、恥ずかしかった。


 扉から顔半分だけを出す少年。


 サキはゆっくりと指差しをしていた腕――杖を持っているつもりだった腕を下ろした。


「ご、ごめんなさい、この部屋から物音がしたから」


「で、あなたは誰?」


 恥ずかしさがサキの声量を絞る。


「僕はその、ここで下働きをしていて、チチ−です」


「じゃあチチー、ここを使っていた管理者は?」


「管理者? あの、もしかして、あなたは」


 小さな下働きが一瞬、ドアの向こう側に消えるかと思えばすぐ部屋へ飛び込んできた。耳を扉にくっつけてじっとしたまましばらく。聞き耳を立てている? そうしてからまっすぐとサキを見上げて、頭を下げた。


「おかえりなさいませ、サキ・カジタニ様」


「僕の質問には答えてくれないのかしら」


「すみません、僕もよく分かっていなくて。ただあのお方から言伝を預かっています。『私も臨機応変に対応しています。私の臨機応変を利用して、あなたも臨機応変に』と。内密にお願いします」


 臨機応変、臨機応変、臨機応変――


 サキの直感が目の前の少年とリタを結びつけた。チチーは臨機応変の結果ということか。


 サキとしては可能性を低く捉えていたけれども、リタはもしかしたらこうなることを予想していたのかもしれない。そうでもなければ、リタがいなくても対応できるような手立ては講じないはずである。


 状況は悪い。まさに悪役令嬢に仕掛けられているヒロインのような立ち位置だった。


「なら僕も臨機応変に行くわ。チチー、あなたには私の臨機応変もお願いするよ」


 伊達に何度も悪役をこなしているサキではない。サキのどこかにあるスイッチが切り替わった。カチリ、と。

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悪役令嬢の休憩時間 衣谷一 @ITANIhajime

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