第4話 だから彼女は選ばれた
例えばの話。
死にたいと願う人間がいたとして、その人間の命を奪うことは悪だろうか。
死に勝る生の苦しみが存在するとして、それから逃れるために死を望むことは、許されないことだろうか。
もちろん、生きたいと願う人間が迎える死の絶望は、悪夢そのものだろう。
死に恐怖する苦しみからは、誰しもが解き放たれたいと願うはずだ。
つまりは生き方や境遇が違えば、最期の時をどう迎えるべきかの考え方も違うのだ。
生き方や境遇が違えば、命とどう向き合うべきかの考え方も違う。
命とは自らが選択するものなのではないだろうか。
どう生きようがどう死のうが、結局は自分次第なのである。
だからこそ、前提として、命は誰かに奪われることがあってはならないものだと、自分の命を全うしたいと考えるのが自然なのではないだろうか。
しかし、金髪はなんて言った?
「どういう意味だよ、それ」
「別に。深い意味はないわ」
詮索を拒むように、金髪はそれで、と次の句を発する。
「あんたが死神だとして、叶に何の用?」
話が進まなくなるだけかとも思い、ひとまずは金髪の言葉の真意を問うのはやめた。
僕としても東条叶の話をしたかった。
金髪は返答次第ではぶん殴ってやると言わんばかりの鋭い目つきを僕に向けてくるが、言葉を選んで伝えられる程の状況でもない。
ありのまま話すしかないのだった。
「東条叶の命を奪うか奪わないか、その判断をしろと云われてここにいる」
と、言った直後だった。
金髪の背後に屋上のフェンスを納めていた視界が反転。
金髪が僕に飛びかかり、胸ぐらを掴んだまま押し倒していたのだった。
眼前には僕を睨み殺そうとしているかのような金髪の真っ赤な顔と、背後には澄んだ空の青。
痛みはなかった。
身体への衝撃もなかった。
そんな状況で僕は、こいつは僕に触れることができるのかなんて、冷静に考えていた。
「あんたみたいなのが、叶の命をどうしようって言うのよ」
金髪の怒りは真っ当だ。
僕だってそう思う。
「ただ、それが僕という存在なんだ」
僕にだって、どうすることもできない。人間として生きていくには、人として生きていくためにやるべきことがたくさんある。僕は死神だから、死神としてやるべきことをする。
そういう存在なのだ。役割なのだ。
命は誰かに奪われるようなものであってはならない。しかし、僕は誰かと呼ばれるような存在ではなくなってしまった。
死神という、概念のような不確かな何かだ。
しかし、役割は明確にある。そんな、運命のような存在だ。
「なぜ東条叶なのか、僕にだって理由はわからない。言っただろう、云われてここに来たって」
金髪は何も言わない。
沈黙の間に、金髪の目から溢れた温かい雫が、僕の頬へと落ちて這う。
温かい、と感じることができるのはなぜだろう。
僕に触れることができる金髪だから、なのだろうか。
「神様なのか何なのか、わからない何かが云うんだよ。お前は東条叶の命について判断しろって」
無責任な物言いだったか、とも思ったが、やはり僕の存在について上手く伝える術はなかった。
「だからこそ」
伝えておきたいこと、誤解はしないでほしいことははっきりと言っておかなければならない。
「なぜ東条叶がそんなものに選ばれたのかを、僕は知りたい」
不条理とも言える、目には見えないこの世の生命についての理があるのだとしたら、必ずそこには因果があるはずなのだから。
今は、僕こそがその因果の一部なのだから。
金髪は一文字に結んでいた口をゆっくりとほどき、呼吸を落ち着かせるように息と言葉を吐き出す。
「知ってどうするつもりよ。あの子がただ運命に振り回されているだけだとしても、あんたはその運命を変えてまで、あの子を生かしてあげることはできるの?」
金髪は東条叶の何を想ってそのような言葉を吐き出したのか。
金髪の今の言葉だけで察するならば、東条叶は教室で見たような生き生きとした姿からは想像できない状況に身を置いているのかもしれない。
しかし、運命を変えてまで、か。
僕が干渉をした上での東条叶に対する判断と、現状での判断は変わるものなのだろうか。
性善説と性悪説にも似た話だろうか。
仮に性善説を立てるなら、環境や運命こそ違えば、誰しもが真っ当に生きることができるということになる。
僕としては、救いようがないという言葉がある通り、どうしようもない性悪も存在しないとは言い切れない気もする。
東条叶が過酷な運命の中にいるのだとしても、必死に立ち向かおうとしているような人間なら、僕が干渉するしないではなく、僕の判断なんて必要もなく、変わらず一生懸命に生きてほしいと結論づけて終わることなのだ。
「僕が東条叶のために何かできるかどうかはわからない。何かしてあげたいと思える人間なのかどうかも、だ」
そう、大切なのはきっとそこだ。
僕が東条叶のもとに来た時点で、僕がもう、東条叶の運命の歯車の一部なのだとしたら、彼女次第で僕も変わる。
「あんたを、信用してもいいの?」
震える声で、金髪は問いかける。
「あの子は救われるべきだって、あんたもそう思うはずだって信じてもいいの?」
救われるべき、か。
その言葉は、裏を返せば金髪にも救うことができなかったことを意味する。
救いたいではなく、救われる。
それこそ、まるで運命に身を委ねるしかないような物言いじゃないか。
「あんたに心があるなら、あの子の命を奪ってやるだなんて思わないはずなのよ......」
小さな嗚咽混じりに言う金髪の肩をそっと抱くように体制を起こして、向かい合うように座り直って僕は言った。
「そう言うからには、何か知ってることがあるんだろう?話してくれないか」
言って、金髪の涙をそっと指で拭う。
威圧的な容姿や僕に飛びかかってくるような荒々しさをもつ金髪が、まるで小さい子のように思えてくる姿だった。
力なくぺたっと地面に座ったまま、目元をぐしぐしと擦っている金髪の息が落ち着くのを、僕は涙を拭い続けながらゆっくり待った。
グランドでは部活動でも始まったのか、掛け声のような元気な声が聞こえてくる。
こんな風景に、僕のような存在がいるなんてね。
そんなことを考え始めて間もなく、金髪が腫れあがった目を僕に向けた。
話せるようになったかな、と気を緩めることができたのはこの一瞬。
「あの子、呪われてるのよ.....。あんたなら、あの子の呪いをなんとかしてあげられる?」
金髪の言葉に、僕は息を飲み込んだ。
それでも死神は恋をした hinoichi @hinoichi
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