後編

 朝、灯ちゃんや彼女の家族、それから浩さんたちにお礼を言って康太は学校に向かった。その途中の家に一番近い曲がり角で、人影があった。近づいていくと朝見た鏡に映った自分とそっくりな顔があり、間違いなく弟の良太だった。彼は不安げな顔を上げてこちらを見た。気まずいのはこっちの方だと思った。

「おはよう。」

 と、何も言わない彼は珍しいので、康太から声をかけると、良太は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「おはよう。康太。昨日はごめんなさい。」

 と、急に頭を下げてまで謝って来た。それに驚いて数歩下がった。

「いや、お前が謝る必要なんかないだろう。俺の方が悪かったんだし。昨日はごめん。あれは完全に俺の八つ当たりだから。ごめん。」

 先に弟に謝られて、気恥ずかしく思いながらもこちらも頭を下げて謝った。そうして、頭を上げた二人はおかしくなって笑い合って並んで学校に向かった。

「そういえば、康太、何かあった?」

 と、学校の玄関で良太が問いかけた。

「何で?」

「だって、なんか顔が明るいから。」

「そっか?」

「うん。」

 頷く彼に康太は靴を履き替えて上を見上げて一瞬考えたが、

「秘密。だけど、とてもいいことがあった。」

 と、答えた。灯ちゃんのことも、音楽が好きになったこともこれからリコーダーテストが終わるまでは教えないことにした。良太は少し拗ねたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。

「じゃあ、秘密じゃなくなったら教えて。」

「いいよ。」

 康太は大きく頷いて答えた。

教室の自分の席に着いてランドセルの中の教科書たちを引き出しにしまう際、一番上にリコーダーと数ページない音楽の教科書が入れた。

「音楽は音を楽しむものだから。」

 その薄くなった教科書を見て笑った。


 リコーダーテストは無事合格した康太は学校が終わるとそのまま一人で学校を走って出て行った。昨日とは違う足が軽く胸が高鳴る気持ちだった。楽しい音と彼女の笑顔に包まれたあの場所に結果を報告し、彼女とまた楽しく遊ぶために。

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楽譜がなくなった教科書 ハル @bluebard0314

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