第◯話 変態、諭す

【セツナ】


 後日談。

 現アーサー王とリアの闘争(逃走)は数時間以上に渡って繰り広げられたとのことだ。

 闇魔術の天才であり、行方を眩ませることに長けているリアも延々と追いかけてくるアーサー王に嫌気が差したんだろう。

 あいつは逃走経路にあった村に黒炎を放出するという暴挙にまで出たそうだ。

 

 秩序と治安を司る【円卓の騎士】その頂点に君臨する者として、対処しないわけにはいかない。

 結果、アーサー王は黒炎の処理に追われて、リアを見逃すこととなった。

 これは俺の推測だが、リアはこうなることを見越して、逃走経路に何の罪もない村や人を組み込んでいたはずだ。


 同族殺し、裏切り、聖遺物の強奪、墓荒らし、【円卓の騎士団】副団長殺害、村の襲撃、戦争誘発……etc。リアの狂気が留まることを知らない。


 まさしく【強欲】であるリア・スペンサー。

 制限付きとはいえ、死者蘇生を——それも過去の英雄召喚に成功した事実は戦慄する。

 よって、現アーサー王は緊急円卓会議を実施。歴代アーサー王を始め、各地に眠る英雄、第七階梯魔術師などの保護・警戒レベルを一気に最大まで引き上げることになった。

 なにせ世界の法則、理に反する魔術だ。この対応は当然だろう。ただし、ただでさえ人手が足りない【円卓の騎士団】の疲弊も免れない。

 王立魔術学院も何かしらの協力要請が今後予想される。


 さて、続いて俺たちの安否について。

 俺の命一つで特待生たちが逃れられるなら御の字だった絶望的状況で、なんと全員無事帰還するという。

 まさしく奇跡とも呼べる生還を果たしたわけだ。とはいえ、もちろん代償もある。


 真っ先に挙げられるのが俺の老化だ。

【色欲】の禁書には、若年化、生殖適齢期を維持する作用がある。実年齢300歳以上の俺が青年のガワを被っていられるのにはそういう事情があるわけだが、それが現在はほとんど機能していない。


 それもそのはず。

 禁書の中でも俺が使用していない——適性がなかったものを一部セラに移譲した。

 その処理の半分以上を俺が請け負ったわけだ。『色違い』というチカラを手に入れたセラは酔いしれるように『青炎』を連発。

 おかげで俺の肉体はお爺ちゃんのまま、治りが遅くなっている。

 顔面を除く全身が皺だらけ。筋力も落ち、食事や排泄も人手がなければ満足にできないときた。黒々とした髪も真っ白になり、腰ほどまで伸びる始末。まさしく介護が必要な老人だ。

 俺にとっては醜いため、全身には頭部を除き、包帯が巻かれている。


 結論から言って欲求不満が募る。

 肉体が元通りになれば溜まりに溜まったリビドーを真っ先に発散したい所存。

 あー、早く治らねえかな。

 と考えていたときだった。病室——個室の扉が開かれる。どうやら時間らしい。


「——開けるわよ。体調はどうかしら」


 見舞いにやってきたのは傲慢吸血鬼——セラだった。

「おいおい。嫌味かよ。現在の俺を見て良さそうに見えるか?」

 両手を上げる、という単純な作業が現在の俺にとって一仕事だ。

 

 冗談混じりに言ったつもりだが、セラの表情には陰りが出る。どうやらあの日のことを——特待生たちの命の危険に晒し、俺が代償を受け持つことになったことを気にしている様子。


 余生短い俺にとって〝しんみり〟は無用。

 ってなわけで、

「んっ!」

 と重たい腕に鞭打って、ベッド横のパイプ椅子に腰掛けたセラに手を伸ばす。


「……なにかしら」

 

 さっきまでの思案顔はどこへやら。

 一気に警戒心を剥き出しにするセラ。

 本当は役得になる予定だったんだ。地獄合宿にしてくれたお礼はきっちりしてもらおうか。


「腐食鬼に堕ちたときに吸血した十八枚分、脳が焼き切れて失った十二枚分、合計三十枚。これからお前には俺の好みの下着の脱ぎ立てを回収させてもらう」


 ピクピクとセラの頬が痙攣する。

「……相変わらずね。少しは自重しなさいよ」

「バカ言え。なぜ俺がそんなことを覚えなきゃならん」

「時と場合、状況を考えなさいと言っているの。これじゃ見舞いに来てあげた私が馬鹿みたいじゃない」

 はぁ……と重たいため息をこぼす。

 次いでジト目。

 セラは立ち上がり、礼装の中に手を入れる。中腰になって降りてくるパンティーを鑑賞しながら、俺は確認する。

 

「……それで? あれから特待生——椿、ルナ、ロゼとは面向かって話したのか?」


「あのねえ……!」

 中腰のまま、俺を睨め付けてくるセラの額には青筋が立っていた。

 ぐははは。苛立ってる苛立ってる。

 下着を脱げと言われたかと思えば、その途中でデリケートなところを突かれるという。

 残念だったなセラ。俺はデリカシーの無さには定評があるんだよ。


 見舞いに足を運んでいるのはセラだけじゃない。特待生たち全員に命令済みである。

 俺の秘書であり、彼女たちの参謀であるロゼにはセラの観察日誌を報告するよう伝えてある。

 ロゼ曰く、あれから壁がある、とのことだ。


 下着を脱ぎ終えたセラは自暴自棄になり、俺に投げつけながら言う。

「私のせいで命の危機に晒したの。どんな顔をして会えばいいのよ」

「吸血鬼ってのは傲慢な種族だろ。ありのまま、素顔で会えばいいじゃねえか」

「簡単に言ってくれるじゃない」


「ふむ。こういうことを口にするのはガラじゃねえんだが……」

 と痛む全身を我慢しながら後ろ髪をかく。

「俺がこんな姿になっちまったのは一切気にする必要はねえぞ。俺は俺の目的——お前を使ってリアを殺すためにやったことだ」

「ふんっ。元より気にしていないわよ」

 いや、そこは気にしろよ。どうやらお見舞い早々下着を脱がされたことをよほど根に持ってやがるな。

「だが、特待生のやつらは違う。あいつらにはあいつらの使命がある。誤解を恐れずに言えば、で命を落としている場合じゃない」


「……っ!」

「むろん、あいつらの意志を尊重する形でリスクを負わせたのは俺だがな。それでもお前には特待生たちに言うべきことが、気持ちがあるはずだ。ここで奴隷紋を使って無理やりにでも行かせてもいいんだが、それも違うだろ。俺なんかの見舞いに来る暇があったら、あいつらのところに顔を出して来い。そうすれば——」

「——そうすれば?」

「回復したら【呪淫紋】を制御できるよう俺自ら特訓メニューを組んでやる。『青炎』を発動したお前なら覚えたはずだ。もしかしたらリアの首に手が届くかもしれない、と。その通り。属性の相性は抜群。やりようによっては急成長できる。どうだ? 特待生たちに会う気になったか?」


「報酬で教え子を釣ろうだなんて卑怯よ」

「鬼畜講師だからな。これぐらい当然よ」

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王立魔術学院の鬼畜講師 急川回レ @1708795

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