戦争有ったか無かったか?
@HasumiChouji
戦争有ったか無かったか?
「今は令和何年ですか?」
私をここに監禁している医師を名乗る男は、そう聞いた。
「こんなの人権侵害でしょう? ここから出して下さい」
「面白い事を言われる。貴方のSNSの書き込みを読ませてもらいましたが、貴方は『人権派』と云う言葉を誰かを揶揄する時に使っていた筈だ」
「確かにそうです。しかし、人権を嘲笑う者にも人権が有ると云うのが、私が人権派と呼んでいた人達の主張だった筈だ」
「残念ながら、私は、貴方の云う『人権派』ではなくて『現実家』に近い人間でしてね。さて、今年は令和何年ですか?」
「令和八年です」
「違います。令和十二年です。令和八年末に、日本は戦争に突入し……今年の初め、無条件全面降伏を行ないました。残念ですが、それが事実です」
「そんな……馬鹿な……何を言ってるんですか?」
まるで昭和のSF作家・大杉酔狂の「戦争は起きなかった」だ。あの短編小説の主人公とは逆に、私は「戦争が起きた別の歴史」に迷い込んだのだろうか?
「だから、それが事実であり、自分を『愛国者』だと思っていた貴方は日本の敗戦を認められず……現実逃避をしているんです。貴方のような人達は、日本中に多数居ます。困った事に、SNSの普及で貴方達の妄想はより深刻なモノとなった。何せ、SNSの仕組み上、自分に似た意見は入ってくるが、そうでない意見は入って来ないか、入って来ても、それを嘲笑・冷笑する意見の方が圧倒的に多くなる」
「筋は通っていますが、間違っているのが、貴方の認識か、それとも私の認識か、については、何一つ貴方は証明していない」
「すぐに判りますよ。もうすぐ……看護師さんが、今日の新聞を持ってきてくれる筈……ああ、ありがとう」
だが、その時、私は違和感を感じた。医師を名乗る男は気にしていなかったが……その「看護師」は「看護婦」と云う古い呼び方がしっくり来るような、妙に古風な格好だったのだ。
「ほら……この通り……えっ……」
自称・医師の顔は青冷めた。
だが、喜んではいられない。
何かがおかしい。
紙質は悪い。印刷の質もそうだ。ぱっと見は、旧字体にしか思えない漢字がいくつも有った。そして……薄い。
いくら「紙の新聞」が絶滅危惧種となっている時代でも、こんな「新聞」は有り得ない。
自称・医師の両手からは力が抜け……「新聞」は床に落ちた。
「な……なんだ……これは?」
新聞の第一面には、新聞名の下に「号外」と云う字が旧字体で書かれていた。
『帝国・米英に宣戦布告す』
これも旧字体だ。
日付は昭和十六年十二月八日。
待ってくれ……一体全体……今はいつで、ここは、どこなのだ?
戦争有ったか無かったか? @HasumiChouji
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