第3話 しかし彼女は微笑んだ

 どうしよう。


 僕は頭の中で何度も自らに問いかけながら、一人、学校の屋上に立っていた。


 屋上を囲うフェンスからは下校を始めた生徒達の姿が見える。


 東条叶と金髪も下校を始めただろうか。


 こんな場所で考えこんでいる場合ではないのだが、しかし参った。


 慌てて教室から飛び出し、屋上まで来たはいいものの、これからどうするべきかが全く思い浮かばない。


 一人、呆然と考える。


 そもそも、僕は何でこんな場所まで来たのだろう。これじゃあまるで、僕があの金髪から逃げてきたみたいじゃないか。


 いや、逃げたのだ。


 確かに怖くなって逃げたのだ。


 普通は僕の方が怖がられるはずだろう。


 幽霊を見て平然としている人間の方が僕は怖い。


 ましてや僕は死神だ。あの金髪が僕を死神とまでは認識していなくても、人間ではないことはわかっているはずだ。それなのにあいつは驚くこともしなければ怖がりもしない。ましてや僕に話しかけてまできた。


「どうかしてるよ・・・・・・」


「私のこと?」


 独り言に言葉を返され、びくっと肩が跳ね上がる。


 まさか、と恐る恐る振り返ると、やはりというべきか、屋上の出入り口に金髪が立っていた。


「なんであんたが震えてんのよ」


 金髪ははあ?と言いたげな顔で僕を睨む。


「お、お前なんでこんなところにいるんだよ!」


 恐怖で声が裏返ってしまう。


 嫌だ。こいつに関わりたくない。


「あんたが屋上にいる感じがしたから。何してんのかなと思って」


 言いながら、金髪は震えながらも何とかフェンスにしがみついて立っている僕の横にまで来て、お構いなくと言った様子で腰を下ろす。


 フェンスにもたれかかり、気だるそうに空を仰ぎ見る余裕まであるときた。


「なにそれお前エスパーなの?怖いんですけど」


「うるさいなあ。落ち着かないからとりあえずあんたも座りなさいよ」


「はい・・・・・・」


 気圧されて、僕は金髪の正面に座った。


 本能的に正座を選択した。


「どこ見てんのよ」


「お前のスカートの中が見たくて正面に座ったわけじゃない」


「やっぱ見てたんじゃん」


 断じて見ていない。死神だけど神に誓う。


 見えなかった、が正しいが。


「からかうな。そのために僕を追いかけてきたわけじゃないだろう」


 言って、ふと正座が負けを認めているような気がしたため、金髪に悟られないようにそっと胡座に脚を組み替えた。


「東条叶と一緒に帰るような話をしていなかったか?」


「一人で帰らせた。あんたがついてくると落ち着かないし」


「別に今からだって僕は東条叶の跡を追えるぞ?」


「させると思う?」


 そう言って金髪が立ち上がろうとした瞬間、僕は反射的に頭を両腕で覆っていた。


 情けない。涙が出そう。


「いきなり殴るわけないじゃん。ってかあんた、触ることできなそうだし」


 ふっ、と鼻で笑われた。


 圧倒的敗北感。


「で?あんた、幽霊なの?」


 金髪は浮かせていた腰をまた下ろし、僕の頭からつま先まで視線を這わせる。


「幽霊にしてはリアルよね。その喪服みたいなスーツはコスプレみたいで変だけど」


 いちいちとげのある言い方をする奴だ。


 皮肉を言わないと気がすまない病気なんじゃないのか。


「この格好は別に僕が選んだわけじゃない。気付いた時からこの格好だった」


 ふーんと、金髪は興味無さげな相槌を打つ。


 むかつく。


「じゃ、幽霊かどうかは?」


 聞きたいのはこっちだと言わんばかりの金髪の間。


「幽霊以外の選択肢があるなら僕の方が聞きたい。お前は僕を何だと思っているんだよ」


 さあね、と金髪は立ち上がり、僕に背を向けて、そっとフェンスに手をかけた。


 瞬間。


 夏の到来が近いと感じさせる、草葉の香りが混ざった風が、金髪の短く、細い髪がなびかせた。


「死神とか?」


 風の中に消え入るような小さな声で、金髪はどうしてか、微笑を浮かべて僕に問いかける。


 その笑みは優しく、でも、どこか儚い。


 刹那に体を駆け巡る、淡い衝動。


 僕はそんな姿を、美しいと思ったのだった。


「さすがに、違うよね」


 金髪は、どうしてか残念そうに顔を俯かせた。


 その仕草の理由はわからない。

 

 でも、その問いかけは、美しさに見蕩れてしまっていた僕を現実に引き戻すには十分なものだった。


「いや、まさしくだよ」


 立ち上がり、金髪の目を真っ直ぐに見つめて、


「僕は死神だ」


 自身の正体を伝えた。


 この判断が正しいものなのかどうか、僕にはわからない。


 しかし金髪は、僕の回答に、微笑んだのだ。


「どうして笑っているんだ?」


「別に。そういうのも存在するんだって思っただけ」


「信じるのか?」


「疑う理由がないもの」


「不思議な考え方をする奴だな。信じる理由も無いだろう」


「信じたいものなら、疑わないでしょ?」


 僕は金髪が何を言おうとしているのか、全くわからなかった。


 神様ならまだしも、死神という存在を信じたいだなんて、やっぱりどうかしている。


「あんたが死神なら」


 金髪は、すうと大きく息を飲み、言った。


「私を殺せる?」

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