水田の冒険~最後の晩餐編~
水田柚
水田とミラノ
12月20日。本日、我が家はクリスマスを迎えたらしい。シュトーレンを食べきってしまったのだ。伝統的なドイツのお菓子だ。それはクリスマスを迎える前の月初めぐらいに買ってきて、毎日ちびちび摘まむのが正しい食べ方だという。……ふむ、どうやら我が家にはネズミでも住んでいるのかもしれない。犬でも飼ってみようか?
まぁそんなことはどうでもいい。問題はそのシュトーレンがあまり美味しくないのだ。いや、その言い方には語弊がある。確かにうまい、素朴にイケる。しかしやはり大量生産品。本場のそれに勝つことはできないのだ。ドイツの新白鳥城のふもとにある土産屋で買ったシュトーレンには。嗚呼、あの味が恋しい。
思えばクリスマス、そのちょっと前。今から二年も遡る。当時の僕は北極を挟んだ反対側にいた。ヨーロッパ格安学生旅行だ。イタリア、スイス、ドイツ、フランス、イギリス、ついでにバチカン。当時の事は鮮明に覚えている。何せあの旅行で、僕は多くのものを見て、感じて、死にかけたからだ。
さて、今から僕はその時のことを語る。何故か? 単純に文章力の鍛錬、リハビリ。だがそれよりも強い理由がある。
——コロナでアメリカ卒業旅行が無くなったから、思い出に浸るのだ! これで旅行気分を味わえるぜ! はっはっは!
……なんか虚しくなってきた。
今だからこそ言える事。あの日は最高に最低な一日だった。まず考えてほしい。言葉も通じない見知らぬ地で、一人地球の歩き方とグーグルマップだけを頼りに行って帰ってくるんだぜ? そもそもだ、ミラノの市街地から車で50分の場所にホテルを借りるってどうよ? タクシー捕まえられなかったら詰むよ? というかそもそもタクシーは高いのだ。15000円は取られる。ちなみにその朝、ミラノ市街地直行のバスは何故か走っていなかった。
ということで、割り勘である。その日は最高な一日だ。運よく大型タクシーが来たので2000円ほどの値段でミラノ市街地にたどり着いた。あの有名なドゥオーモ広場である。知らない? 僕も知らなかった。
さて、このイタリア着いて否が応でも感じることがる。それは自分が仏教徒であるということだ。もちろんそんな自覚はないし、お経も当然唱えられない。だがしかし、仏教文化というものは深層心理に刷り込まれているらしい。二日前、バチカン市国を訪れた時、それを実感した。つまるところ、心打たれないのだ。カトリックの聖地、サンピエトロ大聖堂を見た感想は——
「はえ~すげ~」
かの有名な、ミケランジェロのピエタを見た感想も——
「石なのに布みたいだ~」
みたいな感想しか湧いてこなかった。つまり日本人の心は、鳳凰堂にでもあるということだ。
という事でミラノのドゥオーモを見た感想も——
「は~でけぇ~」
そんな事を考えながら、近くのバルで硬水臭いコーラを買った。
異国で一人旅、僕が一番やりたくないことだった。だって怖いもん。だがしかし、今日は一人だ。予約が一人分しか取れていないから。最後の晩餐一つ見るのに2か月前から予約が必要なのである。圧倒的ダヴィンチビジネス。
という訳で一人歩きだ。横にいるミサンガ詐欺師を目に流しながら、ミラノの市街地を歩いていく。しかし、道を歩けば教会があるな、コンビニか? そう言えば、こちらに来てからコンビニらしいコンビニを駅でしか見てない。こちらでは、飲食店にコンビニ的機能が集約されているようだ。
ということで道な迷い別の教会にたどり着いたりもしたが、なんとか目的地のサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院に到着。……って名前長いわ! そしめ早く着きすぎじゃアホめ! ということで早めの昼飯。近くにあった、クソダサフォントで築地と書かれた日本料理店……に入る勇気など到底なく、その隣のバルで五百円程度の大きさのタルトを三つ食べた。その中の一つはジャパニーズオレンジのタルトだった。こいつら日本好きだな。
さて、最後の晩餐を鑑賞する。飲食物持ち込み禁止。撮影NG。当たり前かと思うだろうが、意外と数年前までは写真撮影できてたらしい。
さて、何十にも続くガラス扉を通り、ついに最後の晩餐を拝んだ感想は……解像度低い、ボケボケだ! 印象派の絵かよ! と、罰当たりながら思ってしまった。だが実際そうなのだから仕方がない。おーい照明もっと明るくしてくれ。
だが、間違いなく言えること。やはりめちゃくちゃ絵が上手かった。こんだけ絵がボケてて言えるのだから、相当だろう。
この後に続く僕の命の勝因は、この時最後の晩餐に向かって拝んだことだろう。きっとイエスキリストかダヴィンチだが、何らかのパワーをくれたに違いない。幸運的パワーを。この後のことは何もかもが、最悪ながら上手くいきすぎたから……。
バス運休! タクシー走ってない! 電車超満員! 市街歩く隙間もなし! 電話通じない! おいおい、詰んだわ。
事を一から説明しよう。最後の晩餐を観賞し終え、外に出ると祭りが始まっていた。そういえば、タクシーの運ちゃんが今日は祭りだぜっていってた気がする。……こいつら祇園祭でも始める気か?
まもなく僕は、状況の深刻さを目の当たりにする。本当に祇園祭状態だ。人、人、人。おい、なに手を合わしてんだ。祈りたいのはこっちだっての。
とりあえず、ここにいては命の危険を感じた。圧迫地獄だ。たまらず地下道へと避難する。はい、ここでイエス様パワー発動。英語ができる日本人に遭遇。しかも同じツアーの参加者だ! どうやら向こうも遭難状態らしい。ということで、同行してホテルを目指すことになった。
とは言ったものの、タクシーもバスもダメ。使えるのは電車のみ。なら電車に乗ろう。なんとかWikipediaで路線と駅を探し、最寄り駅までの道筋をたてる。しかしヨーロッパの電車の路線図って見やすいな、日本もダンジョン作ってないで、見習って。
さてついた、最寄り駅。此処ならタクシーは使えるだろう。が、そうはいかない。タクシーを今から呼んでも50分はかかるというのだ。本当か現地人? 仕方がない、待つか歩くかするか。
三分後、僕は見知らぬおじさんの車に乗っていた!
おいおいおい、死んだわ。あの同行者め、駅のバルのおじさんに金握らして車走らせるとは大した度胸だ。……これ、最悪臓器だけとられて捨てられるよな? だってイタリアと言えばマフィアだろ? リボーンとかジョジョとかで知ってる。
「ってただの良いおっさんじゃぁねーか!!」
15分後、ホテルのロビーでそう突っ込んだ。オチがあれで悪いが、ただの陽気なおっちゃんだった、何はともあれ助かった。その日はバーガーキングでハンバーガーを買って熟睡した。
その翌日、パスポート行方不明でスイスの国境を超えたのは、また別の話……
海外旅行はいいぞ、なんて今言えば恨まれるだけである。だがいいものはいいのだ。文字通り世界が広がるから。あとは度胸がつく。人間一度死にかけると、あれよりましだから死なないという謎の自身がつくのだ。僕はあの旅で良くも悪くも成長した。
皆さんも、この状況が終わったら旅に出てはいかがだろうか? できれば世界の裏側、言葉も宗教も違う場所が良い。
え、オススメ? もちろん決まってるだろ? ——スイス、もしくはドイツ。イタリアだけはやめとけ。
水田の冒険~最後の晩餐編~ 水田柚 @mizuta-yuzu
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