愛おしき日々をシンセで生きよう

naka-motoo

曲ができたらそのまま弾くんだ決して他の誰かに委ねてはいけないんだ

 中学生の頃は音楽を志向してたな。


 ピアノなんて習ったこともないしましてやヴァイオリンも習わないしギターだって本当は触ってみたかったけど、両親は音楽なんてものは勉強をする合間の気分転換のためのものであってそのためだけに聴くのならばいいけれども度を越すのならばダメだと無言の圧力をかけてた。


 わたしに言わせたら真逆なんだけど。


 音楽こそが全てであって、それ以外のことは些事なんだと。


 友達も音楽によって繋がった数人との関係こそがシリアスで生活の根本に関わることで支え合える仲なのだと。


 男友達が居たんだ。


 その子は中学3年間同じクラスで、わたしはその子が居たから毎日学校に通えてたって思うんだ。


「モヤ。おはよう」

「お、おはよう、ショウちゃん・・・・・」

「なんだい?僕が怖い?」

「ううん・・・・・」


 怖いのはショウちゃんじゃないよ。

 わたしとショウちゃんを見てるみんな・・・・・


「モヤ。ニュー・オーダーって知ってる?」

「うん」

「お!さすが!じゃあ、ユーリズミックスは?」

「知ってるよ」

「うんうん。なら、トーマス・ドルビーは?」

「二曲だけ知ってる。『彼女はサイエンス』と『ハイパラクティブ』」

「いいね。今度弾こうよ」

「うん」


 ショウちゃんもわたしも楽器は弾けないんだ。そして持ってもいない。


 持ってるのは、楽器とすら呼べないかもしれないインストゥルメント。


 きちんとした鍵盤じゃない、おもちゃのキーボード。


 そう。鍵盤じゃないんだ。『ボタン』なんだ、音色を出すための鍵盤に相当する部分が。


 ショウちゃんが小学生の頃にお父さんに買って貰ったっていう数千円しかしなかったおもちゃのキーボード。

 でもGPSウオッチなんかを作ってるそのメーカーがやたらマニアックな仕様にしてて、チューニング機能があって、キーボードの裏っかわに小さなツマミがついててね、そこをマイナスドライバで回すとチューンできるの。


 ショウちゃんは思い切ってその裏蓋を開けてね・・・・そしたら、チューニングするためのツマミの電極に指で触れるとね、電圧が逃げるせいか、音が揺れるんだ。

 まるでギターを弾くときのエフェクターで音が歪むみたいに。


 放課後は毎日ショウちゃんの家に寄ってた。


 あ。でも勘違いしないで。

 さすがに生殖機能を備えた中学生の男女がふたりきりで居る訳ない。


「ただいま、モヤちゃん」

「おかえり、サヤちゃん」


 ショウちゃんの小学生の妹のサヤちゃん。ちょっと浅黒で、素直でかわいいんだ。

 名前もサヤでなんとなくわたしと姉妹みたいだから仲良くしてる。


「モヤ。焼きそば食べる?」

「うん。食べる食べる」

「お兄ちゃん、また焼きそば?」

「三日に一回だからいいだろ?サヤ」


 ショウちゃんの家は父子家庭でサヤちゃんはまだ低学年だからショウちゃんが家事全般をこなしてる。

 ショウちゃんが台所で調理作業をしてる間、わたしは洗濯機を回す。


「モヤちゃんとお兄ちゃんって夫婦みたい」

「サヤ。お前の代わりにモヤがやってくれてるんだんろ?ありがとうぐらい言えよ」

「モヤちゃん、ありがとう」

「ううん。じゃ、サヤちゃん。干すの手伝って?」

「はあい」


 わたしだって意識しない訳じゃないよ。


 サヤちゃんがまるで・・・・・わたしと、ショウちゃんの子供みたいで・・・・・なんてね。


 3人で焼きそばを食べ終わって食器を洗い終えたところで、本業の作業に入ったよ。


「じゃあまず僕がベースライン弾くね。リズムはこれでいい?」

「OKだよ」


 このキーボードにはリズムボックスまで装備されてる。でも電子的なピコピコ音だからイアフォンをマイク代わりにして、スマホの作曲ソフトに装備されているエフェクターを使って音を歪ませる。


 ショウちゃんが2本の指を使ってベースラインを弾いていく。プリセットされてるギターのシンセ音源を使って、低いオクターブの鍵盤ボタンに鳴らさせていく。

 決して真新しいメロディーじゃないけど、お腹に響く感じのするベース。


 演奏したパートはそのままスマホの作曲ソフトのひとつのトラックとして保存していく。


「お兄ちゃん、いいね!」

「サンキュ」


 サヤちゃんの合格点を貰ったら次はわたしの番だ。リズムとベースラインをスマホで再生させながらわたしはそれに合わせて音を重ねる。


「モヤちゃんのギターって、挑戦的」

「さ、サヤちゃん。小学校で『挑戦的』なんて言い方するの?」

「ううん。わたしだけ」


 さすがロックの申し子、ショウちゃんの妹。

 サヤちゃんも本当に将来が楽しみだ。


 その後、わたしとショウちゃんでオルガンの音色を使ってキーボードパートを入れて、マイクがわりのイアホンを人差し指の腹で、ボ・ボ、って叩いてバスドラの低音を補足したりして完成度を高めた。


 ここまで全て即興演奏。


 わたしとショウちゃんのコンビネーションの為せる技だ。


 それから、極めつきの『即興演奏』が最後のトラックに録音される。


「サヤちゃん、お願いね」

「うん。モヤちゃん、いくよ!」


 イアフォンに、サヤちゃんが唇をガシガシぶつけるようにして、囁く。


 ヴォーカル:サヤちゃん


「らるらるるららーっ!よしゅぼしゅえくせん・えくすけーる!」


 意味など無意味


 10代ですらない若さ


 語呂がライム


 湧き出るエロティックなほどの少女ヴォイス


 ああ


 感じる


「いつ聴いてもすごいな」

「うん、サヤちゃん天才・・・」

「ううん。モヤちゃんとお兄ちゃんがすごい」


 曲名を考えないと。


「モヤちゃんがつけて」

「ええ?わたし?」

「うん。この曲はそうして欲しい」


 サヤちゃんとショウちゃんのご指名なら。


 そうだね。


「『so, Ba-kya !』ってどう・・・?」

「わ。なんかかっこいい。『だから、バ-キャ!』?モヤちゃん?」

「ん・・・・まあ、ね」

「晩ごはんだろ」


 あ。


 ショウちゃん鋭い!


「なーんだ。『焼きそば!』の組み替えかあ!」

「へへへ」


 ああ。


 わたしったら、『へへへ』だって。


 こんな風に笑える毎日になるなんて小学校の頃は絶対に思ってなかったな。


「ショウちゃん」

「なに?モヤ」

「学校に来てくれててありがとう」

「どうしたの?急に」

「わたし、ショウちゃんが居なかったら絶対学校に行けてない。小学校の時みたいに」

「ああ・・・・・忘れたよ、そんな昔のこと」

「あー。お兄ちゃん。小学校のことバカにしてる」

「してないよ」

「してるよ!『昔のこと』なんて大人ぶってさあ!」


 夜、両親が帰ってくる前に家に帰って、お風呂に入ってから自分の部屋でスマホを見ると、今日演奏した曲をショウちゃんがもう上げてくれてた。


「あ。今日はショウちゃんイラスト描いたんだ」


 動画投稿サイトに水彩絵の具で手書きの静画を載せて、『so,Ba-kya !』が流れてきた。


 このイラストの女の子、誰かな?


 わたしだといいな・・・・・・


 へへへ!

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